女子会
その日私は、なんと今世初めての女子会の誘いを受けていた。
「ジゼル様とお茶会ができるなんて、嬉しいですー!」
「本当。エリザとばかり仲良しだなんてずるいわと思って、ダメ元でお誘いしたのだけれど……。こうして参加して頂いて、ありがとうございます」
「メアリ先輩のおかげですね。ジゼル様、お茶菓子もどれも美味しいです」
この方達は、順にアリーさん、メアリさん、シンディさん。
騎士団の女性騎士さん達だ。
恐れ多くも私と話をしてみたいと、エリザさんを通じて私に声をかけてくれた。
「わ、私こそ、お誘い頂きましてありがとうございます。お菓子も、その、たくさん召し上がって下さいね」
そんな三人に、辿々しくはあるが私も失礼のないようにとなんとか言葉を返す。
「ジゼル様、そう硬くならないで下さい。三人とも気の良い者ばかりですから」
エリザさんの言葉に、ほっとする。
確かにこの三人は、私のおどおどとした態度にも気を悪くすることなく、にこにこと微笑みを浮かべている。
お茶会のお供にと作ったクッキーやシフォンケーキ、ひと口サイズのフルーツタルトもとても喜んで食べて下さっている。
お茶はエリザさんが淹れて下さったのだが、相変わらず美味しい。
このところ仕事が忙しかったため今日は特別に休みをもらえたのだが、まさか女子会に参加できるとは。
前世でパティスリーの同僚達と呑みに行った以来だわ……と感激するのも仕方がないというものだ。
最初ははじめましてをして、簡単な自己紹介。
エリザさんをはじめ、みなさん男爵家や子爵家の出身で、マナーも所作もしっかりしている。
貴族の出らしく上品なのに、剣も扱えて騎士団で活躍しているなんてすごいなぁと感心しながら話を聞いていると、ところでとメアリさんが私の方を見て口を開いた。
「ジゼル様は、副団長とはその後、どうですの?」
「ぶっっ!」
予想外の問いかけに、飲みかけていたお茶を軽く吹き出してしまった。
「な、な、なななななにを……!」
「あら嫌だ、そんなに初々しい反応されるなんて、ジゼル様はかわいらしいのですね。うふふ、今日はジゼル様と恋話ができると楽しみにしていたんですの」
にっこりと麗しく微笑む姿は、とても美しくて凛々しい。
けれどその奥に、逃しませんわよ?と謎の威圧を感じる。
「あ、私、ジゼル様が副団長と恋人になった経緯を聞きたいですー!」
「あらそれは興味ありますね。ジゼル様、いつからお付き合いを始めたのですか?どんなシチュエーションで?告白はどちらから?」
そしてアリーさんとシンディさんからも、わくわく顔で覗き込まれている。
こ、これを躱すのは私には無理かも……。
元引きこもりの私が経験豊富なこの騎士さん達を相手に上手く躱せるわけもなく、文字通り口を割ることとなってしまったのだった。
あの夜――――。
『あ、あああああの、この体勢は、いったい……』
『うん?嫌ですか?』
『い、嫌じゃありません!で、でも。ちょっと刺激が強くて……!』
吐息がかかるくらいの近さの距離、副団長さんから顔を逸らして掌で壁を作る。
あなたのことが好きですと答えると、副団長さんは私をそっと抱き締めた。
広い胸の中、細身なのにがっしりとした腕に包まれた私は、落ち着かないようでいて、安心感も感じていた。
ぎゅっとその腕に力を込められると、一層距離が近付いて。
まるで、この世にふたりしかいないみたいな錯覚に陥った。
どきどきと高鳴る鼓動が聞こえてしまっているんじゃないかと思いつつ、副団長さんもそうだったら良いのにって、無意識に頭をその胸に擦り付けていた。
それがどうやら引き金だったらしく、副団長さんは『今日はもう我慢しません』と、さらに腕の力を強めた。
少し苦しかったけれど、ぐっと距離が近付いたみたいで、嬉しかった。
そしてゆるりと頭を撫でられた後、耳元で囁かれた。
『顔、見せて下さい』
恥ずかしく思いながらも徐ろに顔を上げると、優しさの中に強い意志が感じられる副団長さんの目と視線がぶつかった。
それがどうしようもなく胸を高鳴らせて、私は限界がきてしまったのだ。
みっともない声を上げてしまう私に、副団長さんがくすくすと笑う。
『刺激が強い、ですか。ですがこれくらいのことでそんなことを言われては、この先大変ですよ?』
いっぱいいっぱいな私とは裏腹に、副団長さんはなんだか楽しそうで。
ふたりの間を遮る私の手を、そっと掴んで下ろした。
そして――――。
「嫌じゃないなら。……触れても、良いですか?」
どこに?
