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塩系令嬢と呼ばれた私4

「はっはっ!そんなことがあったんですか。ザックも大人げないですね」


「もう、頭が割れるかと思いました……」


収穫の後、私はその足で調理場へと向かった。


料理人達が伯爵家の昼食を用意する横で、私はみんなの休憩用のお菓子を作る。


今日はいつもより早い時間になったが、これが毎日の私の日課だ。


今日はお父様達に約束したスイートポテトを作っている。


料理長の隣でふかしたさつまいもを潰しながら、先程のザックさんとのことを話していた。


「さてジゼルお嬢様、味見をお願いできますかな?」


「……うん、すごく美味しい。さすが料理長ね、きっとみんな喜ぶわ」


この料理長とは三歳の時のあの一件からすっかり意気投合して、こうしていつも並んで料理やお菓子作りをしている。


ちなみに昼食は私と使用人達の分を用意してくれるのだが、お父様とお兄様達がいないので、私もみんなと同じメニューをお願いしている。


貴族用の豪華な料理も美味しいが、元ひとり暮らしの貧乏独女の身としては、素朴な味が恋しいのだ。


素朴、といっても味はものすごく美味しい。


確かに最初に前世の料理を教えたのは私だけれど、腕前は料理長達の方が遥かに勝っている。


まあお菓子作りだけは負けないけど。


勝手に張り合っているようだが、そこは元パティシエとしてのプライドがあるのだ。


しかし、実は手の込んだ菓子はこの世界でまだ作ったことはない。


簡単な焼き菓子やプリン、ゼリーなどにとどまっている。


本当は生クリームとたくさんのフルーツで飾り付けたケーキや、カスタードたっぷりのシュークリームも作りたい。


ほろ苦い生地に甘いチョコのとろけるフォンダンショコラや、ふわっふわのシフォンケーキだって。


でも、怖い。


「お嬢様のスイートポテト、久しぶりですなぁ。控えめな優しい甘さで、みなこの菓子が大好きなのです。それに腹持ちも良くて間食にはもってこいですしな!」


はははは!と料理長が嬉しそうに笑う。


「……良かった。ふふ、誰でも簡単に作れるようなお菓子ですけどね」


パティスリーに並ぶきらびやかなお菓子、それらを恋しく思うけれど。


ケーキといえばパンケーキにフルーツを添えるものが一般的なこの世界で、それらはあまりにも異質だから。


「私は、これで良い」


「うん?お嬢様、なにかおっしゃいましたか?」


「ううん。混ぜるのはこれで良し、そろそろ成形しようかなって」


それらを生み出してしまった時、今のこの生活がどうなってしまうのかを考えると、怖い。


幼い頃のある日、チョコチップ入りのスコーンを焼いてお父様に食べてもらった時。


『すごいな、ジゼル。こんなに美味しいものを作れるなんて話が広まったら、ひょっとして王宮に召されるかもしれないなぁ』


冗談混じりだったが、そうお父様に言われて、すごく怖くなった。


王宮に上がって、貴族達に囲まれて。


キラキラした世界、だけどそれだけじゃないはず。


そんな中で、ただお菓子を作ることが好きなだけでいられるだろうか。


おかしなことに巻き込まれたり、利用されたりすることもあるかもしれない。


それを天秤にかけた時、私は選んだんだ。


私はただ、平凡な幸せを望んでいるだけだから。


ちょっと工夫しただけの、誰でも作れるような素朴なお菓子だけでも、こうして喜んでくれる人がいる。


それだけで、私は十分幸せ。


前世で作っていたようなケーキ達は、私の頭の中にしまっておこう。


だけど忘れてしまうのは悲しいから、こっそりノートに描き記しておいて。


思い出の中で楽しむだけにしておくって、決めたんだ。


そう自分に言い聞かせて、今日も私は成形したスイートポテトをオーブンに入れた。






その日の夕方というには少し早い時間。


いつものように自室にて屋敷の書類仕事の手伝いを終え、そろそろ夕食の手伝いに厨房へと向かおうとした時。


「お嬢様、お客様がいらしております」


「お客様……?」


長年我が家で仕えてくれている執事のロイドが、戸惑いながらそう私に伝えに来てくれた。


私にお客様なんて、ここ数年いらしたことがないけれど?


頭の上に、?がたくさん浮かんでいる私を気遣いながらも、ロイドは続けた。


「その、お客様ですが……。どうやらリーンハルト様の上司にあたる、王宮騎士団の副団長殿のようでして……」


「ふく、だんちょう?」


なんだそれは。


誰だそれは。


「“青獅子”と名高い、バルヒェット侯爵家のご子息です。かなりの剣の達人で史上最年少で副団長の地位についた、しかも噂に違わぬ美青年で……」


一応バルヒェット侯爵家のことは知識として知っているが、青獅子だの史上最年少だの美青年だのというご子息のことは知らない。


とにかくすごい方なのだということは分かったが、なぜそんな方が私を?


お客様の正体を聞いても、さらに頭の中に?がぐるぐる回ってしまった。


「それと、その片手になぜかお嬢様の手製らしきマドレーヌが握られておりまして……」


ますます意味が分からない。


「ええと、お父様やお兄様方のお客様の間違いではないの?」


「いえ、はっきりとお嬢様にお会いしたいと申されました」


戸惑いながらも、ひょっとしたらという期待を込めて聞いてみたのだが、きっぱりとロイドに否定されてしまった。


だが、お客様の相手などしたことがない。


何をして良いのかさっぱりだ。


こういう時、自分は本当に貴族令嬢としてダメダメなのだなと感じる。


「と、とりあえず応接室にご案内を……」


「もうお通ししております」


「ええと、では、お茶を」


「それもすでにお出ししております」


じゃあ後は何をすれば良いんだ。


世間知らずな私に思い付くのはこれくらいだというのに、それらすべてがもう完了しているという。


「後は、お嬢様がお出迎えなさるだけですよ。ほら、身だしなみを整えて、参りますよ!」


パチンと指を鳴らすロイドの合図で侍女達が現れた。


「お嬢様、このドレスにお着替えを」


「その後御髪を整えますね!」


「あーん、時間がなくてお化粧できないのが残念ですわぁ!」


やる気満々の侍女達に、あとずさりをする。


「さあお嬢様、お客様がお待ちです」


本能で早くここから逃げ出さなければ……と思ったのだが、にこにこと微笑みを浮かべるロイドにうしろから肩をがっしりと掴まれてしまった。


もう逃げられない、そう悟った私は、死んだ魚のような目をして張り切る侍女達に身を委ねたのだった。

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