青獅子と塩系令嬢1
「ユリウス・バルヒェットと申します。突然の訪問、申し訳ありません」
「いえ……」
支度開始から十五分。
恐ろしい速さで身なりを整えさせられた私は、応接室で青獅子と呼ばれているらしい、リーンお兄様の上司の方と顔を合わせていた。
き、緊張しすぎていつも以上に顔が固まっているのが分かるわ!
無表情も無表情、急とはいえ客相手なのだからもう少し愛想良くしろよなとか思われてしまうのでは……!
ユリウスと名乗ったお客様をちらりと見る。
目が合うと、紳士的な態度でにこりと微笑まれた。
成程、先程ロイドが言っていたことは本当だったようだ。
目の前の男性はとても端正な顔立ちをしている。
騎士というより、前世でいうアイドルみたい。
青みがかったグレーの柔らかそうな髪を耳にかける、その仕草も男性なのに色気がある。
それでいて金色に光る瞳は少し鋭さもあって、野性的な雰囲気も持ち合わせている。
纏う騎士服は青と白を基調としており、なるほど“青獅子”という二つ名がぴったりだと納得する。
「思い出して下さいましたか?」
「はい?何をです?」
突拍子もないことを聞かれ、反射的にそう返す。
そんな私の反応に、彼はだめか……とため息をついた。
え、なにその反応。
なんのことやらさっぱりなのだ、せめてちゃんと説明してからため息をついてほしい。
そんな私の胸の内を知ってか知らずか、副団長さんは徐に手にしていたマドレーヌをそっと机の上に置いた。
そういえば私の作ったマドレーヌを持っていたようだとロイドが言っていたわね。
確かにこの包みは私が今朝お父様達に渡したものと同じだ。
とりあえずその理由を聞いたら良いかしら?
「ええと、なぜこれをお持ちなんですか?」
「ご令嬢の兄上からかっぱらってきました」
かっぱ……
かっぱらってきた!?
私だけではない、扉の近くに控えているロイドが動揺して表情を崩して驚いているのが見えた。
それも致し方ない。
あのリーンお兄様から、私の手作りお菓子を奪った……ですって?
一応隊長職に就く程には腕っぷしは強いし、その上私が絡むととんでもない強さを発揮する、妹馬鹿から?
「驚かないんですね」
「いえ、十分驚いております。そんなツワモノがいたのかと」
どうやら私の表情筋はまた死んでいたらしい。
この驚きがさっぱり伝わっていない。
それにしてもマドレーヌを奪われたのにリーンお兄様が未だ帰って来ないということは、まさか何か……。
そんな私の不安を察知したのか、副団長が心配しないでと話し出した。
「兄上には訓練メニュー“難易度・地獄”を終えたら帰宅して良いと伝えてあります。騎士団内では団長、次いで副団長の命令は絶対。完全縦社会ですから。いつもよりは遅くなるかもしれないですが、まあそのうち帰って来るでしょう」
うわ、ブラックすぎる。
“難易度・地獄”って絶対ヤバいやつでしょう。
それをやれとさらりと笑顔で言いましたねこの人。
内心ドン引きで聞いていたのだが、それでも私の表情が変わらないのを見て、副団長さんはうーんと悩ましい顔をした。
「まあ良いか。さて、では話を戻しても良いですか?」
「あ、はい。どうぞ」
まあお兄様はかなり頑丈だし、副団長さんの様子から見るに大丈夫なのだろう。
その話は置いておいて、本題はこのマドレーヌに関係することのようだけれど……。
私が作ったマドレーヌ、元々このアルテンベルク王国にはないお菓子なのだが、見た目は大して華やかでないし、貴族の目に留まることはないだろうと思っていたのに。
何か問題でもあったのだろうか。
まさか、咎められるのではないか。
だって彼は王宮騎士団の副団長。
王国の風紀を正すのも仕事の内だ。
どきどきと胸の鼓動が大きくなるのが分かる。
努めて冷静さを保とうと一拍目を閉じ息をつく。
それからそっと目を開け、恐る恐る視線をマドレーヌから副団長さんへと戻すと、彼はとても真剣な顔をしていた。
先程までの紳士的な雰囲気から一変、どこかぴりりとした緊張感すら感じる。
目が合った瞬間、ひゅっと血の気が引くのが分かった。
「あっ、あの……」
「お願いです、私のために菓子を作ってくれませんか!?」
…………。
はい?