王宮からの要請3
「ふたつめに、外国からの賓客をもてなすのに、とても目を引くと思ったんだ。これまで料理に力を入れたことはあったけれど、菓子までは考えていなかったからね。昨日のパーティーでも、ものすごく評判が良かったみたいだし」
たしかにこの世界、料理は見た目だけで味は微妙、お菓子なんて見た目も味も素朴すぎるものね……。
シュタイン家のものは料理長達が毎日腕によりをかけて作ってくれているから、料理も美味しいけれど。
記憶を取り戻してばかりの頃の、悲愴な食事を思い出したわ……。
お菓子に関しても、素朴でもほっとする味は落ち着くし、美味しいものも多いから否定はしないけれど、たしかにお客様をもてなすのには華やかなものの方が良いだろう。
今までそういう方面からの接待はしていなかったみたいだけれど、偉い人にはグルメな方も多いから、食で興味を惹きつけるやり方はたしかに有効だと思う。
「あとは時間のかかる話だが、国の発展にも役立つだろうね。美味しい菓子が食べられると聞いて、外国から足を運ぶ者も増えるだろうし。その技術を学びたいという者は少なくないんじゃないかな」
陛下の言葉に、料理長の姿が頭の中に浮かぶ。
彼が当時3歳の私に膝を折ったくらいだもの、その道を極めたいと思っている人なら、こんな小娘からでも未知のものを学びたいと思うかもしれない。
思えば、私も記憶が戻ってから、こちらの世界の料理に少なからず不満を持っていた。
美味しいものが食べたい。
でもそれは、前世の記憶がある私だけが感じるものじゃない、自然な感情。
美味しいものが広まり、そして笑顔も広がっていく。
それは、とても嬉しいこと。
「それにさ、美味しいものを食べると笑顔になるだろう?私は、自国の民には少しでもたくさん笑って暮らしてほしいと思っているんだ」
まるで自分の心を読んだかのような陛下の言葉に、私は目を見開いた。
あ、それって。
「……同じ、です」
「え?」
そう聞き返す陛下の表情からは、先程のような威圧感は感じられない。
「私も、誰かが笑顔になってくれるのが嬉しくて、お菓子作りを覚えたんです」
前世の話になるが、無愛想で人見知りだった私が唯一、他人とのコミュニケーションをはかれるのがお菓子作りだった。
だからパティスリーの店長にも心を開けたし、同僚達ともそれなりに仲良くなれた。
本当に少しだけれど、お客様ともお話させてもらうこともあった。
一緒に美味しいお菓子を作れる仲間がいて。
私のお菓子を食べて、美味しいと言ってくれる人がいる。
みんな笑顔を向けてくれて、私はそれが嬉しかった。
そしてそれは、この世界でも同じ。
「正直、陛下は国の利益のためだけに私を雇いたいのだと思っていました。でもそれを悪いことだとは思いません。国の頂点に立つ方ですから、当然のことです」
綺麗事だけで国を支えることなどできないのだということは、引きこもりの私だって分かる。
「ですが、“人々の笑顔のために”と、そんな綺麗事も言ってくれたのが、とても嬉しかったです」
綺麗事だけでは駄目だが、綺麗事だって欲しい。
「国のために、人々のために、自分のために。まだまだ未熟なこの身ではありますが、王宮専属菓子職人という任、謹んでお受けいたします」
陛下から目を逸らさずそう言い切り、私はカーテシーをした。
そんな私を、陛下は満足そうに、お父様は心配半分嬉しさ半分という表情で見つめていた――――。
* * *
「良い娘だな」
「自慢の娘です」
ジゼルが退室した後の扉を見つめながら、国王であるヨハネスとアルベルトは微笑んで言葉を交わした。
「シュタイン伯爵家に引きこもっていたという話だが、本当か?十八歳とは思えない精神性を持っている」
「それについては同意しますね。幼い頃から大人びた子でしたから」
アルベルトは母を亡くしてすぐ、ジゼルが高熱で倒れた時のことを思い出した。
奇跡的に回復してから後、三歳とは思えない言動が見られるようになったのだ。
「言語や算術にも明るいのです。伯爵家の書類仕事のいくつかはあの子に任せておりましてね。なので菓子作りの仕事は程々にお願いしますよ」
「それは約束できんな」
きっぱりと言われ、アルベルトは肩を落とした。
十中八九、ジゼルが引っ張りだこになる予感しかしない。
(でも、あの子があの子らしくいられる場所なら、私はそれを見守っていこう)
頭に浮かんだ“見守る”という言葉に、アルベルトは退室前にジゼルに言われたことを思い出した。
『副団長さんも、側で見守り、力になってくれると。お父様にお伝えして、安心してもらってほしいと言っておられました』
なんでもないことのように言っていたが、父としては複雑だった。
つまり、“お嬢さんは僕が守りますのでご安心を!”ということだろう。
それを言って許されるのは、夫か、婚約者か、恋人くらいなものだろう。
「あのふたり、今は一体どういう関係なんだ……?」
あの様子では、両片想いという線が濃厚か。
娘の恋愛事情にうんうん悩み始めたアルベルトに、ヨハネスは苦笑を零す。
「バルヒェット家の“青獅子”のことか?ジゼル嬢とは随分親しいようじゃないか。それにしても、あのデビュタントからどうなってそうなったんだ?」
「まあ、私も含め、ちょっとした縁がありましてね。それとデビュタントのことは、残念ながらジゼルはさっぱり覚えていないのですよ。まあそれはうちの愚息達のせいでもあるのですが……」
ジークハルトとリーンハルトの顔を思い浮かべ、アルベルトは眉間に皺を寄せる。
妹馬鹿もそろそろ卒業させなければなと思って、額に手を当てた。
「教養高く精神的にも大人で魔法にも明るい。これからの活躍を見越しても、青獅子の女を見る目は素晴らしいな」
「……そうですね。まあでも彼は、あなたと違ってそんな打算的なことは考えていないと思いますけどね。ただ惹かれた。それだけでしょう」
(幼い頃の美しい思い出を大切に胸にしまっておいた彼のことだ。きっとジゼルのことも大切にしてくれる)
「だからといって、まだ認めたわけではありませんけどね」
「おお怖。それにしても、戦場で氷のような鋭い目をしていた“青獅子”がねぇ。人とは分からないものだ」
ひとつ息をついたヨハネスは、もう一度ジゼルの去って行った扉を見つめた。
「これからの活躍に期待するとしよう。友人の娘だからな、少し甘さが出てしまったと思ったのだが、そこが良かったと言われると悪い気はしないな」
「……ジゼルは優しいからね。運が良かったな」
微妙な気持ちになりながらも、アルベルトは娘のこれからを思って微笑むのであった。




