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青獅子と塩系令嬢3

ユリウス視点で二話続きます。

* * *


その日も私はいつものように訓練をこなしていた。


「副団長、そ、そろそろ……」


「まあ、こんなもんか。一度休憩にするか」


虫の息となった部下との勝負にケリがつき、懇願するような声にそう応える。


まだまだだなと思いつつも、こいつの実力を考えたらこの辺りで終えておいた方が良いなとの判断だ。


私の名は、ユリウス・バルヒェット。


バルヒェット侯爵の三男で二十三歳、恐れ多くも王宮騎士団副団長の任を賜っている。


自分で言うのもなんだが、美形が多いことで知られている家門の血筋らしく整った顔立ちをしていると思うし、史上最年少で副団長に就いたという箔もある私は、まあ有り体に言えば女性からモテる。


それゆえ女性との一時のお遊びを楽しむこともあったけれど、私の心が満たされることはなく、表面上の優しさをつくろうだけだった。


色鮮やかに身を飾って、きらきらとした表情で私を見つめる女性達はとてもかわいらしいと思う。


けれど、そんな彼女達をどこか冷めた目で見てしまう自分がいた。


いっそのこと、どこぞの隊長のように、女になど興味がないと冷たい態度を取れたら良いのだが……。


最低なことだと分かってはいるものの、人肌の恋しい時もあり、突き放すこともできず中途半端な振る舞いをしているというわけだ。


そんなどうしょうもない私だが、一度だけ、自分からある女性のことを知りたいと思ったことがあった。


……残念ながら近付くことなど叶わなかったわけだが。


彼女が()()()()子だと思ったのだが、人違いだったのだろうか。


未だにふとした時にそんなことを思い出し、こうして気持ちを沈めてしまう。


ふうっとため息をついて剣を仕舞うと、水の入ったビンを持って歩き出す。


本当は疲れた体を甘いものでも食べて癒やしたい。


しかしそれすらもままならない。


そう、私は甘いものが好きだ。


だが汗臭い男共ばかりのこの空間で菓子など取り出して食べてみろ、馬鹿にされること間違いない上に、美味しく頂けないに決まっている。


だから今日も水だけで我慢だと自らに言い聞かせた。


さて、賑やかな場所で休む気分にはなれないし、その辺りの静かな木陰でも探そう。


そう思いながら歩き進めていくと、なんと噂の人物を見つけた。


「副団長?……お疲れ様です」


リーンハルト・シュタイン。


私より少し年下の、騎士団隊長職に就いている男だ。


双子の兄は魔術師団の鬼才と呼ばれるほどの実力者で、彼自身も若くしてかなりの腕前でその地位にのし上がった。


誰もが認める端正な顔立ちと金髪に鮮やかなコバルトブルーの瞳は、まるで物語に出てくる王子様のようだとご令嬢達がため息をつく。


だがしかし、()()は異常なほどの妹馬鹿(シスコン)だということでも知られている。


口を開けば「早く帰りたい」、普段熱くなることがないくせに妹のこととなると饒舌、妹以外の女に興味がない変人。


優秀なのに残念、それがシュタイン兄弟の周りからの評判だ。


その妹はといえば、彼らの妹らしく白皙の美貌の令嬢ではあるものの、その対応の冷たさで“塩対応令嬢”と有名である。


まあ、社交界に出てきたのはデビュタントの時、ただの一度だけなのだが、その一度が皆にかなりの衝撃を与えた。


ひとりの男が申し込んだダンスを、直球で断ったのだ。


その後、その美貌に見惚れた多くの男共がシュタイン家に婚約の申し込みを打診したのだが、そのほとんどが一度も会うことも叶わず一発で断わられることとなり、会うことのできた一握りの男達も玉砕。


