副団長の恋の悩み1
ユリウス視点のお話です。
「今から会議を始める」
シュタイン家で行われたパーティーの翌日、俺はゼンを呼び出し、エリザが出勤してくるとすぐにそう宣言した。
「何ですか朝っぱらから」
「ふむ。主よ、昨夕ジゼルと何かあったのか?」
何かあったのか?ではない。
色々、そう、予想以上に色々とあった。
「その前にゼン、エリザ。貴様ら、昨日の作戦のことをジゼル嬢に話していなかったな?」
「何のことだか、我には分からぬ」
「え?副団長からお伝えするのではなかったのですか?」
ずっとジゼル嬢に会えなかったのに、そんな訳あるか!と執務机を叩きたくなったが、なんとか我慢した。
すっとぼけるゼンとエリザをギッと睨むが、素知らぬ顔をされる。
「貴様らが黙っていたせいで、ジゼル嬢は泣いたのだぞ?申し訳ないと思わないのか?」
「それだけショックだったというわけですね」
「ほう、我の女姿はなかなかのものだったというわけだな」
エリザはともかく、ゼンの発言はなんなんだ。
「おまえの女姿などどうでも良いわ!それよりも、なぜお前達はあんなことを……」
「ジゼル様は、気付きましたよ。それに、自分の気持ちに正直になりました」
俺の言葉に被せて、エリザが冷静な声でそう言った。
「少し前のジゼル様なら、泣いて、その場から立ち去っていたかもしれません。でも昨日のジゼル様は、逃げずに副団長の前に立った。大勢の方の前で、自分が菓子を作ったのだと発言しました。……なぜだか分かりませんか?」
「……私に、近付きたかったからだと言っていた」
まあ、そんなお話ができたのですか!?とエリザが驚く。
ゼンも興味深そうに目を見開いている。
「それと、これを渡された。……私のために作ったのだと言って」
そこで俺はジゼルからもらった包みを机の上に置き、丁寧に開いてふたりに中身を見せる。
「これは……まあ、素敵なお菓子ですね」
「ほう。やはりジゼルは器用だな」
その中から現れたのは、花を模したアップルパイ。
りんごで花びらが作られており、中にはカスタードクリームが詰められている。
「それにしても、これはまた、何と言いますか……」
エリザが意味深なことを言う。
「……なんだ。言ってみろ」
そう促す俺に、エリザは、ではと言って一度咳払いをした。
「さすがジゼル様だなと思いまして。てっきり女性姿のゼン様と並ぶ副団長を見て気付いたのかと思っていたのですが。それよりも前に、副団長のように往生際悪くいつまででも事実から目を逸らさず、きちんと自分の気持ちに気付いていたのですね」
「どういう意味だ?」
ゼンにはよく分からなかったようだ。
だが、今のエリザの言葉から察するに、俺の考えは間違っていなかったのだろう。
「精霊であるゼン様には馴染みが無いかも知れませんが……。人間の世界には、“花言葉”というものがありまして、その花の特質に合わせて色々な意味を持たせているのです」
ジゼルが作ったこのアップルパイの花は、恐らく薔薇。
そしてりんごで作られたこの薔薇は、赤い色をしている。
赤い薔薇の花言葉は。
「“あなたを愛しています”。とても有名な花言葉ですね」
エリザの声が、とても柔らかいものになる。
俺も、まさかとは思った。
そんな訳はないだろうと。
だが、もしもそうならば。
「お菓子に想いを込めるところがジゼル様らしいと言いますか……。きっと、このお菓子を作りながら、副団長のことを考えていたのでしょうね」
昨夕のジゼル嬢の姿が思い浮かぶ。
毅然とした態度で人々の前に立つ姿。
恥ずかしそうに視線を逸らす姿。
明日からもよろしくと笑う姿。
『副団長さんのために、心を込めて作りました』
穏やかな顔で少し遠慮がちに手渡してきた、この菓子。
どんな気持ちで作ってくれたのだろう。
どんな顔で。
どんな想いを込めて。
「ふむ。主よ、ジゼルにここまでさせておいて、よもやこの期に及んで「そんな邪な気持ちなど〜」と言って目を逸らすようなことなどするまいな?」
「まあ。それはそれは、“青獅子”の名が泣きますね」
ゼンとエリザの突き刺さるような言葉に、ぐうの音も出ない。
「……そんなことは言わない」
そう答えるのが精一杯だ。
『私、あなたのことが――――』
あの時、ジゼル嬢は恐らく想いを伝えようとしてくれていた。
ついその言葉を遮ってしまったが……。
ジゼル嬢にあそこまでさせておいて、俺が自分の気持ちを誤魔化すような真似はできない。
本当に、少し前の自分を殴ってやりたいくらいだ。
「副団長、自分の隣に並び立つことができるようにと努力してくれる女性を、蔑ろにしてはいけませんよ」
「そうだな。ありのままの私を受け入れてほしいなどと言う女を、我は今までたくさん見てきた。大抵は、ろくでもない女だったがな」
ふたりからの叱咤激励に、俺はそうだなと苦笑いをしながら同意したのだった――――。




