凱旋1
「おお、帰って来たようだな。歓声が聞こえてきた」
「皆さん、ご無事でしょうか?」
陛下の言葉に私がぱっと席を立つと、お父様がくすくすと笑った。
「死者は無し、負傷者も僅か数名、しかも重傷者はいないと聞いているだろう?ジゼルは心配症だね」
王宮のテラスから外を覗くと、騎士団が国民達からの歓声を浴びながら帰って来るのが見えた。
五日前に旅立った騎士団は、南の森で魔物を殲滅すると、被害を受けた周辺の町の救援活動も行い、後から来た救援隊と入れ替わるようにして、今日王宮へと戻って来た。
そうして王宮に向かって来る騎士団の列に目を凝らす。
副団長さんは……ああ、先頭の方にいらっしゃるわ。
そのすぐうしろにはエリザさん、そのもう少しうしろにはリーンお兄様も見える。
先頭の赤髪の人が団長さんかしら?
副団長さん達は控えめで大きな身振りはしていないみたいだけど、その方は国民達にぶんぶんと豪快に手を振っていらっしゃるみたい。
討伐完了の知らせは受けていたけれど、こうして姿を確認するまでは落ち着かない気持ちだった。
でも、これでやっと心から安心できる。
「良かった……」
「だから無事だと言っただろう?ところでジゼル嬢よ、この“しょーとけーき”だったか?おかわりはないのか?」
ほっと息をついた私に、陛下はそんなことよりもと今日のおやつの催促をしてきた。
「はぁ。ございますけど……。食べ過ぎではありませんか?」
「私は執務で頭を使っているから良いのだ!」
頭を使うと甘いものが欲しくなる現象、確かに科学的にも証明されている。
けれどそれで糖分を摂取しすぎると、急激な血糖値の上昇でイライラしたり、眠くなったり、病気の原因になったりするのだ。
まあそんなことを言っても、科学の発展していないこの世界で理解してもらえるわけがないのだが。
「……先程の、半分の量だけですよ?食べ過ぎはよくありません。それ以上欲しがるなら、明日のお菓子は作りませんから」
「わ、分かった、それで我慢しよう……。だから明日も頼む!」
懇願する陛下に、やれやれと小さめにカットしたショートケーキの乗った皿を渡す。
このように、騎士団から絶賛されたお菓子を食べたくなったらしい陛下は、先日『王宮専属菓子職人なら、私に作らないのはおかしくないか?』と言い出した。
どうやら甘党だったらしく、私のお菓子をとても気に入ってくれて、こうして毎日休憩時間に持って来させられている。
「さあ、食べ終わったら騎士達を謁見の間に迎え入れ労わねばな。ジゼル嬢も共に来ると良い」
なぜ私……?と思わなくもなかったが、国王陛下相手にそんなことを言えるわけもなく。
分かりましたと返事をしたのだった。
な、なぜ私が陛下と同じ並びに立っているの!!?
数分前、謁見の間に入場するや否や、ジゼル嬢はこちらだよと、玉座に座る陛下から少し離れたこの位置につけられてしまったのだ。
そうしている間に、討伐に出ていた騎士団の方達が入場してきた。
「国王陛下に此度の遠征の結果報告に馳せ参じました」
「うむ、面を上げよ」
まるでゲームの世界の常套句のようなやり取りに、本当にこんな始まり方をするんだ……と見つめる。
ずらりと並ぶ騎士さん達の一番前にいるのは、先程テラスから見えた、赤髪の男性。
大柄で、年は三十半ばくらいだろうか?
やはり彼が騎士団長、マティアス・リンデンベルクだったようで、騎士代表として受け答えをしている。
そしてそのすぐうしろで跪いているのが、精悍な顔つきをした副団長さん。
疲れているようには見えるけれど、怪我をしている様子はない。
リーンお兄様やエリザさんも、大きな怪我の様子もなく、うしろの方にいる。
「――――先の報告で聞いていたが、SS級を含むB級以上の魔物複数体を相手に、よくぞ誰ひとり命を落とすことなく、また被害を最小限に留めて討伐してくれた。周囲の町の救援作業にも尽力したとのことで、そこかしこから感謝の意が届いている。これはそなた達の功績だ。これ以上ないくらいに良くやってくれた」
「もったいないお言葉です」
そう、厳しい戦いではあったが、皆の活躍により、周辺の町の被害も少なかった。
全体的に見ても死者はひとりもいない。
上位魔物の大量発生という危機の中でと考えると、ありえないくらい奇跡的な数値だ。
「双璧の獅子を揃って向かわせた甲斐があった。他の騎士達も、本当に良くやった」
陛下からの最上級の誉れに、騎士さん達は誇らしげに頭を垂れた。
すごい、まるで映画の世界みたい。
そう思うくらい、厳粛な空気が流れる。
「―――そして、もうひとり。そなた達と同じくらい、その働きを賞するべき者がいる」
陛下の言葉に、騎士さん達からはっと息を呑む気配を感じた。
同じくらい活躍した人ってこと?
ゼンのことかしら。
きっと副団長さんと共に戦っていただろうから。
納得ねと思いながら、きょろきょろとその姿を探すけれど、どこにも見当たらない。
隠れているのかしら?と首を捻った私の頭上に、サッと影がかかった。
「ジゼル・シュタイン王宮専属菓子職人。そなたの作る菓子がなければ、これだけの結果を得ることはなかっただろう」
いつの間にか間近にいた陛下の整った顔に、ぽかんと呆気にとられる。
しかしこんな時でも私の無表情は健在だったようで、全く動じないなと陛下は苦笑した。
「騎士達を、ひいては周辺の町に住む国民達を守ってくれたこと、感謝する」
か、“感謝する”って言った!?
国王陛下なのだ、“良くやった”“褒めてつかわす”という言葉にはなれど、たかが菓子職人相手に“感謝”はちょっとやり過ぎでは!?
「良いのだこれで。それほどそなたの功績は大きいということだ」
「で、ですが私だけの力では……。ジークお兄様やゼン、それに王宮の料理人達も力を貸してくれたからできたことで」
「ああ、もちろん彼らにも褒賞を用意しよう」
あ、皆に褒美を与えろ!と催促したみたいになった?
それはそれでどうなのと、内心冷や汗をかいた。
「うーむ、そなたの表情は鉄壁だな。驚かせようと思ったのだが、その顔では良く分からん。まあ内心で驚いてくれていたら良いのだが」
ははっと陛下は笑うが、もう十分驚いてばかりですとも!
「さて、私だけではない。ここに集まった騎士達も、そなたに礼を述べたいらしいぞ」
「え?」
思わずそんな声を上げてしまった私に向かって、団長さんが声を上げた。
「ジゼル・シュタイン殿。あなたの菓子のおかげで、多くの騎士が助かった。逼迫した状況の中でも、恐れず戦い抜くことができたのは、あなたのおかげだ」
堂々とした声に、感謝の気持ちが込められているのが分かる。
騎士団を纏める立場の方だもの、彼らをとても大切に思っているのだろう。
「無茶な依頼にも、最高の結果で応えてくれました。あの速さと効果がなかったら、我々はどうなっていたか分かりません」
そしてそれまで黙っていた副団長さんもまた、優しい言葉をかけて下さった。
「「「ジゼル・シュタイン王宮専属菓子職人に、感謝の意を」」」
それを合図に、騎士さん達が私の方を向いて跪きながら頭を下げた。
「「「ありがとうございました!」」」
「え?えええええ〜?」
予想外すぎる状況に、さすがの私の口からも、すっとんきょうな声が漏れ出たのだった。