デビュタントでの出来事も相まって、彼女は“塩系令嬢”と呼ばれるようになってしまった。


そんな彼女を、双子が他の女性が目に入らない程にかわいがる理由がよく分からないと、多くの者は言う。


ちなみに、いくら顔が良くても愛想がないのではな……と残念がる男も多い。


だが私は、目の前のこの男がただ顔が良いというだけの理由で妹を溺愛するとは思えない。


魔術師団に勤める、双子の片割れをよく知る友人も同じことを言っていた。


双子の兄の方とは話したことがないが、どうやら顔だけでなく中身も似ているらしい。


「どうしました?俺、休憩中なので早くどこかへ行ってくれませんか?」


そう、この失礼なところも似ていると聞いた。


それにしてもこいつのこの言葉、かろうじて敬語を使ってはいるが、上官に対する言葉とは思えない。


そのまま固まる私に、リーンハルトはため息をついた。


「はあ、こんなむっさい職場嫌だったんですけどね。ジゼルが働かざるもの食うべからずって言うから、仕方なく出勤してますけど」


……妹の方が常識人じゃないか?


自分達はずっと家で妹を愛でていたかったのに、健康な成人男性が働くのは当然のことだと言われたのだとリーンハルトは言う。


全くもって正論である。


塩系令嬢の意外な人柄を聞くことができ、少しだけ親近感を持った。


さてこれ以上悪態をつかれる前にさっさと退散しようかと、ふとリーンハルトの方を向き、その左手の中にあるものを見て目を見開いた。


「ああ、これは俺の天使、ジゼルの手作り菓子です。立派に働く俺のためにわざわざ作って持たせてくれるんですよ。どうです、俺への愛に溢れていると思いませんか?」


そう言ってリーンハルトはうっとりした顔をしながら手にしていた菓子を頬張った。


その菓子が本当にリーンハルトを労るために作られたものなのかどうかはさておき、私はその菓子に見覚えがあった。


まさか。


やはり。


その相反する考えが頭の中に交互に浮かぶ。


「リーンハルト・シュタイン……」


低い声で私に名を呼ばれ、リーンハルトは怪訝そうにこちらを見た。


そんな彼に向かって、私はゆっくりと口を開く。


「ああっ!なんと、あそこからおまえの愛する妹がこっちを見ている!!」


「なにっ!?こんなむさ苦しい訓練場に、ジゼルがなぜ!?」


まるで子供騙しだ。


しかし溺愛する妹を出され、リーンハルトは見事に引っかかった。


私が指を差した明後日の方向にぐるりと顔を向けたのだ。


右手の包みの中には、まだ菓子が入っている。


思わず、というのはこの時のようなことを言うのだろう。


普段の私なら、こんなことは絶対にしない。


無防備になったリーンハルトから、菓子の入った包みを奪い取ったのだ。


「なっ!?副団長!!」


リーンハルトが叫ぶのも構わず、私は猛ダッシュした。


「おまえには今日この後、“難易度・地獄”の訓練メニューを行ってもらう。良いか、終えるまで帰ってはいけない。これは副団長命令だ!」


「はああああ!?ちょ、ふざけんな!!」


とうとう敬語まで抜けた。


振り返ることはなかったので顔までは見えなかったが、恐らくかなり怒っていることだろう。


悪いな、リーンハルト。


騎士団の序列は絶対、即ち私の命令は絶対と言える。


ほら、騒ぎを聞きつけた騎士達が私を追おうとしているおまえを引き止めに来ただろう?


“副団長の命令通り、訓練メニューをこなしてから行け”と。


すまないな、尊い犠牲だった。


くっ、と走りながら涙する演技をしてみたが、私の心は期待で膨らんでいた。


まさかとは思う、しかしきちんと確かめたい。


先程リーンハルトから奪った菓子をちらりと見て、ひと口頬張る。


すると口の中に素朴で優しい甘さが広がった。


やはり、()()()と同じ味だ。


三年前の私の考えは、間違ってなかったのかもしれない。


会いたい、早く。


そんな思いを胸に、私はシュタイン伯爵家へと向かうべく、馬車置き場へと向かったのだった。

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