エピローグ2
本日二回目の投稿です。
エピローグ1をまだお読みでない方は、ひとつ戻って下さい。
「……そうか。無粋なことを言ったな」
「逆に惚気けられてしまいましたね、ゼン様」
エリザさんの言葉に、ふんとゼンが顔を逸らす。
「の、惚気けたつもりはないのですが……」
縮こまる私だったが、よく考えると確かに恥ずかしいことを言ってしまった気がする。
でもそれは嘘偽りない、本当の私の気持ち。
「ですがジゼル様、あまり副団長を喜ばせすぎると大変ですよ?主に心臓が。あと、職務にも関わってきますので、そういうことは仕事終わりや休日にお伝え下さい」
どういうことだろうと副団長さんの方を見ると、副団長さんは心臓を掴みながら蹲り悶えていた。
「落ち着け俺!我慢するんだ俺の右手!今ジゼルに触れたら途中で止まれなくなる!」
ほらね?とエリザさんは言うが……。
私にはちょっと意味が良く分からない。
「あ、そうだ。デザート、食べませんか?ほら、魔法で冷やしてありますから、冷たくて美味しいですよ?」
とりあえずもう一度話題を変える。
話題が食べ物のことばかりなのがちょっと悲しいけれど、今日のこれは自信作なのだ!
「わ、なんですかこれ。ひんやりしてますね」
「ふむ。真っ白な菓子だが……甘い匂いもするな」
エリザさんとゼンが興味を示してくれた。
「これは、アイスクリームといいます。どうぞ、食べてみて下さい」
そう言いながらカップに取り分け、スプーンと一緒に配る。
復活した副団長さんにも手渡し、ひと口食べると、三人は目を見開いた。
「!これは……」
「美味しいです!冷たくて、舌の上でとろっと溶けますね」
「ふむ。このような菓子は初めてだな。美味い」
定番のバニラアイスは三人の口にも合ったようで、ぱくぱくと食べ進めてくれている。
ミルクから作るバニラアイス、前世ではものすごく作るのが大変なお菓子だったが、魔法があれば作るのも簡単、そして溶ける心配もない。
魔法って本当に便利……!!
「ジゼル、あなたという人は……。本当に底の知れない人ですね」
「これも、ずっと作ってみたかったお菓子のひとつなんです。副団長さん達に、一番初めに食べてもらいたくて」
私が外の世界に足を踏み出す勇気をくれた人達だから。
怖くないよと手を差し伸べてくれたのも。
そっと背中を押してくれたのも。
安心できるように、隣を歩いてくれたのも。
副団長さんと、エリザさんと、ゼンのおかげで、私は今ここにいる。
感慨深く思っていると、バニラアイスに夢中になっているエリザさんとゼンの目を盗み、副団長さんが私の耳元に顔を近付けてきた。
「昨日の“あっぷるぱい”も、とても美味しかったですよ。俺への気持ちが込められていて、とても甘かったです」
耳元で囁かれて、私の肩が跳ねた。
「え、えっと。……はい。気持ちは確かに、たくさん込めたつもり、です」
さらに続く甘い台詞攻撃に、もう抵抗する気力は残っていない。
昨夕私は告白のやり直しをするために、アップルパイを持って行った。
バラの形を模したアップルパイ、パーティーの時に伝えられなかった想いをもう一度込めて。
本当はお会いしてすぐ渡して告白するつもりだったのだが、色々あって、そう色々あってそれどころではなく、結局別れ際に渡すことになった。
でも、ちゃんとあの後食べてくれたんだ……。
“気持ちがこもっていて”って気付いてもらえているのが、気恥ずかしくも嬉しい。
顔に熱が集まっていくのを感じていると、そんな私達に気付いたエリザさんが首を傾げた。
「どうしました?なんの話をしているんですか?」
「いや、昨日もらった“あっぷるぱい”が美味かったと礼を言っていただけだ」
副団長さんの答えに、ああ!とエリザさんが声を上げた。
「あれ、美味しいですよね!」
ぱあっと表情が明るくなったところを見ると、エリザさんはアップルパイがお気に入りらしい。
「そういえばアップルパイにこのバニラアイスはとても合うんですよ。焼き立ての熱々に冷たいアイスを乗せて、溶かして食べても美味しいです」
「む。それは興味あるな」
なんとゼンまで目を輝かせている。
「いや、ちょっと待て。“あっぷるぱい”だけは駄目だ」
「はぁ?どうしてですか?」
急に反対し始めた副団長さんに、エリザさんが途端に不機嫌になる。
こ、怖い……!
だが副団長さんは譲る気配がない。
優しい副団長さんが理由もなしに反対するはずないと思うのだけれど……どうしたのだろう?
「その菓子は、俺だけのものだ!」
まるで子どものような発言をする副団長さんに、エリザさんとゼンが怪訝な顔をする。
「言っただろう、昨日もらったと。ジゼルが、俺のために、俺への気持ちを伝えるために作ってくれた菓子なんだ。すなわちジゼルの作る“あっぷるぱい”は、特別な菓子だ。俺だけが食べられることにしたい」
なに言ってんの?
エリザさんの表情からは、そんな心の声が聞こえた。
「そんな馬鹿みたいな独占欲もろ出ししてると、ジゼル様に嫌われますよ!」
「残念だったなエリザ。ジゼルはそんな馬鹿みたいなことを考える俺のことが好きなんだ!先程も本人の口から聞いたからな、間違いないだろう!」
「はっ!その時の言葉をいつまでも信じてその優しさに胡座をかいていると、いつか捨てられますからね!後悔してからじゃ遅いんですよ!」
ぎゃーぎゃーと言い争うふたりに啞然としていると、ゼンにポンと肩を叩かれた。
「これが主の素だ。まあ、昨日から一人称が“俺”になっている時点で、随分と気を抜いているようだったが」
「あ、それは私も思っていました。以前よりも気を許してくれているのかなって」
そうだったら嬉しいなっていう願望だったのだけれど、ゼンがそう言うなら、あながち間違いじゃないのかも。
これから少しずつ、私の隣が副団長さんにとってリラックスできる場所になると良いな。
「……柔らかい表情をするようになったな」
「昨日、副団長さんにも言われました。ふふ、ゼンのおかげでもあるんですよ?」
そう微笑めば、ゼンがふいっとそっぽを向いた。
「我は何もしていない」
「そんなことありませんよ。いつも見守っていていてくれて、ありがとうございます」
私と副団長さんを繋げてくれていたのはお菓子だけれど、そのお菓子を運んでくれていたのはゼンだもの。
「さっぱり意味が分からん。礼など不要だ」
意外と恥ずかしがり屋さんだったのねと、ふふっと笑い声が零れてしまった。
「食べ終わったからな、我はそろそろ行く。昼の菓子ができたらまた呼べ。運んでやる」
「はい、本当にいつもありがとうございます。お願いします」
「分かった」と返事をしただけで消えてしまった優しい精霊に、私はもう一度笑みを零した。




