伝え合い、繋がる想い2
本日二回目の投稿です。
まだ前のお話を読んでいない方は、ひとつお戻り下さい。
「……最近、ジゼル嬢はよく笑うようになりましたね」
「え?そ、そうですか?私、ちゃんと笑えていますか?」
「ええ。誰にも見せたくないくらい、かわいらしく」
な、なななな何を言ってるんですか!
そう言葉に出ることはなく、私は口をパクパクと開閉するだけになってしまった。
そうだ、この人は急に甘い台詞で心臓をえぐってくるんだったわ……!
きゅっと目を瞑り騒ぐ胸の動悸を抑えようとするが、上手くいかない。
顔もきっと真っ赤だ。
いやでも夕日で誤魔化せているかもしれない。
そんな僅かな希望に気付いたものの、それは次の瞬間あっさりと壊された。
「真っ赤になってしまって。そんなところもかわいらしいですね」
目を瞑っていたからだろうか、声がよく耳に響いて、ぴくっと肩が跳ねる。
くすくすと笑う気配がして目を開けると、やはり副団長さんは楽しそうな表情をしていた。
「〜っ、からかうなんて、酷いです!」
「おや、人聞きの悪い。本当に思ったことを言っただけですよ」
この人はまたそうやって……!
これ以上何か言い返しても、負ける気しかしない。
恥ずかしすぎて涙目になり、ぷるぷる震える私に、すみませんと副団長さんが謝った。
「そういう反応を返してくれるようになったのが嬉しくて、つい。いけませんね」
「え?」
「自分で気付いていないのですか?」
気付いていないって……。
そっと自分の頬に手を添える。
そういえば先程も“良く笑うようになりましたね”って……。
「そうやって、笑ったり、怒ったり、不思議がったり。色々な表情を見せてくれるようになったのが、とても嬉しいです」
嘘。
だって私はコミュニケーション能力皆無で無表情が常の、“塩系令嬢”で……。
「あなたの人となりを知る人は、もう誰もあなたをそんな風には呼びませんよ」
心の声が出てしまったのだろうか、副団長さんは応えるようにそう言った。
「エリザや他の騎士達。陛下に王宮の料理人、侍女達も。あなたと関わった者皆が、あなたのことを素敵な女性だと言っています」
その言葉が、信じられなくて。
ただ、目を見開くことしかできなかった。
「あまりの人気に私は今日一日、嫉妬で気がおかしくなるかと思いましたよ。全く、私のいない五日間でどれだけの人間を誑かしたんですか」
「た、たぶら……!?」
聞き捨てならない単語に、やっと声を発することができた。
「そちらに反応しますか。私としては、“嫉妬”の方に反応してほしかったのですが」
副団長さんはわざとらしく悲しそうな表情を作り、泣き真似をした。
「し、嫉妬って……。でも、そういう意味じゃないです、よね……」
「そういう意味?そういう意味とは、どんな意味ですか?」
突然ぐっと距離を詰められる。
間近に迫った副団長さんの綺麗な目が、私の顔を覗いていた。
「それは、」
私が、いつも副団長さんと一緒にいられるエリザさんや他の女性騎士さんのことを良いなぁって思う気持ち。
副団長さんの隣に立つ、女性姿の色っぽいゼンを見て胸が痛んだり、私もあんな風に隣に並ぶことができたらなって思ったりする気持ち。
私が知っている嫉妬は、そういう感情。
でも、あなたのことが好きで仕方がないという私の感情と、副団長さんの言う“嫉妬”が同じはずがない。
「同じですよ、きっと。私の自惚れでなかったら」
言葉に出して良いものかと口ごもっていると、副団長さんが優しく囁いた。
吐息がかかるくらい、近くで。
「他の男達があなたに近付くのが許せないと思ったり、あなたの笑顔をひとり占めしたいと思ったり。人間ではないゼンに対しても、俺より仲良くなるなよと思っているくらいです」
「!それは……」
「俺じゃない誰かに微笑んでいるのを見ると胸が痛くなるし、毎日家であなたに会えるリーンハルトのことが羨ましくなったりもします」
あ、それって……。
「ひょっとしたら俺の嫉妬の方が重いかもしれませんね。どうですか?あなたの考えている“嫉妬”と、なにか違いましたか?」
「ち、違わないです……」
それどころか、副団長さんが言う通り、私よりもずっと……。
「そうですか?それではその“嫉妬”で合ってますよ。俺は、あなたのことが好きすぎて、周りの男達に、なんならリーンハルト達、あなたの家族や女性のエリザにも嫉妬しています」
さらりと告げた副団長さんだが、その目は真剣で、真っ直ぐに私の目を見ていて。
「俺は、あなたが好きなんです。好きすぎて、馬鹿みたいな嫉妬をしてしまうくらいに。正直言って、自分でもこんなに馬鹿なことばかり考えるなんてどうかしてると思っています。でも、それでもあなたへの想いを止められない」
その言葉が心からのものであると、表情を見れば分かる。
「ジゼル嬢。俺は、あなたのことが好きです。純粋で、優しくて、恥ずかしがり屋で、家族想いで、菓子を作るのが好きで、誰かのために強くあろうとする、あなたが」
その言葉を聞いて、私の頬に温かいものが流れた。
「わ、私、も」
嬉しすぎて上手く声が出せなかったけれど、副団長さんは私の言葉をじっと待ってくれた。
「私も、副団長さんの周りの女性に嫉妬しました。それこそ、女性姿のゼンにも。副団長さんに出会ってから、色んな感情を知って、戸惑うことも多かったです。でも、好きだという気持は止められなくて」
ああ、一緒だ。
恋をしたことで、強くも弱くもなれる。
綺麗にも、醜くもなれる。
お父様も言っていたこの感情は、副団長さんも一緒だったんだ。
それが、副団長さんも同じなんだってことが、とても嬉しい。
「でも、それでも一緒にいたくて。一緒に強くなりたい。一緒に悩みたい。一緒に笑って、一緒に泣いて。そうやって、これからもあなたと一緒に過ごしていきたい。……できれば、隣で」
副団長さんの指が、私の頬を流れる涙を拭った。
剣を持つからだろう、ゴツゴツしていたけれど、温かくて、優しい手。
そっと見上げた先に見えた副団長さんは、とても嬉しそうに微笑んでいて。
「私、あなたのことが好きです。ずっと、あなたの側にいたいです」
自分でも驚くくらい、自然とそう口にしていたのだった。




