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【書籍化】塩系令嬢は糖度高めな青獅子に溺愛される  作者: 沙夜
本編

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エピローグ3

本日三回目の投稿、最終話です。

前のふたつを呼んでいない方は、戻ってエピローグ1からお読み下さい。

「ゼンが優しい?そんなことを言うのはジゼルくらいだと思いますよ」


お昼を食べ終えた後、私は副団長さんに厨房まで送ってもらえることになり、ふたり並んで王宮の廊下を歩いていた。


「え、そうなんですか?」


照れ屋だけれど、あんなに優しいのに?と思いながら驚くと、副団長さんは苦笑いした。


「普段は俺以外の人間がいる場所に現れるのを嫌がりますからね。呼ばない限り、出てきません。ほら、帰還した後もずっと姿を消していたでしょう?」


確かに王宮までの道のりでも謁見の間でも、その後の陛下とのお茶会?でも、ゼンの姿はなかった。


「呼んでも用事が終わればすぐに消えてしまいますし。ジゼルに対しての言動は特別ですよ。最近はエリザにも少し気を許している様子ですが」


そういえばゼンがそっけないなと感じたのは、料理人さんなど、私達以外に何人か人がいる時のことだ。


あれはそういうことだったのかと、少しだけほっとした。


「特に団長のことはかなり苦手らしいです。まあ、あのふたりの性格を考えたら、分かる気もしますが」


……たしかに。


頷くのは団長さんに失礼な気がして、苦笑いするに留めた。


そこでふと、あの時に聞きそびれたことを思い出す。


「そういえば、初めてお会いした時の『思い出してくれましたか?』ってあれは、どういう意味だったんですか?もう今更かもしれませんけど……」


でも一応聞いておきたい。


以前にお会いしていた風だけれど、それならちゃんと思い出したいから。


「ああ。いえ、実はもっと前に、俺はジゼルに会ったことがあるんです」


やっぱり……。


でも、そう言われてもちっとも心当たりがない。


「あなたのデビュタントの日。こっぴどく振られた男」


え……?とあの日の記憶を辿る。


確かあの日声をかけて来たのはひとりだけ。


少し癖のある柔らかそうな髪と色気のある目元、そして言い方は悪いが軟派そうな雰囲気の青年だった。


苦手なタイプだと思ったのは覚えている。


けれど、もう三年も前の話だから顔は覚えていない。


でも副団長さんとは雰囲気が違ったような……?


「その男の、遠い親戚なんです、俺」


「え、ええええっ!?」


明かされたまさかの真実に、思わず驚き叫んでしまった。


「あの日、会場にもいましたよ。ずっと探していた、シュタイン伯爵令嬢が参加すると聞いて警備役を志願したんです。あんな美味しい菓子を作るご令嬢はどんな子だろうって、ドキドキしながら待っていました」


そ、そうだったのか……!


確かあの時は、リーンお兄様が台本を書いた氷の令嬢になりきっていたはず。


その時の自分を思い出して、真っ青になる。


「あいつ、俺の再従兄弟(はとこ)になるのですが、本当に軟派な奴で……。実は俺と顔は良く似ているのですよ。中身は随分違いますが」


副団長さんもその時のことを思い出すように、話を続ける。


「警備の任に就いていた俺は、あなたと再従兄弟の一連のやりとりを知らなくて。その後だったのでしょうね、あなたが兄君と共に会場から出たところで、廊下でぶつかったのですが、覚えていませんか?」