そんな疑問が頭に浮かびながら、少しずつ距離を縮めてくる金色の瞳から目が離せなかった。
瞼が閉じられ金色が隠れると、代わりにその長い睫毛が際立って見える。
そして唇に柔らかいものが押し当てられ、副団長さんの手が私の頭に優しく添えられて。
その甘さに、私も思わず瞼を閉じた。
少しずつ位置を変えながら喰むように繰り返されるキス。
上手く息継ぎができなくて、思いがけず吐息が漏れてしまった。
しかも時折音が立てられ、それがまた恥ずかしさを増長させる。
私が息苦しくしているのに気付いたのか、副団長さんが少しだけ唇を離してくれて、やっと息が吸えた。
『大丈夫ですか?』
息も絶え絶えになんとか返事をすると、苦笑いが帰ってきた。
そして副団長さんは、私の両腕が力なくだらりと下げられているのを見ると、口角を上げた。
『慣れていらっしゃらないんですね。……初めて、ですか?』
『あ、当たり前じゃないですか……!』
慣れているように見えるんですか!?と聞きたくなったが、そこまで声を発する気力はなかった。
『すみません。つい、嬉しくて。ほら、腕はこちらに回して、ぎゅっと掴んでもらえると嬉しいです』
なぜか機嫌の良くなった副団長さんは、私の両腕を副団長さんの背中に回した。
腕がなくなった分だけ、また距離がぐっと近付いてしまった。
あ、心臓の音、聞こえる……。
落ち着かない気持ちにはなるけれど、心地良い。
先程聞きたいと思った鼓動、どきどきとしていて少し早い気がするのは気のせいだろうか。
それとも、私にどきどきしてくれているんだって思いたいだけ?
そっと顔を上げて副団長さんの様子を窺うと、ほんのりと頬を染めた、嬉しそうな顔が見えた。
『心臓の音、響きますね。俺にどきどきしてくれているのですか?』
お、同じこと考えてる……っ!
それなのに余裕そうな表情なのが少し悔しくて、むうっと頬を膨らませて呟く。
『仕方ないじゃないですか……。好きな人に、キスされて、抱き締められているんですから』
むしろどきどきしない人なんているのだろうか?
そんな気持ちで視線を逸らすと、ぎゅうっと私を抱く腕に力が込められた。
『ああ、もうあなたは……!俺を殺す気ですか!?』
『!?!?!?』
いやいや副団長さんこそ私を圧死させる気ですか!?
それくらい強い力をなんとか緩めてもらおうと、ぱんぱんと背中を叩いた。
『す、すみません。……ですが、今のはあなたが悪いですよ』
なぜ!?
そう口にする直前、また唇を塞がれてしまった。
先程はそれに気付く余裕もなかったが、柔らかな唇の感触が、甘い。
優しくて、熱くて、甘い。
縋るように背中に回した手が、無意識に副団長さんの服をぎゅうっと掴んだ。
その反応が嬉しいというかのように、一瞬離れた唇からふっと笑うような吐息が零れ、また私の唇と重なった。
吐息の混ざるそのキスは、私が作るお菓子の何倍も甘くて、私の頭はそれ以上なにも考えられなくなってしまったのだった――――。
「――――ま、ジゼル様!」
「はっ!はい?な、なんですか!?」
「なんですか?じゃないですよー。副団長とは、キスだけ?って話です」
アリーさんの声に、我に返る。
どうやらしばらく自分の妄そ……いや、意識の中に沈んでしまっていたようだ。
ぼーっとしてしまったことを謝ると、メアリさんがにこにこ顔を向けてきた。
「キスした時のことでも思い出していたんですの?」
「ぶ、ぐっ」
図星を指されたが、今度は吹き出さずに耐えた。
しかしメアリさんの追求は続く。
「どんな告白の言葉だったかはお聞きしましたが、“どんなキスだったか”はまだお聞きしておりませんでしたわね。まあ、そんなに真っ赤になるほど深いキスでしたの?」
「ち、ちちちち違います!」
「では何度もされたとか?やっと恋が実ったのに、軽いキス一回じゃ済まなそうですよね、副団長の性格からして」
そこにシンディさんが参戦する。
しかもものすごく当たっているため否定しづらい。
……『副団長の性格からして』って言い方は少し気になるが、今はそんなこと聞ける雰囲気ではない。
どんなキスだったんですか!?と身を乗り出す三人からの圧が強すぎる。
「ジゼル様。“気の良い”とは言いましたが、彼女達は優秀な騎士ですから。獲物をそうやすやすと逃しはしませんので、発言にはお気をつけ下さい」
諦めたような表情のエリザさんに、助けてもらえないと悟った私は涙目になる。
女子会って、楽しいだけじゃないのね……。
そう身に沁みて分かった一日であった。
別作品になりますが、【規格外スキルの持ち主ですが、聖女になんてなりませんっ!】のコミカライズ2巻の情報を活動報告に載せております。
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