副団長の恋の悩み2
その時、執務室に扉をノックする音が響いた。
「入れ」
ジゼル嬢についての話は終わった、開けても問題ないだろうと入室の許可を出す。
「し、失礼します、副団長……おわっ!」
すると、はじめ遠慮がちに引かれた扉が騎士の声とともに思い切り開かれた。
「いた!副団長!!」
「聞きましたよ!」
「一体どういうことですか!?」
雪崩込むようにして中に入って来たのは、女性騎士の中でも特によくジゼル嬢の菓子を予約購入している者達だ。
ああ、昨日の話を聞いたのかと、そっとため息をつく。
中にはあの場にいた者もいるからな、仕方がない。
「ジゼル嬢のことなら――――」
彼女はああ言ったが、できるだけそっとしてやってほしい。
菓子を作り続けたいという彼女の意志を尊重し、受け入れてほしい。
そう伝えようとした俺に、女性騎士達は身を乗り出してきた。
「「「どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!?」」」
「……なんの話だ?」
予想の斜め上の発言に、俺は怪訝な顔をする。
「だって!あんな素敵なお菓子を作る人のこと、“塩系令嬢”だなんて誤解していたの、恥ずかしいじゃないですか!」
ひとりの女性騎士がそう答えたのに、他の者もうんうんと頷く。
「疲労回復効果も本当にありがたいですし。私、疲れ過ぎると良く眠れないんですけど、あのお菓子を食べるようになって快眠なんです」
分かる〜!と何人かが同意した。
「この前の、移動しながらでも食べやすい上に体力回復の効果もあるクッキーなんて、魔物討伐時に最適でしたよね。ささっと回復できるから、重宝しました」
確かにあの日はあのクッキーのおかげで討伐がかなり楽だった。
怪我人も少なかったし、いつもよりも早く帰れた。
普段ジゼル嬢の菓子をひと口もくれないこいつらも、あの日だけは男達にもクッキーを分けてくれて、単純な男共は大喜びしていたな。
「何よりどのお菓子もとっても美味しいです!きっと毎日心を込めて作ってくれているんでしょうね。色々なお菓子を買いましたが、そのひとつひとつに気遣いも感じられますし。そんなシュタイン伯爵令嬢のことを誤解していたなんて、胸が痛いです」
そう発言した女性騎士は、自分が情けないわと頬に手を当ててため息をついた。
騎士団とは縦社会、そして圧倒的に男が多い世界だ。
彼女達は実力主義でいて、なおかつこの環境で生き抜く力と気概のある、猛者揃い。
「私、昨夕初めてシュタイン伯爵令嬢にお会いしたのですが、とても美しい方でした。それでいて副団長を前にしてのあのような堂々とした振る舞い、惚れ惚れと致しましたわ」
そして自分達が認めた、特に女性に対してはものすごく肩入れする。
いつの間にか執務室に勢揃いしていた女性騎士達が、揃って良い笑顔をしている。
「副団長、気持ちは分かりますが、騎士達への心配は杞憂というものですよ?私達はとてもジゼル様のことを気に入っておりますから」
そう言うエリザもまた、ジゼルに惚れ込んでいたひとりであった。
「……これは私の読みが甘かったな」
まさか菓子だけでここまで騎士達の心を掴んでいたとは。
それも、“塩系令嬢”などという不名誉な通り名まで払拭してしまうなんて。
「私が思っていた以上に、ジゼル嬢は素晴らしい女性だったようだ」
そしてそんな彼女が皆に認められていくことが、自分のことのように嬉しい。
それに少なくとも騎士団の中では彼女は友好的に思われているようだと、ほっと胸を撫で下ろした。
ひとつ安心したところに、ところで……と女性騎士の中でもリーダ的存在の者が声を上げた。
「副団長。まさか私達がお菓子の作り手がシュタイン伯爵令嬢だと知って購入を止めたり、変な噂を流したりするような恥知らずだなんて思っておりませんよね?」
「まさか。“青獅子”と名高い副団長がそんなこと。ねえ副団長?」
まさかですよねえ?と女達の視線が刺さる。
……正直に言って、非常に怖い。
「連戦連勝とも言われている副団長も、形無しですね」
「ここの女達は怖いからな。さすがの主も今回ばかりは分が悪い」
エリザとゼンがぼそぼそと会話しているが、そんなことを話していないで俺に助け舟を出してほしい。
「あら、今日のお菓子は副団長のオゴリだそうですよ!」
「まあ、さすが副団長!素晴らしい上司を持って、私達も幸せです」
引き攣る笑顔のまま無言を貫く俺に、ある女性騎士が勝手にそんなことを言い出した。
だが仕方があるまい。
その程度でこの重圧から解放されるのであれば、勝手な発言だろうとなんだろうと、受け入れるしかない。
「……も、もちろんだ。ジゼル嬢にはこれからも是非よろしくと伝えておこう」
「「「さすが副団長。ありがとうございます!」」」
女性騎士達がにっこりと笑い、やっと俺に向けられていた圧が弱まった。
……ジゼル嬢、今日も私はあなたの菓子に助けられたよ。
俺は心の中でそんなことを思いながら、機嫌よく執務室から退出していく女性騎士達を見送ったのだった――――。




