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【書籍化】塩系令嬢は糖度高めな青獅子に溺愛される  作者: 沙夜
番外編

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練習

たくさんの方に読んで頂いて、本当にありがとうございます。

ここからぼちぼちと番外編を投稿していきたいと思います。

お楽しみ頂けたら嬉しいです(*^^*)

あるうららかな陽射しの差し込む王宮の一室で、私はある練習をしていた。


「ユリウス様。ユリウス様。うう、ひとりなら恥ずかしがらずに言えるようにはなったけど……」


そう、最近恋人になった人の名前を呼ぶ練習だ。


想いを伝え合ったあの日、これからは名前で呼んで欲しいと言われたのだが、はいそうですかとすぐに呼べるわけもなく……。


恥ずかしすぎてその時は、『ゆ、ユリウしゅ様』と噛んでしまった。


情けなさすぎる。


次の日はなんとか一度だけ呼べたものの……。


『今度はちゃんと聞かせて下さいよ!』


そう言われてしまったのだ。


あれから五日経つが、未だに二回目は呼べていない。


「本人を目の前にすると緊張してしまうのよね……。でも、私も名前で呼んでもらえて嬉しかったから……」


ユリウス様って、ちゃんと呼びたい。


面と向かって呼べるようになったら、喜んでくれるかしら?


恐らく、いや自惚れでなければ必ず、彼は喜んでくれるだろう。


「……どんな顔するんだろう」


一度目は不意打ちだったから、すごく驚いていた。


二度目は……。


『なんですか?ジゼル』


少し照れたように、嬉しそうに微笑んで、そう返してくれるかも。


「はっ!だ、駄目だわ変な妄想が……!想像で照れるって、私どんだけ!?」


ひとりきりなのを良いことに、恥ずかしすぎて悶え動き回る。


こんなところを誰かに見られていたら、頭がおかしいと思われてしまうだろう。


最近は表情筋も随分仕事をするようになってきたらしいので、きっとだらしない顔をしている。


“塩系令嬢”と呼ばれていたあの頃の無表情にしばらくだけ戻りたいと、わけの分からないことまで考え始めてしまった。


「と、とりあえず今日こそちゃんとしないと。喜んでもらいたいのはもちろん、私だって本当は名前で呼びたいんだから」


口にしてみて分かったのだが、“ユリウス様”と声に出すと、私の心の中も温かい気持ちになる。


それだけきっと、ユリウス様が好きだということなのだろう。


「ユリウス様。はぁ、ちゃんと目を見て言えるかしら……」


緩々になってしまった自分の頬をふにふにと

手で揉みほぐして、ため息をつくのだった。






* * *


ある日の昼休憩中、エリザが王宮の廊下を歩いていると、奇妙な格好をしている上司の姿を見つけた。


王宮騎士団副団長、ユリウス・バルヒェットがある部屋の扉を少しだけ開き、覗き見よろしく中の様子を窺っていた。


「……?なにをされているのですか?副団長、このような所でそれは……」


声をかけても良いものかと一瞬迷ったが、“青獅子”などと大層な呼び名のある上司の奇っ怪な姿を誰かに見られてはと思い、エリザは窘めることにした。


「しっ!静かにしろ」


その真剣な表情と鬼気迫る様子に、エリザはただ事ではないと声を潜める。


「何か、緊急事態ですか?」


不正を働く者の犯行現場か。


はたまた、反国王派の密会の場か。


「ああ、そのようなものだ」


ユリウスの返しにエリザはごくりと息を呑み、それに続く言葉を待った。


「今、ジゼルが練習しているのだ」


「はぁ?」


予想の斜めすぎる答えに、エリザは間抜けな声を上げてしまった。


それをしっ!と咎められ、腑に落ちないながらも、とりあえず話を聞くことにした。


(副団長のことだから、ジゼル様がマナーか何かの特訓をしているのを陰ながら応援しているとか、そんな感じでしょうね)


今後国外の要人相手に菓子を振る舞うようなことも出てくるらしいと、先日涙目のジゼルに相談されたエリザは考えた。


だが、少しだけ開いた扉の向こう側から漏れ出てくる声は、それとは全く関係のない言葉だった。


「ユリウス様。はぁ、ちゃんと目を見て言えるかしら……」


悩まし気なジゼルの声、本当に悩んでいるのだろうということが窺える。


しかし、聞こえてきた内容はまるで……。


「くっ……!聞いたか、エリザ!」


「……はい、まあ」


段々嫌な予感がしてきたエリザは、そう適当に答えた。


しかしそんなことはお構いなしに、ユリウスは浮かれていた。


「俺の名前を面と向かって呼べるよう、練習しているのだ。いじらしいというか、かわいいが過ぎるというか……。俺はいつこの扉を開けてジゼルを抱き締めに行ったら良いのだと思う?」


色惚け全開の上司に、エリザは眉間の皺を深く刻んだ。


「はっ!み、見ろエリザ。ジゼルが頬をふにふにしている。なんだあのかわいすぎる仕草は」


もうこれ以上は駄目だ。


“戦場の青獅子”はいったいどこに行ってしまったのかとエリザは肩を落とし、引きつる口をなんとか開いた。


「こんなところで盗み聞き・覗き見していないで、さっさと行ったらどうですか?休憩時間は残り僅かですよ」


「なにっ!……くそ、ジゼルのあまりのかわいさに悶えていたら、こんな時間に……!!」


一体いつからいたんだあんたは。


エリザはそう口から出かかったのを無理矢理飲み込んだ。


「このままひとりでニヤニヤしていても良いですけど、仕事再開の時間は守って下さいね。遅刻したら、罰として今日のジゼル様の菓子は無しです」


「何だと!?横暴すぎるぞエリザ!!」


菓子ひとつでものすごい形相で怒るユリウスに、エリザは深いため息をついた。


そして背後でぎゃーぎゃー言う上司をおいて、再び廊下を歩き始めたのだった。


「全く……。はあ、私も恋人、作ろうかしら」


やってられないわ……と呟きながら。

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