副団長の遠い記憶4
すみません、今回とても短いです……。
シュタイン伯爵と別れた俺は、すっきりとした気持ちで執務室に向かっていた。
伯爵との話をジゼル嬢にしたら、どう思うだろうか。
俺がなぜ彼女の菓子を特別に思っているのか、どれだけ救われて、励まされたのか、伝えたい。
そして、最初は感謝と庇護欲から始まった彼女への気持ちが、愛しいものに変わったことも。
「早く、会って伝えたい」
あの不思議な色合いの瞳に見つめられたい。
声が聞きたい。
恥ずかしそうに笑う顔を向けられたい。
さらさらと流れる髪に、ほんのりと色付いた頬に、触れたい。
その強さと優しさを、守りたい。
彼女にはずっと俺の隣で、穏やかに笑っていてほしい。
「……なぜ今までこれが恋だと認めなかったのか、自分でも不思議だ……」
エリザとゼンの俺を見る胡乱な目つきを思い出し、ため息が零れる。
昨夕、自分から想いを伝えようとしてくれたジゼル嬢の姿が頭に浮かぶ。
あまりに刺激的な光景に思わず発言を遮ってしまったが、女性が自分から想いを伝えようとするのは随分と勇気がいったはず。
鈍感な俺のせいで、悩んだこともあったかもしれない。
「今日いきなり訪問するわけにはいかないからな。明日会えないかと聞いてみて、それから……」
「副団長!大変です!!」
ぶつぶつ呟きながら歩いていると、遠くから焦ったようなエリザの声が響いた。
いつも飄々としている彼女にしては珍しいなと思いながら振り向くと、その表情もまた急ぎ焦るものだった。
「エリザ、どうした」
ただ事ではないなと、色惚けた気持ちを切り替える。
「副団長!ジ、ジゼル様が……」
息を切らすエリザの口から出てきた名前に、目を見開く。
「ジゼル嬢!?彼女に何かあったのか!?」
「お、落ち着いて下さい。実は……」
エリザ以上に焦った俺は、その説明を聞いて絶句してしまったのだった。
* * *
「まあ、そうなるよね」
その頃、自分の執務室へと戻ったシュタイン伯爵・アルベルトの元にもユリウスと同じ報告が入っていた。
机の上にもどっさりと、そのことについての要望書が届いている。
予期していたこととはいえ、予想以上の反応だなとアルベルトの口元からは笑みが零れる。
「さて、ジゼル。君の持つ知識と技能がこれだけ影響力のあるものだと分かったかな?もうシュタイン家に引きこもっていたあの頃には戻れないよ」
幼い頃から毎日家族や使用人達のためにと菓子を作ってくれていたジゼルの姿を思い浮かべ、アルベルトは眉を下げた。
「それがジゼルの選んだ道ならば、私はいつまでも応援しよう。……君も、見守っていてやってくれ」
そうして執務机の引き出しに入っていた一枚の写真を取り出し、そっと目を閉じて娘の幸せを願うのだった。




