ライバル誕生?1
「――――というのはいかがでしょう?」
「よし、それでいこう。それでゼン、ジゼルにはちゃんと作戦の内容を伝えておけよ?」
「分かっている。このままでは主がなさけ……いや、不憫だからな」
「情けないと言いかけただろうおまえ!?そして不憫不憫と連呼するな!」
喧嘩を始めた主従を宥め、エリザはゼンに向かって意味ありげな視線を送った。
そして頷き合い、どうしようもないユリウスのためにひと肌脱ぐことにしたのだった。
* * *
自分の気持ちを自覚してから三日後、私は厨房でお菓子を作っていた。
お兄様達の誕生パーティー用のお菓子の試作品だ。
「フルーツタルトにロールケーキ、それとボンボンショコラとシュークリーム。全部ひと口サイズにして、色々と食べられるようにしようと思うんです」
「なるほど、良い考えですな!それにしても珍しい菓子の数々……!お嬢様が新しい菓子を作っていることには気付いていましたが、どれもこれも素晴らしい!!」
当日は料理長達の力も借りなくてはいけないため、作っているところを見てもらいながら説明していった。
料理長はじめ、他の料理人達も目を輝かせている。
「あの、それでこのお菓子のことなんですけど……」
そう言いかけると、料理長がすっと手を上げてにっこりと笑った。
「シュタイン家以外には持ち出しません。分かっておりますよ、お嬢様」
そして他の皆もうんうんと頷いてくれた。
「これがお嬢様の考えた菓子だと知られたら、今の平穏な生活が奪われる。外部発注した特別な菓子ということにすると、御主人様からお嬢様についての箝口令が敷かれております」
そうか、お父様が……。
懸念していたことだったので、分かりやすくほっとしてしまった。
「大丈夫ですよ。私達はお嬢様が穏やかに暮らせるように、その邪魔など致しませんから」
優しい料理長の言葉が嬉しい。
――――けれど。
本当に、それで良いのかしら?
「……ありがとうございます」
そんな胸のざわめきを隠しつつ、料理長達にお礼を言う。
今までだったら、何とかして隠さないとと思っていたはずなのに。
「恋って、厄介なものなのね」
「はい?何かおっしゃいましたか?」
「いいえ。何でもないんです」
良かった、ぽろりと零れた呟きをきちんと聞かれてはいなかったようだ。
試作品作りはここまでにして、そろそろ夕食の準備に取りかかる時間になった。
手伝わないのならばこれ以上私がここにいても邪魔になるので、さっと片付けをして厨房をあとにした。
今日もゼン、お菓子を取りに来るだけですぐ帰っちゃったな。
廊下を歩きながら、ふと窓の外を見る。
三日前、お父様やお兄様達と話した後、鳥姿のゼンが現れた。
あの噂のことで色々と大変なのだろう、しばらく来ない方が良いと言われた。
噂の女性とは恐らく私のことだと思うが、噂のような事実は全くない。
けれど私が出て行って否定したところで、誰だだの副団長さんとどんな関係だだの、面倒になるだけだろう。
つまり、私ができることは何もない。
来ない方が良いという言葉に、私は頷くしかなかった。
そこで以前のように、ゼンにお菓子だけ運んでもらっている。
それにしても気持ちを自覚した途端、会うことが難しくなるなんて。
でもよく考えたら、どんな顔をしてお会いしたら良いのか分からないし、会えない状況で良かったのかも……。
いやでも、会いたいと思う気持ちだって大きい。
「ままならないものね」
ふうっとため息を零すと、お父様の言葉が思い出された。
『恋焦がれているだけではいけないと思ってね、二年後に立派な男になって彼女を驚かせてやる!と必死に勉強したよ』
「恋焦がれているだけではいけない、か。そうね、私は私が今できることをしっかりやらなきゃ」
ただ引きこもって、好きなことだけをやっていれば良いだけじゃない。
今の私は、責任ある仕事を任せてもらえているのだから。
会えないのは寂しいけれど、下を向いているだけじゃいけないよね。
少し前は、御礼状を遠慮しようかどうかでうだうだと悩んでいたけれど。
今なら。
「毎日のお菓子はしっかり作る。お兄様達のパーティー用のお菓子のこともちゃんと考える。任せてもらえている書類仕事もきちんと目を通して丁寧に行う。うん、やらなきゃいけないことは分かってる。あとは……」
御礼状のことを思い出して、そうだ!と自室の扉を開ける。
机の引き出しからシンプルなカードとペンを取り出し、椅子に掛ける。
会えないのなら、せめて。
「ひと言で良い。私からも送ろう」
明日のお菓子に添えて。
いつかまた、副団長さんに会える日を願って。




