あなたに近付きたくて2
ざわっ!と先程以上のざわめきが起きる。
私が今日のお菓子を作ったということと、今王宮で話題のお菓子の作り手だったということの、ふたつの意味での驚きだろう。
そしてもうひとつ。
鮮やかな赤い髪の女性に視線を移す。
ああ、なんて綺麗な人なんだろう。
私とは違う、意志の強そうな瞳、堂々とした立ち振る舞い。
副団長さんとのあの距離の近さ、私は慌てふためいてしまうけれど、彼女はとても普通にしていた。
それくらいに、その距離が自然だということなのだろう。
そんな彼女も、ひょっとしたらあの噂のことで辛い思いをしたかもしれない。
噂の相手は私だけれども、仕事でのただのお菓子の配達の場面だったのだと、誤解は解けたはず。
副団長さんとどういう関係なのかはまだ分からないけれど、せめて挨拶くらいはしなくては。
そう心を強く持って、口を開こうとした、その時。
「なんだジゼル、秘密にするのはもう良いのか?ならば我はこれで用なしだな」
――――赤い髪の女性から、聞き慣れた口調の声が聞こえた。
「ゼ、ゼン様……。その姿でその話し方は少し違和感が」
そこへ騎士服姿のエリザさんも現れた。
「え……?エリザさん?いや、ちょっと待って下さい。……ゼン?」
「ああ、我だ」
混乱する私に、女性はあっけらかんとそう答えた。
待って。ゼン?
副団長さんと恋人?
その前に、女性??
頭の中がハテナで一杯な私に、申し訳なさそうな顔をして副団長さんが謝ってきた。
「すまない、何やら色々と手違いがあったみたいで……。どこから説明すれば良いのか……」
副団長さんのこんな顔を見るのは、初めてかもしれない。
わけが分からん、なぜこうなった?とぶつぶつ呟いている。
すると、今日も凛々しいお姿のエリザさんも申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ええと、とりあえず説明したいので、場所を変えたいのですが……」
「「ちょっと待て!」」
一旦落ち着きたかったのに、ややこしいことにお兄様達がそれを止めた。
「ジゼルを渡すわけが……「話は聞かせてもらったよ」
そんなリーンお兄様に被せて、なんと今度はお父様の登場だ。
「新たな菓子事業のことについて、どうやらバルヒェット副団長は娘に話があるようだね。ならば別室を用意しよう」
「父上!?」
この場を収めようとするお父様に、ジークお兄様が抗議の声を上げた。
が、結局視線で制され、お兄様はぐっと唇を噛んだ。
「君達もそろそろ妹離れしなさいね。ジゼルはジゼルの世界を作ろうとしているのだから」
「お父様……」
その鶴の一声に、さすがのお兄様達も諦めたようだった。
「……副団長、ジゼルを泣かせたらただじゃ置きませんからね」
「リーン、心配するな。その時は僕が氷漬けにしてやる」
双子の発言に、肝に銘じておくと副団長さんが答える。
ああ、でもそんなに安易に答えてはいけない気がするのだが。
私、玉砕した時に泣かずにいられるかしら……?
そんな私の焦った気持ちなど皆は知る由もなく、ともかく別室で話しておいでというお父様の促しで私達は会場を後にした。
「ふむ、やはりこの姿では落ち着かんな」
応接室に入り、副団長さん、エリザさん、ゼンと私の四人になったとたん、ゼンは姿をいつもの男性の姿に変えた。
ほ、本当にゼンだったんだ……。
話を聞くに、どうやらゼンは例の噂を払拭するために、あの女性姿になっていたらしい。
私が副団長さんの執務室を訪れなくなってから、三人はあの噂をどう収めようかと話し合ったのだという。
そこで思い付いたのが、使い魔であるゼン。
普段鳥の姿をしているゼンが実は女性の姿にもなることができ、あの日執務室の外で騎士が聞いたのは、そんなゼンの声だったということにしてはどうかという話になったのだとか。
「それで、今日のパーティーに女性姿で現れ、『実は使い魔のゼンです、まさか変な噂にされるとは思ってもみなかったのですが』と発言する予定だった、と」
「はい。任務の一環で女性姿になっていた、ということにするはずでした」
粗方の内容を理解した私に、エリザさんが頷いた。
確かにその説明ならば、大抵の人は納得するだろう。
「ありがとうございます、色々と考えて下さって。でも、私、きちんと本当のことを言えて良かったと思っています」
あんなに知られてしまうのが不安だったのに、なんだか今はすっきりとした気分だ。
「……本当に、これで良かったのですか?」
今まで静かに話を聞いていた副団長さんが、そこでようやく口を開いた。
その間ずっと、心配そうに私を見つめていた。
「はい。私も、いつまでも小さい子どものように、守ってもらっているだけではいけないと思いますし。ご心配、ご迷惑をおかけしました」
ぺこりと頭を下げると、副団長さんが焦ったように席を立った。
「謝らないで下さい!元はと言えば、あなたの作った菓子が食べたいという私の我儘から始まったことです」
「でも、そのおかげで、今の私があるんです」
最初にお会いしたのも、この部屋だった。
こうやって向かい合って、『お願いです、私のために菓子を作ってくれませんか!?』と言われた、あの日。
ほんの数ヶ月前のことなのに、もう随分と月日が経った気がする。
「……積もる話があるようだからな。我らは先に失礼しよう」
「そうですね。後はおふたりで話すと良いと思います」
そう言うとゼンとエリザさんは立ち上がった。
一緒に聞いていて下さっても良かったのだが、私が止めてもふたりは目配せをしながら首を振った。
ごゆっくり、と微笑みを残して扉が閉められた。
ふたりきりになり、なんとなく微妙な空気が流れる中、私はぽつりと呟いた。
「……あの場で私があんなことを言ってしまって、ご迷惑でしたか?」
「!そんなことありません!ただ、あなたが思う以上に、あなたの作る菓子には価値がある!十分に対策ができていない中で、あなたの望んでいた平穏を守れるだろうかと、不安なだけで」
なんと副団長さんは、私があのお菓子の作り手だということがバレてしまって、どう私の平穏を守ろうかと考えて下さっていたらしい。
もうそんなことは諦めかけていたのだが、本当に優しい人だ。
「きっと誰もがあなたに注目するでしょう。あなたの意志にそぐわないことにならないよう、私も尽力はしますが……」
「ありがとうございます。でも、もう良いんです」
未だ不安そうな表情の副団長さんに私がそう言うと、何故か副団長さんは悲しそうな顔をした。