あの後、廊下で……。


「あ。そういえば……」


副団長さんの話を聞いて、その時のことが頭の中に蘇ってきた。


確かにあの日ダンスの誘いを断った後、お兄様と合流した私は一曲ずつ踊ってから帰ることにした。


それはもう、早く帰りたかった。


お兄様の描いた“氷の令嬢”モードでいるのも限界だったのだ。


足早に会場を出て、ほっと気を抜いたのがいけなかったのだろう、曲がり角で不注意にもよそ見をしてしまった。


結果、ひとりの男性とぶつかってしまったのだ。


「あれが、副団長さんだったのですか……?」


「ええ。体勢を崩したあなたを私が受け止めると、すごく嫌そうな顔をされましたね……」


副団長さんは遠い目をして乾いた笑いを零した。


そ、そうだ。


確かあの時、ダンスに誘われた男性だと思い、ひいいいい!と叫びそうになったのを必死に堪えた。


早く距離を取りたくて、助けてくれたのにそっけない態度を取ってしまった。


あまり良く覚えていないが、支えてくれた手を振り払ってしまった気がする。


無表情だけならまだしも、その時はかなり精神的に限界で、目つきも鋭かったかもしれない。


男性は私の反応に驚いて、寂しそうな顔をした。


それを見て申し訳ないことをしてしまったと気付き、先程あんな言葉を吐いてダンスを断ってしまったことにもじわじわと罪悪感が生まれて。


『すみませんでした。その、先程、会場でも。……助けて下さって、ありがとうございます』


確かそう言って謝り、その場から小走りで立ち去った。


「良く分からないご令嬢だなと思いました。後から再従兄弟から聞いた話と、俺が実際会ったあなたは、少しだけ違っていたから」


そこでようやく副団長さんはふふっと笑い、私の手に自分のそれを絡めてきた。


「!あの、手……」


「このあたりは人通りが少ない時間帯ですから、大丈夫ですよ。“塩系令嬢”と噂されるシュタイン伯爵令嬢が本当はどんな人なのか、とても気になりました。でも確かに俺と会った時もあなたの表情はかなり厳しかったですからね、また拒否されるかもなと、少し怖くもあったんですよ」


「そ、それは申し訳ありませんでした……」


私の死んだ表情筋の馬鹿!


「俺が臆病だっただけですから、ジゼルのせいではありません。きっと、思い出の中の“菓子を作ってくれた少女”の姿が壊れてしまうのを、恐れていたのでしょうね。それこそ、俺の身勝手です」


そうか、副団長さんの中で“シュタイン伯爵令嬢”は、とても心優しい少女だったのだろう。


……実際はこんな感じだけれど。


思い出とは美化されがちだし、それが壊れてしまうのを恐れるのも良く分かる。


「ですが、もっと早く確かめにあなたを訪れていれば良かったと思いました。こんなに、素敵な女性だったのですから。――――あの時、木陰であなたの菓子を食べていたリーンハルトに感謝ですね」


お兄様のお菓子を奪……いや、拝借してシュタイン伯爵家を訪ねてくれた副団長さん。


もう一度会ってみたいと、そう思ってくれたのかな。


「ほとんど反射的でしたけどね。心の中では、やはりあなたに会って話がしてみたいと、ずっと思っていたのでしょう。……菓子を作って欲しいと言ったのは、半分は建前でした」


半分は本気でしたけどねと、副団長が笑う。


そうか、それで。


「……ありがとうございます。私にとってお菓子は、幸せを運んできてくれる、特別なものなんです。皆さんとも出会えましたし」


前世でもお菓子作りのおかげで店長に声をかけてもらえて、パティスリーに就職できた。


同僚にも恵まれて、仕事も楽しくて。


振り返ってみれば、幸せな人生だったと思う。


「そうですね。でも俺は、あなたが感じているその幸せは、全部ジゼル自身が作り上げたものだと思っていますよ」


え?と聞き返すと、副団長さんはにっこりと優しく微笑んだ。


「お菓子はその媒体、きっかけに過ぎない。あなたが今幸せだと感じるのなら、それはあなたが頑張った結果だ。周りはそんなあなたを助けたいと思っただけなのですから」


「……ありがとうございます」


あの時、外に出ることを怖がらなくて良かった。


居心地の良いシュタイン家に留まっていても、きっとそれなりに幸せだったのだと思う。


でも副団長さんやゼン、エリザさん達と出会って、私の作るお菓子を認めてもらえて、私の行なったことが誰かの助けになって、誰かと支え合えるようになった今の方が、きっと。


