これって親愛?それとも……6
「魔法で熱を通したり、冷やしたりする者はいるが、料理で風を使う者は初めて見たな」
ゼンも感心した様子だ。
そ、それは私がズボラだということだろうか。
「魔法はある程度学んできましたが、私の場合、料理くらいにしか使うことがなかったので」
身の回りのことや屋敷の管理は使用人達がしてくれるので、そうそう魔法を使うことがない。
魔法をそれなりに使えはするのだが、普通に考えたら無駄遣い感はすごい。
「いえ、新しいことを考えられるということは、とても素晴らしいことだと思います。そんなに謙遜せず、褒められたら素直に受け止めて下されば良いのですよ」
自然と俯きがちになっていた私に、副団長さんが優しく声をかけてくれた。
や、優しい……。
胸にじーんとくるお言葉を頂けて、私は顔を上げた。
「……ありがとうございます。副団長さんの言葉はいつも温かくて、胸がいっぱいになります」
「ぐはっ!」
ちょっぴり涙目になりながらもお礼を言うと、なぜか副団長さんは漫画のように仰け反って、その後ソファで蹲ってしまった。
「ど、どうしました?」
「ジゼル、そなたは座っていれば良い。その内落ち着く」
「そうですね。ジゼル様、何もしないのが一番です」
慌てて立ち上がろうとしたのだが、ゼンとエリザさんに止められてしまった。
本当に大丈夫なのだろうかと思ったのだが、ふたりが大丈夫だと揃って言うので、仕方なく腰を下ろす。
「涙目での微笑み、のちあの台詞とは……ジゼル様は才能がおありですね」
「主ではないが、無自覚とは本当に怖ろしいな」
ため息をつくふたりの言葉はよく分からなかったが、向かい側で副団長さんが「誤解するな、これは罠だ」ともっとよく分からないことを呟いていたのに、私はまた首を傾げたのだった。
「それでは私はそろそろ失礼しますね」
副団長さんが落ち着きを取り戻した頃、時計を見て私はそう切り出した。
この時間はとても楽しいけれど、長居してお仕事の邪魔をしてはいけない。
カップとお皿を片付けながら、ふとお父様の姿が思い浮かんだ。
「そういえば、副団長さんはうちの父と面識がおありですか?」
「……シュタイン伯爵と?いや、王宮で関わることはないが……」
そうか、親しいわけではないのか。
まあ単純に王宮での副団長さんの評判から、信頼できると言ったのかもしれないわよね。
「そうでしたか。いずれ、三人でお会いする機会があると嬉しいです。お父様はとても良い方なので、きっと親しくなれると思います」
あんなことを言っていたが、副団長さんのことは高く評価しているみたいだし、ふたりとも穏やかな性格の持ち主だ。
きっと気が合うだろうと何気なく言ったのだが、また副団長さんはぴしりと固まった。
「落ち着け主。そういう意味ではない」
「恋人として父に紹介したいとか、ジゼル様はそういう意味で言っていません。戻ってきて下さい」
何やらゼンとエリザさんが副団長さんにぼそぼそと話しかけているが、私にはよく聞こえない。
そうしている時に、執務室の扉の外から声をかけられた。
「副団長、入室の許可を頂けますか?」
どうやらお仕事のようだ。
他の方に姿を見られるわけにはいかないので、焦って皆さんに声をかける。
「すみません、片付けが中途半端になってしまいましたが、これで失礼させて下さい。ゼン、お願いします」
「ああ、気にしないで。明日もよろしくお願いします」
構わないよと少しやつれた顔で微笑む副団長さんとエリザさんにお礼を言って、ゼンの腕に手をかける。
そうして私は、急ぎ足で副団長さんの執務室を後にしたのだった。
その後の執務室での出来事を知らずに。
* * *
ジゼルがゼンと共に姿を消すと、ユリウスはぽつりと零した。
「ゼンはああしていつもジゼル嬢に触れてもらえるのだな」
邪な感情など持っていないと言った口で、一体何を言っているんだこの男はと、エリザがため息をつく。
ジゼルがただお菓子を作ってくれる人であり、庇護欲をくすぐられるだけの人だと、その気持ちが親愛だとでも思っているのかと言ってやりたくなった。
しかし今はそんな話をする時ではない。
「そんなことより、外で騎士が待っていますよ。どうぞ、入って下さい」
きっと扉の外で待ちぼうけをくらって戸惑っているだろう騎士に、入室を促す。
すると遠慮がちに扉が開かれ、ユリウスの姿を見てほっと息をついた。
ユリウスはというと、いつの間にか執務机に座っており、しかも先程までの情けない顔はもうどこかへ行き、騎士対応用の厳しい表情へと変わっていた。
「良かった、いらっしゃったのですね。……あれ?」
「どうかしたか?」
騎士の様子に、ユリウスが厳しい表情で訝しげに問いかける。
相変わらず見事な切り替えねとエリザは感心する。
そんなユリウスの反応に、騎士はびくりと肩を跳ねさせ慌てて答えた。
「いっ、いえ。エリザ殿ではない女性の声がしたので、お客様がいらっしゃったのかと。その、カップも机に置いたままですし」
くそ、無駄に良い耳と勘をしているなとユリウスは内心で舌打ちをする。
「忘れろ」
「はい?」
「いいから忘れろ。それからさっさと本題に移れ。職務中に無駄口をたたくな」
「はっ、はい!失礼致しました!」
青獅子の名に相応しい威圧感を醸し出すユリウスに、騎士はびびった。
そしてそんな騎士にエリザは同情した。
(でも、ジゼル様の声を聞かれてしまったのは迂闊だったわね。ジゼル様が菓子の作り手だとバレないように、手を打たないと……)
すかさずそう算段するエリザは、間違いなく有能である。
しかしこの出来事がちょっとした噂となり王宮内を駆け巡ることになることを、ジゼルやユリウス達はまだ知らないのであった。




