塩系令嬢と呼ばれた私3
「はっ!あの夜会の後すぐ、ジゼルの美貌に惚れた大勢の輩が縁談を申し込んできたくせに、手の平を返すようなことを……。父上、やはりこのまま黙っているのは如何かと」
美貌、ねえ……。
たしかに両親も兄ふたりもとても整った容姿をしている(いた)し、私自身も客観的に見ればそれなりに綺麗な顔をしていると思う。
でも表情筋が死んでいることを差し引いてしまえば、私のことを好ましく思う人は少ないのではないだろうか。
実際、その縁談を申し込んできた中の何人かとは断り切れずお会いしたのだが、会話の続かない私の対応が塩すぎてすぐに諦めていった。
顔よりも愛嬌だと実感したのだろう。
私もそう思う。
「しかし、今のようなかわいらしい顔をどこの馬の骨とも分からん野郎共に見せるつもりもない。ジゼルの良さは僕達だけが知っていれば良いのではないか?」
「ジークの言うことにも一理あるな。しかしジゼルが虐げられるのも腹が立つ。ジゼルが評価されつつ虫共にたかられない方法はないのか?」
お兄様達がちょっとアレな発言をする。
シスコンも行き過ぎると気持ち悪がられますよ?
もくもくと朝食を頬張りながら、白熱した議論を繰り広げるお兄様達を眺める。
その熱意をもっと仕事に向ければ良いのに……。
いや、家でやりたいことしかしていない私が言って良い台詞ではないわね。
まあいつものことだし、黙っていよう。
ひとりでそんなことを考えながら最後のひと口をごくりと飲み込む。
「ごちそうさま。お父様、気を付けて行ってらして下さいね」
「ああジゼル、ありがとう。マドレーヌも楽しみにしているよ」
同じく朝食を終えて王宮へと出仕するお父様に、料理長と合作のお弁当を渡して挨拶のキスをする。
お兄様達と違って常識的な範囲内で私をかわいがってくれているお父様には、表情も緩みやすい。
「「父上にだけずるいぞジゼル!!」」
そこへ朝食をかき込んだお兄様達が叫ぶ。
……リーンお兄様、頬にソースがついてますよ?
仕方ないなと息をつき、リーンお兄様の頬を拭ってからふたりにもお弁当を渡す。
「お兄様達も、お仕事頑張って下さいね」
「「いってらっしゃいのキスは!?」」
……本当にこの双子は変に仲が良い。
三人を見送った後、私はいつものように庭園へと向かった。
「おはようございます。今日も良い天気ですね」
「おっ、ジゼルお嬢様。ああ、野菜達もすくすく育っていますよ」
気さくで愛想の良い、庭師のザックさんを見つけて挨拶をする。
ザックさんは同じくシュタイン家の侍女として働いている奥様と娘さんの三人家族だ。
夫婦共に我が家に雇われているということで、特別に家族で住み込みで働いている。
「今日はトマトが食べ頃だな。料理長に渡したら大喜びしそうだ。ほらこのツヤ!みずみずしくて美味そうでしょう?」
本当は庭園の花々の世話をするのが仕事なのだが、料理やお菓子作りに使う野菜を作りたいという私の我儘をお父様が叶えてくれ、菜園を作ったことで、野菜達の世話も手伝ってくれている。
「先週与えた肥料が良かったみたいだな。一時は枯れちまうんじゃないかと心配したが、立派に育ってくれたな!」
ザックさんがツヤツヤのトマトを撫でながら笑う。
本来の仕事とは少し違うが、見ての通りすっかり野菜作りにハマっている。
だが確かにとても綺麗で甘そうなトマトだ。
「一緒に収穫して下さいますか?夕食、期待していて下さいね」
「よっしゃあ!レイナにも伝えときます。ジゼルお嬢様がこの屋敷の料理レベルをめちゃくちゃ上げてくれたから、うちのレイナは野菜嫌いとは無縁ですからね!」
レイナとは、彼の七歳になる娘さんだ。
料理長の作るご飯も私の作るお菓子もいつも美味しいと食べてくれる、とても良い子だ。
そんな子の父親である三十代も半ばのザックさんだが、ははは!と豪快に笑うと、えくぼができて幼く見える。
彼みたいに表情が豊かだったら、私も人生変わっていたかしら?
じっとその笑顔を見つめていると、私の視線に気付いたザックさんがどうしました?と顔を覗き込んできた。
むに。
そしてなんと、私の頬をつねった。
「まーたなんかくだらねぇこと考えてますね。まったくお嬢様は多才なくせに自己評価が低いというかなんというか……」
はあっとため息をついて、ザックさんは反対側の頬もつねった。
「ひはいでふ(痛いです)」
「また変な噂でも聞いたんですか?最初は無表情だと思ってたが、長年一緒にいるとお嬢様がなに考えてんのか、大体分かるようになったんですよねぇ」
そしてぐにぐにと頬を揉みしだかれる。
「ほぅ!やへへふははい!(もう!止めて下さい!)」
「悪い悪い。ははっ、そんだけ大きい声が出せれば大丈夫ですね。料理長の美味いメシ食って元気出して下さいよ」
ぱっと離した手をそのまま私の頭に乗せ、ぽんぽんと優しく撫でてくれた。
仕える屋敷の令嬢を相手にしているとは思えない言動だが、私は彼のそんな態度が嫌いではない。
私を気遣ってくれる心が伝わってきて、じんわりと胸が温かくなる。
「なんだ、俺に惚れるなよ?」
「あ、それは大丈夫です。お父さんみたいだなぁって思っているだけですから」
からかうような言葉にそう返せば、ザックさんはぴしっと一瞬固まった。
?どうしたのだろう?
不思議に思いながら首を傾げていると、今度はぶるぶると震えだした。
……寒いのかしら?
「んなわけあるか!ってか、百歩譲ってそこは“お兄ちゃんみたい”だろ!俺はこんな馬鹿デカい娘がいるような年じゃねー!」
そう言ってザックさんは私の頭をぐりぐりと押し潰してきた。
「痛っ!ザックさん、痛いです……っ!」
おかしい、褒めたはずなのに。
ずいぶん年上扱いをしてしまったのが気に障ったのかしら?
そんなことを考えながら、なんとかザックさんの腕から逃れようと涙目でもがくのだった。