お菓子の秘密5
ゼンがビスコッティとアイスティーを持って行った後、私はそのまま別のものを作っていた。
討伐に長時間かかる可能性もあるから、いくつかあったほうが良いのではと思ったからだ。
そもそもSS級の魔物だってすぐに現れるとは限らない。
副団長さんに通信した時も、まだ見つかっていなさそうだったし。
それで何を作ろうかと悩んだのだが、甘いものも良いけれど、苦手な人もいるかもしれない……と思い立ったため、野菜のチップスを作ることにした。
じゃがいも、さつまいも、かぼちゃ、にんじん、レンコン。
これなら塩気が効いて汗をかいた後は特に美味しく感じるはずだし、野菜の取りにくい遠征時にもぴったりだと思ったのだ。
問題は揚げ物だから時間が経つとサクサク感が失われがちなことだけれど……。
あのへニャへニャは、素材から出る水分が原因だ。
ならばその水分を全て出しきってしまえば良い。
揚げないチップス、オーブンで焼いて水分を飛ばすことにしたのだ。
そして味付けをした後も、湿気を防ぐため魔法で膜を張った。
これでしばらくはパリパリサクサクのまま食べられるはずだ。
「うわ、焼いただけなのにすごく美味しいです」
「この軽い食感もクセになります。こんなに簡単で美味しいものを考えられるなんて、シュタイン伯爵令嬢はすごいですね」
味見をした王宮の料理人達もそう言って褒めてくれた。
私が考えたものではないので、どう反応して良いものかと悩み……。
『はぁ、まあ』と素っ気ない返事になってしまったことを後で悔いた。
副団長さんやエリザさんで少しは人付き合いも慣れてきたかと思ったが……それは勘違いだったようだ。
最初からこう言おうと思っていたことは言えるけれど、こういう会話の中だと咄嗟の受け答えが上手くできない。
意図せず冷たい反応になってしまったことを申し訳なく思っていたのだが、なぜか料理人達はにこにことしている。
「……ジゼル、頬が赤くなっている。照れているだけだと伝わっているようだぞ」
(まだ居た)ジークお兄様の言葉に、びたんと両手で両頬を押さえる。
そして料理人達から背を向けると、ぶつぶつと何やら呟くお兄様が見えた。
「複雑な気分だ……」
よく聞こえないので気にしないことにするとして……。
それにしても、誤解されていないのなら良かったのかもしれないが、これはこれで恥ずかしい。
火照った顔をパタパタと仰いでいると、突然見慣れたキラキラした光が現れた。
「ゼン?」
ひょっとして次のお菓子を取りに来てくれた?
いやでもゼンにはそのことを話していなかった。
それなのに、こんな短時間で戻って来たのはなぜ……?
なんとなく嫌な予感がしていると、焦った声を上げてゼンが現れた。
「ジゼル!頼みがある!」
その真剣な表情に、ただ事ではないとぐっと手を握り締めた。
「砂糖、これくらいでよろしいでしょうか!?」
「ありがとうございます!鍋で火にかけていきます。お兄様、型は完成しましたか!?」
「当然だジゼル。僕にかかればこんなもの、いくつでも作れるぞ」
その返事にひとつ頷き、私は魔力を込めながら鍋に集中する。
焦げてしまっては台無し、しっかりその時を見極めないといけない。
鍋の中身が綺麗な琥珀色になったら火を止め、しっかり手早く混ぜていく。
「それではいきます。お兄様、型に流したものから魔法で冷やして下さい」
「分かった。固まれば良いんだね?」
話の早いジークお兄様の存在が頼もしい。
型だってすぐに理解して魔法で作ってくれたし、ここに残っていてくれて良かった。
とろりとした液体を型に流し込み、お兄様が冷やす。
固まったものを料理人達が型から抜いて数個ずつ容器に詰めていく。
「容器内で溶けないように、詰め終わったものには魔法で容器内を低い温度で保たせましょう」
「了解。僕、大活躍だね」
お兄様の言葉は驕りでもなんでもない、事実だ。
お兄様がいてくれたから、こんなに早くゼンにお菓子を託すことができる。
容器にかける魔法は私も一緒に、最後のひとつにかけ終え、蓋を閉める。
「素晴らしい速さだ。ジゼル、恩に着る」
「ありがとうございます。効果があるかは、分かりませんが……」
「大丈夫だジゼル。我には分かる」
求められた効果をつけることができただろうかと不安に思っていた私に、ゼンがふわりと微笑んだ。
「ではな。また来る」
「あ、これも!こちらは回復の効果付きのチップスです!」
「ああ、これも作ってくれていたのか。本当にジゼルは気が利く。では我は行くぞ」
チップスの入った袋を受け取ると、ゼンはまた光の中に消えていった。
一息つきながらも、戦場の皆のことを思うと不安でいっぱいになる。
ゼンがああ言うなら、あのお菓子に多少の効果は付与できたのだろうけど……
ぎゅっと両手を組んで無事を祈る。
“絶対はない”
それが、とてつもなく怖い。
「ジゼル」
固まる私の肩を、そっとジークお兄様が引き寄せた。
「僕達は力を尽くした。彼らを信じよう」
お兄様の温かい手の温度を感じて、私はぽろりと涙を流した。
そんな私に気付かないフリをして、お兄様が聞く。
「ところで、あれは何という菓子なんだ?まるで琥珀の宝石のようだったな」
「……あれは、“べっこう飴”といいます」
とても甘くて長時間その味を楽しめるんですよと、震える声を精一杯言葉に出して答えたのだった。