「私、これからももっと頑張ります。私自身がもっと成長できるように。それに、美味しいお菓子をたくさん作って、皆に喜んでもらいたいです」


「そうですね。あ、あっぷるぱいは駄目ですよ。あれは俺だけのものです」


先程のエリザさんとのやり取りを思い出して、ぷっと吹き出す。


「ふふ、もし陛下にアップルパイを作るよう命令されたらどうしますか?王命ですよ?」


「俺が直談判しますから、ジゼルは心配しないで下さい」


ウィンクする副団長さんに、私はつられて笑ってしまった。


「では今日の午後のお菓子は、アップルカスタード入りのマドレーヌにしましょうか。副団長さんとエリザさん、ゼンの分だけ特別に先程のバニラアイスを付けますね」


「そ、それは美味しそうですね。いやでも、マドレーヌも思い出の菓子ですし、他の人間に食べさせるのは……」


真剣な顔でそんなことを言う副団長さんに、今度は眉を下げる。


「ええ?そんなことを言っていては、何も作れなくなってしまうじゃないですか」


呆れ顔の私の繋がれた手を、副団長さんがぎゅっと握る。


「すみません。独占欲をもろ出ししていると、嫌われてしまうんでしたっけ?」


「……嫌いには、なりませんけど」


それは良かったと笑う副団長さんは、とても楽しそうで。


「冗談ですよ。あいすくりーむ添えのまどれーぬ、楽しみにしています」


「もう……」


その横顔が、愛しくて。


「……今度、新作のお菓子を作ったら、一番にユリウス様のところに持って行きますね」


「はい、楽しみにしていて……!?ジ、ジゼル!?今、俺の名前を呼んでくれましたよね!?」


思っていた以上の反応を見せるユリウス様に、私は握っていた手を放し、悪戯な顔で微笑んだ。


「さあ、そろそろ休憩は終わりですよ?()()()()()


そして、厨房の方へとくるりと体を向ける。


「呼び方、戻ってしまっているじゃないですか!も、もう一度呼んで下さい!ちゃんと聞こえるように、もう一度!」


そう縋ってくるユリウス様に捕まっては、後から来た恥ずかしさで真っ赤になった顔を見られてしまう。


もう一度呼ぶのは、ちょっと無理だ。


「午後の職務に遅れてエリザさんに迷惑をかけたら、副団長さんの分のマドレーヌはありませんからね?」


ちらりとうしろを振り返り、ユリウス様の様子を窺う。


「くっ……!わ、分かりました。今度、今度はちゃんと聞かせて下さいよ!」


そう言うとユリウス様は、名残惜しそうにしながらも踵を返し、執務室へと戻って行った。


「今度かぁ……。恥ずかしがらずに呼べるよう、練習しないとな……」


その背中を見送りながら、私は熱を持った頬を押さえ、マドレーヌを作るべく厨房へと戻るのだった。






* * *


その後――――。


ジゼルの作る菓子はまたたく間に王国中で評判になり、そのレシピも広まっていった。


けれど、誰が同じレシピで作っても、ジゼルよりも美味しい菓子を作ることはできなかった。


その美味しさと付与された魔法の効果の高さ、彼女の人柄を表すような気配りに溢れた菓子を、誰もが愛したという。


そして――――。


ジゼルとユリウスの恋物語になぞらえて、いつからかふたつの菓子が王国の名物となった。


マドレーヌは、出会いの菓子。


そしてアップルパイは、恋の菓子。


ふたつの菓子を贈って想いを伝えると恋が叶う。


そんな噂話が、まことしやかに人々に伝わっていったのだった――――。




*fin*

最後までありがとうございました。

悩み苦しみながらもなんとか最後まで書ききれました……!!

これも誤字報告にて作者のお馬鹿な間違いを正して下さった皆様。

そしてブクマや評価ポイントを入れて下さった皆様のおかげです。

本当にありがとうございました(*^^*)


落ち着いたら番外編をいくつか書きたいなと思っています。

またその時にジゼルとユリウスに会いに来て下さると嬉しいです!

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