副団長の遠い記憶1
そうしてその後、ゼンにはジゼル嬢の元へと瞬間移動してもらい、女性騎士全員分の菓子を注文してもらった。
ゼンの奴は、ちゃっかり自分とエリザの分を多めに入れていた。
最近気付いたのだが、少し前まではゼンもエリザとそれほど関わろうとしなかったのに、ここしばらくはよくふたりで無言の意思疎通をする仲になっている。
これもジゼル嬢と接するようになったからだと考えると、気付かないところでジゼル嬢の及ぼした影響は少なからずあるのだろうなと思う。
さて、菓子の販売についての不安はこれで随分と消えたが、重要なことが残っている。
そう、どうやってジゼル嬢に想いを伝えるか。
恐らくジゼル嬢も俺のことを想ってくれている。
だが、そのことに胡座をかいていつまでも先延ばしにするわけにはいかない。
……その時は間違いなくエリザから絶対零度の視線攻撃をくらうだろう。
しかし下手をすると、昨夕のようにジゼル嬢の双子の兄や父君から命を狙われることも有り得る。
どうするべきか。
王宮の廊下をひとり悩みながら歩く。
うんうんと小さく唸りながら、そういえばシュタイン伯爵にお会いしたのは久しぶりだなとふと思う。
彼が覚えていてくれているかは分からない。
会ったことがあるのは、幼い頃の、たった数回だけ。
けれど自分はしっかりと覚えている、大切な記憶。
その娘にも自分の存在を忘れられているようだし、父娘から忘れられている自分とは一体……と少しだけ悲しくなった、その時。
「バルヒェット副団長。ちょっと良いですか?」
たった今考えていたその人、シュタイン伯爵に声を掛けられ、俺は驚きのあまりに思考を停止させたのだった。
「忙しいのに申し訳ありませんね。昨日は愚息達のパーティーに参加頂き、ありがとうございました」
「い、いえ。私こそ、大変失礼を……」
話がしたいと呼び止められ、俺達は中庭のベンチへと腰掛けた。
ここは開放されている場所で、王宮に勤めている者ならば自由に入ることができる。
とはいえ、昼休憩でもない今の時間帯はほとんど人の気配がない。
こんな所で話がしたいと言われ、やはり伯爵は昨日のことを怒っていて、ここで俺を亡き者にしようとしているのではと一瞬疑った。
だが、伯爵の表情は穏やかだ。
物騒なことを考えているようには見えない。
ならば何だろうかと考えてはみたが、さっぱり分からない。
まあどんな話でも良い、この人の話ならばきちんと最後まで聞こう。
そう観念する。
それにしても偶然とはいえ、この場所でシュタイン伯爵と並んで座ることになるとは。
まるであの日のようだなと記憶がよみがえ……「君とここでこうして話をするのは、久しぶりだね」
ひとり頭の中であの時のことを思い出していると、突然伯爵がそう言った。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
それくらい、予想外のことだったのだ。
目を見開き、驚きのあまりに何も言えずにいると、伯爵は悪戯が成功した子どものような顔でくすくすと笑った。
「驚いたかい?悪いけれど、君のことはきちんと覚えているよ」
「な……!」
にっこりと良い笑顔を向けられ、あの幼い頃に出会った時と同じだと思い、気恥ずかしくなる。
「……いつ、気付いたのですか?」
「うん?最初から知っていたよ?」
赤くなったであろう顔を少し逸らして伯爵に尋ねると、けろりとした声でそう返ってきた。
最初から?
最初からっていつだ。
シュタイン伯爵家に乗り込んだ時?
ジゼル嬢が俺の話を伯爵にした時?
それとも……。
「君と、ここで初めて出会った時からだよ」
まさかの答えに、俺は再度目を見開き、固まる。
「懐かしいね、もう十二年も前になるのか。君が、そこの茂みで蹲っているのを見つけたのは」
伯爵の視線の先を追う。
すると、まだ幼かった頃の自分の、あの日の姿がそこに浮かび上がってきたように思えた。




