あなたに近付きたくて3
なぜそんな顔をするのだろう。
ひょっとして……。
「結局みんなに知られることになってしまって、責任を感じでいらっしゃるのですか?それは私が自分で決めたことです。副団長さんが責任を感じる必要なんてありません」
「いえ……。いや、それもそうなのですが」
なんだろう、別に理由があるのだろうか?
副団長さんは、はあっと息をついてから、決心したように口を開く。
「……今から変な話をしますが、どうか嫌いにならないで下さい」
「?そんなことにはならないと思いますけれど……」
むしろ私はあなたのことが好きなのですが。
どんな話をされてもこの気持ちが変わることはないと思う。
いや、実はお兄様達に負けないくらいのマザコンなんですとか、そういう話ならちょっとびっくりするかもしれない。
前世でも結婚した後に旦那さんのマザコンが分かって幻滅した!なんて話をしているお客様がいたし……。
「ジゼル嬢?は、話しても大丈夫ですか?」
しまった、また無表情で考え込んでしまった。
不安な顔をする副団長さんにそんなことを考えていたとはさすがに言えず、ただ頷いて言葉を待った。
「その、ジゼル嬢は、新しい世界に足を踏み入れようと決意した、ということで合っていますか?」
「そう、ですね。そんな大層なものではありませんが……」
まあ私のような引きこもりにしては、なかなか勇気を出した行動だったかもしれない。
あんなに面倒事に巻き込まれたくはないと思っていたのに、恋とは偉大だ。
自分の変化を感慨深く思っていると、副団長さんは、また一度ため息をついてから顔を上げた。
「その変化を、寂しいと思ってしまったんです、私は」
「寂しい……?副団長さんが?」
どういうことだろう。
予想外の言葉に、私は呆気にとられた。
「最初は、私とあなただけの秘密の関係だった。私の馬鹿みたいなお願いを聞いて下さったあなたは、私の書いたカードと一輪の花を喜んでくれて。ゼンを通してだったけれど、私はとても心が満たされていた」
ほんの数ヶ月前から始まった、この関係。
最初は、本当に些細なやり取りだけだった。
「それが、ゼンだけでなくエリザとも親しくなって、騎士達の中にもあなたのお菓子が浸透して。その評判が王宮内にも広まって。なぜでしょうね、それを提案したのは私のはずなのに。今だって、もう隠さなくて良い、もう私に守ってもらわなくても大丈夫だと言われたようで、寂しいと思ってしまったんです」
意外すぎる言葉の数々に私が信じられないと目を見開いていると、副団長さんは頭を抱えてしまった。
「格好悪いですね、俺。あなたには、あなたの気持ちがあるのに」
あ、自分のこと、“俺”って言っている。
ひょっとして、こちらが素なのだろうか?
「応援しなくてはと、分かってはいるのですが。あなたのことになると、自制心がきかない。自分がこんなに醜い人間だったなんて、知らなかった」
なおも蹲る副団長さんに、どこか既視感を覚える。
気持ちを伝えるだけで良いと思っていたのに、副団長さんに恋人がいるかもしれないと考えたら、黒い気持ちになってしまった私。
祝福の言葉も、なんでもない顔をして挨拶をすることもできないと思った。
こんなに自分は酷い人間だったのかと思った私と、一緒。
『恋とは、弱くも強くもなれるものだ』
お父様の言葉が蘇る。
「……副団長さんは、醜くなんてありません」
そっと、囁くような声で語りかける。
「あなたはいつも、私に優しくしてくれました。そのどれもが私にはくすぐったくて、上手く反応できない時もよくありましたが……」
副団長さんが甘すぎて、戸惑ったこともあったっけ。
「副団長さんの言動で嫌な気持ちになったことなんて、私一度もありませんよ。不思議に思うことは時々ありましたが、まさかそんなことを思っていたなんて、知りませんでした」
そういえば、ゼンからお菓子をひったくろうとしたことや、執務室にお邪魔した時にエリザさんに挨拶していると副団長さんから歯ぎしりのような音が聞こえてきたことがあった。
あれって……ひょっとして。
「今も、その、勘違いだったら申し訳ないのですが、嫉妬してくれているみたいで、どちらかというと、嬉しかったと言いますか……」
その時、はっと副団長さんが顔を上げて私と目が合った。
まずい、自分で言っていて恥ずかしくなってきた。
照れ隠しに少しだけ視線を逸らしたものの、心なしか顔が熱い気もする。
「それに、副団長さんが醜いと言うなら、私だって。先程ゼンとは知らず、副団長さんが綺麗な女性と一緒にいるところを見て、すっごく嫌な気持ちになってしまったんです。……涙が流れるくらいに」
今までは、人に嫌われても、誤解されても、仕方がないって思って諦めていた。
上手く気持ちを伝えられない、無表情の私が悪いのだからと。
でも、副団長さんのことは、諦められなかった。
それはきっと、あなたに恋をしたから。
「……私が、なぜあんな大勢の前で、お菓子を作ったのは自分だと発言したか、お分かりですか?」
呆然としながら、副団長さんは首を振った。
「私、あなたに近付きたかったんです。嫌なことから逃げてばかりじゃなく、きちんと物事に向き合って、好きなことを生かして仕事に取り組んで、拙いながらも人との関わりを大事にしたいと。そうやって、あなたの隣に並び立てるような人間になりたかった。……もちろん、まだまだなのは分かっていますが」
大きなことを言ってしまったかなと、少しだけ俯く。
「ありがとうございます。私、副団長さんのおかげで、自分のことが少しだけ好きになれました。あなただったから、私は変われた。こんな私のことを見つけて下さって、とても感謝しています」
ああ、副団長さんに渡すはずのアップルパイ、部屋に置きっ放しだ。
渡して告白しようかと思っていたけれど……。
そういえば副団長さんからの反応が何もないなと思い、ちらりと少しだけ顔を上げた。
すると、なぜか副団長さんは真っ赤な顔をしていて、私は驚いてしまった。




