あなたに近付きたくて1
焦ったようではあるけれど、久しぶりに聞く耳に心地の良い声に顔を上げると、思った通りの人が駆け寄って来てくれたところだった。
会いたかった。
けれど、今は会いたくなかった。
そんな矛盾した気持ちで副団長さんを見つめていると、突然その視界が遮られた。
「本日は私達のために、ご参加ありがとうございます」
ジークお兄様が、私と副団長さんとの間に割って入ったのだ。
「……本日は、誠におめでとうございます」
少しだけ不機嫌そうな色こそあるものの、副団長さんがお兄様にそう挨拶したのが聞こえた。
「副団長。申し訳ありませんが、妹の体調が優れないみたいで。少し失礼しますね」
丁寧な言葉遣いをするリーンお兄様もまた、そう言って私の前に立った。
ひょっとしたら、私の異変に気付いて他の人に見られないよう庇ってくれているのかもしれない。
「ジークお兄様、リーンお兄様、あの……」
「「ジゼルは黙ってて」」
私は大丈夫ですからと言う前に、そう遮られてしまった。
「……妹君と、少し話すことは可能でしょうか」
「うーん、ジゼルを休める場所に連れて行きたいので無理ですね」
「それに、あの噂のこともありますからね。不必要な接触は止めて頂きたいですね」
ジークお兄様とリーンお兄様は副団長さんの言葉をバッサリ切り捨ててしまう。
確かに周りの方からしたら、なぜ引きこもりの私と副団長さんが?と不思議に思うだろう。
どうしたら良いのかとおろおろしていると、少し離れたところから、低めのセクシーな声が響いた。
「本日は誠におめでとうございます。ユリウス、確かに非常に目立ってしまいますので、今はとりあえずここから離れましょう」
先程副団長さんの隣にいた女性が、お祝いの言葉の後、周囲を警戒しながら副団長さんに呼びかけた。
ユリウス、って、名前で呼んでいるんだ。
その近い距離のふたりの姿がお兄様達のうしろから見えて、また胸が痛んだ。
けれどその時、副団長さんと目が合った。
ここで引き下がった方が良いのかと戸惑っているのが良く分かる。
このまま、何も話せないままでいて良いの?
迷惑をかけたのに、勝手にひとりで嫉妬して、避けて。
また、元のように屋敷に閉じ籠もるの?
副団長さんと見つめ合いながら、そんなことを考える。
確かに私は最初、前世でのお菓子作りの腕や知識を隠したいと思っていた。
シュタイン家があまりに居心地が良くて、外の世界が怖かったから。
平凡な生活を変えるのが怖かったのだ。
でも、副団長さんに出会って、外の世界は怖いだけじゃないということを知った。
ゼンやエリザさんは優しくて。
実際にお会いしたことはないが、お菓子を買って下さる騎士さん達がすごく喜んでくれて。
私のお菓子を、一緒にお茶する時間を、楽しみにしてくれている人がいる。
そんな世界に近付きたいと願うようになったのは、私。
それならば、私自身が変わらなければいけないのではないだろうか?
そう思ったら、自分のやりたいこと、やらなくてはいけないことが心の中にストンと落ちてきた。
「いいえ。今、大丈夫です。バルヒェット騎士団副団長様、本日は兄達のためにお越し頂きまして、ありがとうございます」
心を決めた私は、お兄様達より前に出て、副団長さんに挨拶をした。
隣の女性は、恋人かもしれない。
けれど、何も話を聞かない内に勝手に判断してはいけない気がした。
それに、お菓子作りの仕事のことは、私の恋のこととは別問題だ。
副団長さんは、私の気持ちを優先させながら、無理なく少しずつ私の世界を広げてくれた。
我慢することなくお菓子を作りたいという私の願いを、叶えてくれた。
副団長さんに私の気持ちを受け入れてもらえなくても、仕事のパートナーとしての信頼は壊したくない。
だから。
「本日は兄達のために私が特別に考えて作ったお菓子を用意したんです。我が家の料理人達の料理と一緒に、ぜひ楽しんでいって下さいね」
胸を張って、できるだけ周囲の方々に聞こえるような声で、そう告げる。
自分がこれらのお菓子を作ったのだと公言した私に、副団長さんが目を見開いた。
背後でお兄様達が息を呑んだ気配もする。
「それと、先日は大変ご迷惑をおかけしました。まさか、お菓子の配達に訪れた時のことで、あのように噂されてしまうとは露ほども思わず」
そして、あの日のあの噂の相手は自分だと告げた。
ざわりと、周囲が騒がしくなる。
そして「ジゼル!?」とお兄様達からも焦った声が上がった。
臆病な私のために隠してしまったから、難しいことになってしまったのだ。
私がきちんとあの日の真実を告げれば、それで済む話だったのに。
「馴染みのない、見慣れないお菓子を皆様に受け入れて頂けるか不安だった私に、騎士団で試験的に販売してみてはとの提案をせっかく頂いたのに。ご迷惑をおかけすることになってしまい、申し訳ありません。このように、本日無事に皆様にお披露目することができましたので、もう大丈夫です」
作った話ではあるが、嘘ばかりではない。
きっと招待客達は、今回のパーティーでサプライズするために、お披露目するまでは私がお菓子を作っていたということを隠す必要があったのだと。
だから副団長さんが噂について何も語らなかったのだと理解しただろう。
「ありがとうございました。そしてこれからも是非、騎士団の皆様には私のお菓子を楽しんで頂きたいと思います」
もう逃げることも隠れることもしない、お菓子の作り手として、これからも騎士団での販売をお願いしたい。
そう副団長さんに告げる。
目を見開いたままの副団長さんに、今まで守っていて下さってありがとうございますと、これからもよろしくお願いしますの気持ちを込めて。
私は、微笑んでみせたのだ。




