お菓子の秘密2
ふるった粉類と卵、それからドライフルーツとナッツを入れて、ボウルの中でよく混ぜる。
失った体力が回復しますように。
疲れた体が元気になりますように。
普段よりも、体の動きが良くなりますように。
そんな、思いつく限りの願いを込めて。
混ざったらオーブン用の台の上に生地が貼り付かないように魔法をかけ、それから生地を流す。
少し厚みを持たせて四角に伸ばす、これをいくつも作っていく。
今日作っているのは、ドライフルーツとナッツ入りのビスコッティ。
腹持ちも良いし、簡易食にぴったりのお菓子なのだ。
「魔法を使っていたけど、あれは何だ?」
「オーブンで焼くって……パンとは違うのか?」
ああフライパンで焼くお菓子しか知らないのねと思いながらも、不思議そうに見守る料理人さん達の声に構うことはなく、丁寧に流し込み作業を続ける。
「おい。ぼーっとしてないで、できたものからオーブンに入れろ。ジゼルが火傷してはいけないからな」
そんな料理人さん達にジークお兄様が命令する。
……ちょっと偉そうだけど、確かにそうしてもらえると助かる。
「すみません、お願いできますか?」
「「「はっ、はい!喜んで!!」」」
申し訳ない気持ちでお願いすれば、料理人さん達は快く返事をしてくれた。
なぜかジークお兄様が面白くなさそうな顔をしていたが、気にしないことにした。
焼き上がるまでは三十分くらい。
待つ間に、副団長さんとコンタクトをとらないと……。
「お兄様、お願いできますか?」
「……ちっ。ジゼルの頼みだからな、仕方がない。リーン達は仕事熱心な僕に感謝するべきだな」
仕事熱心……。
ジークお兄様に一番似合わない言葉だわ……。
喉まで出かかったのをぐっと堪え、そうですねと同意しておく。
お兄様の機嫌を損ねてはまずいから。
「ではジゼル、奴の姿を思い浮かべろ」
「はい」
魔法はイメージが大切だ。
お兄様の魔力だけでも十分かもしれないが、副団長さんの姿を思い浮かべることで繋がりやすくなる。
その優しい微笑みも、悪戯に笑う幼い表情も。
もう、すぐに頭の中に思い描くことができる。
「――――よし、繋がったぞ。話しかけてみろ」
「ありがとうございます、お兄様。……副団長さん、聞こえますか?」
お兄様が繋げてくれた魔力の回線を感じて、私は副団長さんに呼びかけた。
『この声は……ジゼル嬢?』
繋がった!
「ご無事ですか!?良かった……」
声の様子からも命に関わるような危険な状態ではなさそうだ。
そして声をひそめるようなこともなく、普通に返事をしてくれたということは、ある程度安全な場所にいるということだろう。
『突然申し訳ありません。ジークお兄様のお力を借りてお話ししています。今少し、お時間頂いても大丈夫でしょうか?』
『まさか、何かありましたか!?』
どうやら私に何かあって連絡してきたのだと心配してくれているようだ。
こんな非常時にどうかと自分でも思うが、胸がきゅんと高鳴った。
でも、嬉しいとかそんなことを言っている場合ではない。
「いえ、私は何ともありません。そうではなく、実は――――」
私はできるだけ簡潔に、陛下から受けた内容を説明していった。
『――――なるほど。それで、私に連絡を下さったのですね。ゼンに、あなたの菓子を運ばせるために』
さすが副団長さん、話が早い。
「そうです。だいたい一時間後くらいでしょうか。食べやすいように包装したら、ゼンを呼びます。騎士の皆さんに配って下さい」
身体強化の効果があるかは分からないが、少なくとも回復の効果はついているはず。
夜中、もしくは早朝に出立することになった騎士さん達の疲労は回復するはずだ。
『分かりました、ありがとうございます。ゼンにもそのように伝えさせてもらいます』
「よろしくお願いします」
そこまで話を終えると、ジークお兄様がぶちっと魔力の回線を切った。
「ふん、もう良いだろう。さあジゼル、早いこと菓子の用意をしよう」
もうっ!もう少し話をしたかったのに!!
むうっと私が頬を膨らませると、ジークお兄様は頬を緩めた。
「かわいいけれど、他の男共も見ているからね。それくらいにして仕事に戻りなさい」
お兄様にだけは“仕事に戻りなさい”なんて言われたくないわ……。
言いたいことは色々あるけれど、急いでいることには違いないため、ため息をついてオーブンのところに戻る。
まだ少し時間がかかりそうね。
「せっかくだから、飲み物も用意しましょう。アイスティーなら皆さん飲み慣れているでしょうから」
ビスコッティといえばコーヒーに合わせるのが有名だが、残念ながらこの世界でコーヒーに出会ったことはない。
だけどお茶類ともわりと合うので、ここはすっきりとしたアイスティーが良いだろう。
ビスコッティ自体軽食向きなお菓子だし、休憩時間にアイスティーと一緒に食べてもらえたら良い。
どうやらいきなりSS級の魔物と戦うわけではなさそうだし、短いであろう休憩時間くらい、リラックスしてほしい。
戦場というものをあまり良く知らない私は、深く考えずにそう思ってしまったのだ。




