ライバル誕生?4
それにしてもあの口ぶり、侍女達には私の恋心を知られている気がする。
さすがに相手までは分からないだろうが、女性とはこういうことに敏感な生き物だものね。
そこで、副団長さんに渡そうと午前中のうちに作り終えラッピングしておいたものを思い浮かべた。
「渡す時間があると良いのだけれど」
それと一緒に、私の気持ちを伝えられたらなと思っている。
応えてもらおうなんて思ってはいない。
ただ、伝えるだけで十分。
そう考えながら廊下を進んで行く。
「いつもと一緒。お菓子に思いを込めて、伝えるだけ」
だから、この恋心をもう少しだけ持ち続けることを許してほしい。
「ほほう、今回はかなり変わった形式のパーティーですな」
「いやだが確かに、料理も菓子も目新しく、興味を引くものばかりだ」
そうして始まった、お兄様達の誕生パーティー。
これでもかと着飾られたお兄様達が登場した際に、黄色い声が飛び交ったのは言うまでもない。
普段あんな感じで女になど興味はない!という素振りのふたりだが、顔はとても良い。
私に負けないくらい愛想のない挨拶の言葉ですら、女性の失神者が出たほどだ。
性格はともかく、見た目だけなら王子様のようなのだから。
そんな本日の主役達の挨拶の後、お父様から『今宵はシュタイン家自慢の料理と菓子を堪能してもらいたい』との言葉があったように、今日のパーティには他家で開催されるものとは少し会場の設備に違いがある。
「なるほど、テーブルの数が多いなと思っていたら、料理を乗せた皿を置けるようにしているのか」
「うむ、会話をしながら飲食も楽しめる工夫がされていますな」
この世界のパーティーでは、立食スタイルが一般的だ。
なので飲み物の入ったグラスと料理の乗った皿の両方を持つことはできない。
そのため、他の招待客と会話する際は、普通持っていてもグラスのみになる。
つまり、自然と料理にはあまり手をつけないことになる。
主催者はある程度の量の料理やお菓子を用意はするが、見映えを良くするために、本当にある程度だけだ。
そうそう力を入れる家はない。
けれど、今年のシュタイン家のパーティーは違う。
「う、美味い!なんだこれは!?」
「食べたことのない味だ……」
「まあ、このチョコレート、中に何か入っているわね。なんてとろけるような甘さなの!」
料理長達も、私も、手を抜くことなく一流の味を目指して作ったものばかりが並んでいる。
「「「こんなの、食べたことがない!!」」」
そう、あちらこちらで声が上がるのを、誇らしい気持ちで見つめる。
料理長を呼んでほしいだの、この菓子はどうやって作られているのかだの、招待客達はすっかり料理とお菓子に夢中だ。
その表情は、驚きと感動に溢れていて。
作り手として、最高に嬉しい瞬間だと思う。
カーテンの陰でひとり感動に打ちひしがれていると、トントンと肩を叩かれた。
「ジゼル、いつまでそんなところにいるんだ?」
「こんな美しい君を他の男共の前に晒すのは不本意だけど、僕達と踊ってはほしいからね。出ておいで」
リーンお兄様とジークお兄様だ。
「すみません。つい、癖で」
すっかり傍観者になってしまっていたことを謝り、お兄様達それぞれから差し出された手の上に私のそれを重ね、カーテンの陰から出て行く。
何も考えずに手を乗せてしまったが、ふたりにエスコートされるような形になってしまった。
あ、まずいと思った時にはすでに遅かった。
「誰、あの女!?」と年頃のご令嬢達から悲鳴が上がったのだ。
ああ……皆様ご存知でない方が多いでしょうが、私はただの妹です。
気にしないで下さい。
……と言うこともできず、顔を強張らせて歩くのみだ。
この状況、どうすれば……と思っていると、隣でリーンお兄様が囁いた。
「そんなに緊張しなくても、デビュタントの時を思い出して、あの時と同じように振る舞えば良いんだぞ?」
今とは状況が違うもの!
心の中で反論していると、逆隣でジークお兄様がくすくすと笑った。
「ああ。デビュタントの一回限りとはいえ、どうしても自分には無理だというジゼルのために、リーンが脚本を書いたのだったね。氷の令嬢キャラで乗り切れ!って。ジゼル、なりきっていたじゃないか」
そう、私はリーンお兄様が書いてくれたクールな令嬢キャラになったつもりであのデビュタントを乗り切っていたのだ。
……よく考えたら、塩系令嬢と噂されたのは、リーンお兄様のせいもあるのではないかしら?
あの時のことを思い出して、うんざりとした気持ちになる。
あの日私はちょっと澄ました感じのキャラを作って、とりあえず国王様への挨拶を済ませ、お役御免、面倒だから適当にお兄様達と踊ってから帰ろうと思っていた。
そんな時、あの男性が私に声をかけてきた。
言い方は悪いが、遊んでいそうな、明らかにモテ男な感じの、私の苦手なタイプ。
誘われたらこう断われ!と事前にリーンお兄様に言われていた通りに、『好みではありませんの』と口にして。
男性が唖然とするのを躱し、お兄様達の方へと歩き出して。
そして、その後ーーーー。
「あ、れ?」
何か、忘れている気がする。
どうしてもそれが気になって、記憶を思い起こそうと眉を顰めていた、その時。
会場の扉が開かれ、ざわりと招待客から声が上がった。
何事だろうと、半ば反射的に振り向いた、その先にいたのは。
「バルヒェット騎士団副団長様だわ!今日も素敵……って!あれ、誰!?」
「な、なんなのあの女性!?ユリウス様とどういう関係!?」
今日二度目となる、女性達の悲鳴がそこかしこから上がった。
そう、たった今入場して来た、そのふたりはーーーー。
「副団長さん、と……誰?」
久しぶりに見ることができた、優しい笑顔の副団長さん。
そしてその隣には、ほっそりとした腕を副団長さんのそれに絡める、とてつもない色香を醸し出した赤髪の美女が立っていた。




