ライバル誕生?5
「ふぅん。あの男、恋人がいたんだね」
ジークお兄様の声に我に返る。
恋人……?
副団長さんに?
「副団長はああいうのが好みだったのか。ひょっとして、あの噂の女とやらがあれか?」
リーンお兄様の言葉に、はっとひとつの可能性に気付いた。
あの噂、私のことだと思っていたけれど、もしかして本当はあの女性のことだった……?
恐ろしい勘違いをしていた可能性に気付き、さっと血の気が引いていく。
いや、でもゼンの口ぶりでは私のことで合っていたようだった。
それじゃあその後、私と会わなくなってからできた恋人?
それはそれで、なんだかモヤモヤする。
何とも言えない不快感と激しく鳴り響く動悸に、足がガタガタと震えてしまう。
「ジゼル?どうしーーーー」
異変にすぐに気付いたジークお兄様が私の顔を覗き込んできて、はっと目を見開いた。
「ジ、ジゼル!なぜ泣いているんだ?」
ぎょっとしたリーンお兄様にそう言われ、私は頬にそっと触れた。
その指先に雫がこぼれ落ち、じわりと濡らした。
私は、はらはらと涙を流していたのだ。
「……なぜ?私にも、分かりません……」
あの時、お菓子を喜んでもらえて嬉しくて泣いた時は、自分の気持ちが分かったのに。
今は、ちっとも分からない。
副団長さんに恋人がいたのを知ったから?
いや、気持ちを伝えるだけで良いって思ったはずじゃないか。
想いを返してもらおうだなんて、思っていない。
ありがとう、ごめんねと言われて、それで終わりだと思っていた。
でも、違う。
私じゃない誰かと、あんな風に寄り添っている姿を見ることになるんだ。
ひょっとしたらその人と結婚して、新しい家族ができて。
私は、それを心から祝福できる?
ズキッと胸が痛む。
私、こんなに酷い人間だったんだ。
ごめんなさい、今までと同じ気持ちでは副団長さんに会えない。
出席して下さってありがとうございますも、お連れの方と楽しんで下さいねも、言えない。
気持ちを伝えられたらそれで良いなんて、嘘。
私はーーーー。
「ジゼル嬢!?ど、どうされました!?」
目の前の光景から目を逸らしたくて俯いた私にかけられたのは、焦ったような副団長さんの声だった。
* * *
一時間前ーーーー。
「……おい、なんだその格好は」
「どう?美しいでしょう?」
げんなりとした表情のユリウスを尻目に、赤毛の女は豊満な肢体をくねらせてポーズをとった。
確かに身体のラインがくっきりと浮かび上がるデザインのドレスは、彼女にとても良く似合っていた。
そして施された化粧も艶やかで、真っ赤な口紅が印象的だ。
女が綺麗に巻かれた鮮やかな赤髪をかき上げると、とてつもない色香が醸し出される。
お色気系美女、その妖艶な姿に目を奪われる男は多いことだろう。
「俺の好みではない」
だがユリウスはそうきっぱりと答えた。
そんなユリウスに、女は少しムッとしながらその麗しい唇を開いた。
「知ってる。あなたが好きなのは、繊細な顔立ちの、華奢で初心な、感情を表に出すのがちょっぴり苦手だけど優しくて思わず撫でたくなっちゃうようなかわいい子だものね?」
「……やけに具体的だが、誰のことを言っているんだ?」
訝しげなユリウスに、女は深いため息をついた。
「もう良いわ。とにかくあなたが私に任せるって言ったんだから、文句言わないでよね。さ、そろそろ行きましょ。遅刻しちゃうわ」
確かにパーティー開始まであまり時間がない。
「くっ……こんな女が趣味だと誤解されるのは不本意だが、仕方がない」
「悪かったわね。これでもかなりめかし込んで来たつもりなんだけれど?」
本気で嫌そうな顔をするユリウスに、女はぴくぴくとこめかみを痙攣させた。
そんなこんなで馬車に乗り、シュタイン伯爵邸には着いたが、ユリウスがうだうだしていたせいでやはり遅刻してしまった。
しかし腐っても騎士団の副団長、多少遅れても周りは仕事の都合だろうと解釈してくれるだろうから、それほど問題ではない。
「い、いいい行くぞ」
「何でそんなに緊張してるのよ。……ああ、久しぶりにあの子に会えるから?」
カチコチと変な動きをするユリウスに、女はくすっと笑った。
周りからしたら、女が恋人に艷やかな笑顔を向けたように見えただろう。
しかしユリウスには、それが自分をからかう類のものだとしっかり理解していた。
「やかましい!行くぞ」
「はいはい」
そう茶化してユリウスの緊張を解した女は、その逞しい腕に自分のそれを添えて隣に立った。
そんなふたりの姿は、どこからどう見ても恋人同士。
実際、周囲の者からも素敵なふたりねとのヒソヒソ声が上がっている。
「……私が依頼したこととはいえ、非常に微妙な気分だ」
「奇遇ね、私も同じことを思っていたわ。けれどそういう作戦なのだから我慢しなさいよ」
澄ました笑顔のまま、ユリウスと女は小声で言い合いながら歩いていく。
そうして会場の前まで来ると、使用人達が扉を開いた。
さあ、勝負だ。
開かれた扉の向こうは、とても華やかなパーティー会場。
誕生パーティーの名に相応しいもので、あちらこちらで料理やお菓子を楽しむ客の姿があった。
「きっと菓子はジゼル嬢の考えたものだな」
「ふぅん、パーティーで飲食がこんなに盛んに行われているのは珍しいんじゃない?」
料理や菓子を褒め称える客達を、まるで自分が褒められたように嬉しそうな表情で見つめるユリウスに、女はそっとため息をついた。
そんなユリウスの隣で女が辺りを見回すと、とても目立つ三人組が目に入った。
ほとんど同じ整った顔の双子に挟まれているのは、絶世の美少女。
「あれが、塩系令嬢……。初めて見たわ」
そんな声がちらほらと聞こえる。
そう噂される美しい少女の顔は、仮面を被っているかのように無表情だ。
だが、ほんの僅かにではあるが、“無”表情ではない。
「見つけたわよ。ほら、あそこ」
女はこっそりとユリウスに耳打ちし、ジゼルと双子のいる場所を指差す。
ぱあっと喜色を浮かべたユリウスだったが、一拍後、戸惑うような表情になった。
「ジゼル嬢……?」
ユリウスも気付いたのだろう、ジゼルの変化に。
そしてその美しい目元から透明の雫が零れ、さらに足元がふらついているのに気付くと、ユリウスは反射的にその場から駆けた。
「あーあ。仕方ないわね」
置き去りにされた女の呟きなど耳には入ることなく。
「ジゼル嬢!?ど、どうされました!?」
ユリウスはただひとりしか目に入らないとでもいうかのように、真っ直ぐにジゼルの元へと駆け寄ったのだった。
* * *




