恋心と父心 前編
前・後編のお話です。
後編は夜に投稿予定です。
「ユ、ユリウス様、大丈夫ですか?」
「はい、なんとか……。それにしても、あなたの兄上達は相変わらずあなたのことが大好きなようですね」
この小一時間でげっそりしてしまったユリウス様に、慌ててすみませんと謝る。
ふたり並んで歩く廊下には、ユリウス様の乾いた笑いが響いた。
想いを伝え合ってからひと月が過ぎ、私はなんとか名前でユリウス様を呼べるようになった。
ありがたいことに仕事も順調だし、女性騎士さん達や王宮の料理人さんとも仲良くなり、交友関係も広がってきた。
そんなとても充実した毎日を送る中、ユリウス様が私に、家族に挨拶をしたいと申し出たのだ。
『伯爵にも兄君達にも顔は知れているけれど、やはりきちんと挨拶はしておきたくて』
その言葉が嬉しくもあり、不安でもあった。
お父様はともかく、お兄様方は……。
さらに言えば、ユリウス様の部下であるリーンお兄様はともかく、ジークお兄様は……。
以前王宮で顔を合わせたことを思い出し、眉を下げずにはいられなかった。
『これはけじめですから。罵倒されることも覚悟していますよ』
そう言って苦笑いしてはいたものの。
「一応上司を相手にしていますから、リーンハルトはまだ少し、ほんの少し遠慮がありましたけど、ジークハルト殿は……。やはりその、かなりご立腹されていましたね」
ご立腹、あれはそんな三文字で纏めて良い程度のものだっただろうか。
ユリウス様を怒りつけたり閉め出したりするような感じではなかったけれど、とにかくねちっこい。
そして嫌味の応酬。
頑固親父の「娘はやらん!」の方が余程可愛げがあると思ったのは私だけだろうか。
『へぇ、ジゼルを幸せにできる自信があるんだ?たかが二十程度の魔物に苦戦するような騎士団の副団長が?ジゼルの力を借りないと討伐できないなんて、全く脆弱すぎはしないかい?王宮屈指の精鋭がそれでは……ねえ?僕は優しいから助言させてもらうけど、鍛え直すことをおすすめするよ』
見下すような悪い笑みを浮かべるジークお兄様を思い出すと、自然とため息が零れる。
隣にその中のひとり、双子の弟がいるというのに、とんでもないことを言うなと、さすがのジゼルもその時は胡乱な目つきになった。
「大丈夫ですよ。こうしてあなたの隣を歩けるなら、俺はどんな嫌味も笑顔で躱せる自信があります」
俯く私に、ユリウス様はそう言って手を絡めてきた。
「こうして堂々と手を繋ぐためにも、やはりご家族に筋は通さないとなと思ったので。ジゼルは気にしなくて良いんですよ。俺が好きでやったことですから」
どうしてこの人は、そんなに優しいことを言うのだろう。
どう考えても失礼なことをたくさん言われたのに。
こんなに甘やかされると困ってしまう。
嬉しすぎて、私もちゃんと同じくらい想いを返すことができているのだろうかと思ってしまうから。
「〜〜っ。でも、挨拶の前に……は、してきたじゃないですか」
なんだか少し悔しくなって、そう言い返してしまった。
「え?すみません、よく聞こえませんでした。俺、なにかしてしまいましたか?」
恥ずかしさに小声になってしまった部分を聞き返されてしまい、うっと言葉に詰まる。
「き、キス、は、してきたじゃないですか……」
赤面しているのを見られるのが恥ずかしくて、ふいっと顔を逸らして声を絞り出す。
少しだけ間があり、やはり変なことを言ってしまったかしらと焦り始めたその時。
「……そうでしたね。あの時はやっと想いが通じたのが嬉しくて、つい。触れても良いんだと思ったら、我慢できなくなりました」
軽く絡められていた手に力を込められ、反射的にぱっとユリウス様の方を見てしまった。
「ああ、またそんなかわいらしい顔をして。ですが、今日きちんと挨拶をしましたからね。これで心置きなくジゼルに触れられる」
「な……!なっ……!」
色めいた表情でこつんと額と額を重ねられ、私はぱくぱくと口を開閉するだけになってしまった。
そんな私を見てユリウス様は顔を離し、満足気ににっこりと笑う。
「それに、嬉しい話……というか、決意を新たにする話も聞けましたしね。本当に、心配しないで下さい」
嬉しくて、決意を新たにする話?あ……。
「ひょっとして、先程のお父様とのことですか?」
「ええ。ふたりきりで話したいと言われた時はなにを言われるのだろうかと、実は少し緊張したのですが。伯爵と話ができて、良かった」
どんな話だったのかは……教えてくれなさそうだ。
でもすごく優しい表情を向けてくれているから、きっと“娘を頼む”的な話だったのかな。
「……それなら、良かったです。ユリウス様、今日は本当にありがとうございました。家族に挨拶したいって言ってくれて、すごく嬉しかったです」
前世でも家族に挨拶をするということは、“あなたとのことを真剣に考えています”という意味だったもの。
今度は私から、繋いだ手にぎゅっと力を込める。
すると、ユリウス様が繋いだ手を持ち上げて私の手の甲にキスを落とした。
「今度は、私の両親にも会って頂けますか?」
「うっ……。わ、私なんかが挨拶に出向いて、大丈夫でしょうか……?マナーや話術についてもっと学んでからの方が?ああ、手土産になにを持って行くと良いでしょうか。私なんかの手作り菓子……では失礼ですよね!?それに、なにを着ていけば良いのか……!?そ、それ以前にユリウス様には相応しくないとか、分不相応だとか思われないでしょうか!?」
考えれば次から次へと不安要素が思い浮かんできて、軽くパニックになる。
「ストップ!落ち着いて、ジゼル。俺の家族はそんなに怖くないし、それにこの国で最も高価で稀少であろうあなたの菓子を喜ばない人間なんていませんよ。それとジゼルはなにを着ても美しいから心配しなくて良いし、そのままのジゼルで全く問題ないです!そんなに悪い事ばかり考えなくて良いですから!!ね、」
あわあわと涙目になる私を、ユリウス様は必死に宥めて下さったのでした。




