お菓子の秘密3
「よし、これで完成です」
一度切り分け再度オーブンで焼いたビスコッティを、小分けに包みの中に入れる作業が終わった。
アイスティーも魔法で冷たく冷やしてポットに詰めたし、これで準備は完了だ。
「ゼン!お願いです、私の元に来て下さい」
いつものように呼ぶと、人の姿のゼンが現れた。
「良い匂いがする。我の分もあるのだろうな?」
「もちろんです。小分けにしてありますので、騎士さん達に配って下さい」
大きな袋にビスコッティの入った包みを詰め込み、アイスティー入りのポットと共にゼンに託す。
「……いつもよりも、強い魔力を感じる」
「え?」
「皆、喜ぶだろう。主達、先発隊の騎士は特に疲れが見られるからな」
「そうですよね……。少しでも皆さんの疲れが取れると良いのですが」
ゼンとそんなやり取りをしていると、ひそひそと料理人達が話しているのに気付いた。
「おい。あれ、精霊だよな?」
「あんなに馴れ馴れしく……。あの歳で王命を受けていることと良い、あの娘何者だ?」
うまく聞き取れないけれど、驚いているような様子だ。
ああ、きっとゼンの姿に驚いているのかも。
精霊を見るなんてそうないことだし、人の姿でこんなに綺麗な顔立ちをしているのだもの。
それに恐れ多いというか、どう接して良いのか分からないのかもしれないわ。
「大丈夫ですよ。ゼンはとても優しい精霊ですから」
無表情なのは変えようがないから、せめて声だけは穏やかなものになるように努めて、そう伝える。
なぜかぽーっとする料理人達に首を傾げると、ゼンが眉を顰めた。
「ジゼル……。いや、まあ良い。とにかくこれらの菓子はもらっていくぞ」
「あ、はい!こっちのポットにはアイスティーが入っていますので、休憩時間に一緒にどうぞ」
「ほう……?ではありがたくもらっていく。我が戻ればすぐに食べられるよう、主が場所の確保をしているから、戻ったらすぐに皆で頂く」
そっか、疲れている騎士さん達に早く食べてもらえるように考えて下さったのね。
「はい。……副団長さんに、お気を付けてとお伝え下さい」
「ああ、分かった」
しっかりと頷いてくれたゼンは、そう返事をするとすぐに消えてしまった。
リーンお兄様やエリザさんも、どうかご無事で。
両手を組んで目を閉じ、皆の無事を祈るのだった。
* * *
その頃、南の森。
「副団長、周囲に魔物の気配はありません」
「そうか、ご苦労だったな。では、ゼンもそろそろ戻ってくるはずだから、ここで一息つこう」
やっと休める、そんな声が上がる中、ユリウスも手頃な岩の上に腰を掛けた。
ユリウスの隊は昨夜出立して、一睡もしていない。
気を張っているため睡魔には襲われていないが、それでも疲労は確実に蓄積されている。
「おぅ、おつかれ。先発隊のおかげで、随分範囲が絞られたな」
そこへ現れたのは、赤髪赤眼の大男。
「……団長。お早い到着ですね」
「おぅ。久々のSS級と聞いて腕が鳴ってな」
この緊急事態に何を言っているんだとユリウスはため息をついた。
確かに書類仕事をユリウスに押し付け、自分は騎士に鬼のような訓練を施しているくらい戦い好きなこの男なら、今回の件は飛びつきたくなる話だったであろう。
そう。
この男こそ、ユリウスの上官、マティアス・リンデンベルクである。
一応は貴族の出身だが、今代の当主が武勲を立てて爵位を戴いた子爵家であり、元々は平民のため、マティアスもまたその言動が少々荒っぽい。
「なんだぁ?そんなシケた面して。もしかしてビビッてんじゃねぇだろうな?“青獅子”ともあろう奴が、情けないぞ」
にやりと挑発するような笑みのマティアスに、ユリウスはさらに深いため息をついた。
「……私達は疲れているんです。もうすぐゼンが菓子を持って現れるはずですから、しばらく休憩させて下さい」
「菓子?そんなモンを食べて休憩って、どこぞのお嬢さんかおまえら」
まあ疲れてはいるだろうけどなと、先発隊の役割を果たしたユリウス達を一応は労う。
そして部下に周囲を見張らせ、先発隊員達を休ませようと気遣う姿は、まさしく騎士団を纏める者の姿であった。
「まあ不思議に思うのは仕方ありませんが。最近女性騎士達の間で話題になっている菓子、聞いたことありませんか?」
「ん?あーいつもなんか珍しいモン食ってるなとは思ってたけどな。興味がないから、話はよく知らん」
自分の好きなものにはとことん興味を持つが、そうでないものにはとことん興味がない。
ある意味分かりやすいマティアスに、ユリウスは内心がっくりと項垂れながらも、こほんと咳払いをして事の次第を説明し始めた。
「―――ほう、魔法効果のある菓子ね。それは一度食べてみたいもんだな」
「だからそれを今ゼンが――――いや、ゼン、こっちだ」
そう話をしている時に、丁度ゼンがジゼルの元から帰ってきた。
その手にはたくさんの菓子の入った袋と、なぜかポットが握られていた。
「ああ、団長もいたのか。ジゼルからの差し入れだ。騎士達に配ってくれとのことだ」
マティアスには大して興味を示さず、ゼンはさっさと袋をユリウスに渡し自分の分の包みを取ると、少し離れた場所にある岩に腰掛けた。
「ポットにはアイスティーが入っているそうだ。配給用のカップで配ると良い」
「精霊様は手伝わねぇのか?」
「なぜ我が。主のことならばともかく、他の人間のことは人間がしろ。我は使い走りではない」
「おう、精霊様は相変わらずだな!」
冷たくあしらうゼンを、マティアスは笑い飛ばした。
ジゼルに対する態度とは全く違うゼンだが、普通精霊とは自分の契約者以外にはこんな感じだ。
自分勝手で気まぐれ、それが精霊。
人間の常識など通用しない。
むしろジゼルに対する態度の方が異常とも言える。
(それほどジゼル嬢のことを気に入っているということだが……複雑な気分だな。まあ最近はエリザに対しても随分と寛容だが)
使い魔が自分の好きな人に優しいのは悪いことではないよなと、ユリウスは納得することにした。
「エリザ、他の騎士にも配ってくれるか?私は団長と少し打ち合わせしながら頂くことにする。これだけ多くあるなら余るだろう。団長が率いてきた騎士にも分けてやってくれ」
「承知しました」
ユリウスは少し離れたところからエリザを呼び出し、自分とマティアスの分の菓子を取ってエリザに袋を託した。
「へぇ、まあまあ美味そうだな」
「食べたことがないくらい美味いはずです。ありがたく頂いて下さいね」
「んじゃ遠慮なく。……ん、何だこれ!?めちゃくちゃ美味いな!」
ひと口で一切れを口に入れたマティアスは、しばらく咀嚼し、驚きの声を上げた。




