これって親愛?それとも……5
騎士団にお菓子を届けるようになって、ひと月が経った。
「お邪魔します。皆さんお仕事お疲れ様です」
今日も私は、副団長さんの執務室に注文のお菓子を届けに来ていた。
すっかりゼンの瞬間移動にも慣れてきて、ふらついたりしなくなった。
つまりそれだけ頻繁にここに来ているというわけで……。
未だにお邪魔になっていないだろうかと心配なのだが、そんなことはない!と副団長さんに否定されているため、その優しさに甘えてしまっている。
きっと、引きこもりの私が少しでも外の世界に触れられるようにと、気を遣ってくれているのだろう。
確かに小さな一歩ではあるが、家族と使用人以外の人と接する機会は貴重だと思う。
このままじゃ世間知らずもいいとこだしね。
結婚……は無理でも、少しずつ手伝える仕事を増やして伯爵家の役に立てたらなとは思っているから、外の世界を知ることも大切だろう。
「いらっしゃい。今日も騎士達が君のお菓子を首を長くして待っていますよ」
今日も笑顔で出迎えてくれる副団長さん、本当に心の広い方だと思う。
手を合わせて拝みたい気分になるが、さすがに大袈裟なので心の中で感謝するに留めておこう。
「こんにちは、ジゼル様。今日は何を持ってきて下さったんですか?」
「エリザさん!今日はロールケーキを持ってきました。フルーツたっぷりなので、エリザさんにも気に入ってもらえると思います」
エリザさんは今日も素敵だ。
凛々しいのに気遣いに溢れているし、何よりこんな私に対してもとても優しい。
副団長さんの秘書的なお仕事もされているとのことだが、こんな有能な方が右腕として付いていてくれるのだ、副団長さんもさぞ頼りにしているのだろう。
副団長さんもエリザさんに対しては気を許している感じがするし、信頼し合っているのが分かる。
そういう関係、とても良いなと思う。
カットしたケーキをお皿に乗せトレーで運ぼうとすると、お茶を出すエリザさんと副団長さんの姿が目に入った。
以前も思ったけれど、ふたりは本当にお似合いだわ。
一日の多くの時間を共に過ごしているのだろうし、お互いのことをよく知っているのだろう。
容姿端麗だし、改めて恋愛漫画にありそうなカップルねと思う。
以前は素敵だなと思うだけだったのに、今日は何となく胸が痛い。
……体調が悪いのかしら?
「どうかしましたか、ジゼル嬢?」
はっと我に返ると、副団長さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「あ、いえ。ぼーっとしてしまって、ごめんなさい」
眉を下げる副団長さんに、気を遣わせて申し訳ない気持ちになりながらケーキを並べていく。
「ただ、ちょっと副団長さんを見ていたら、変な気持ちになってしまって……」
何でもないと言ってしまったら余計に心配をかけてしまいそうだったので、素直にそう答えると、なぜか副団長さんは真顔で固まってしまった。
しまった、変なことを言ってしまったかしらと、違うんです!と続ける。
「その、何だか胸がもやもやするというか、痛いというか……。あ、でも今は何ともないです!気にしないで下さい」
慌てて弁解したのだが、副団長さんは今度は手で顔を覆って俯いてしまった。
「無自覚、怖い」
「しっかりしろ、主」
ゼンはなぜか気の毒そうに副団長さんの肩を叩いている。
そんな姿を見ながら首を傾げていると、エリザさんがとりあえず頂きましょうと言ってくれた。
せっかく淹れて下さったお茶も冷めてしまうし、ここは深く気にせずに頂こう。
気を取り直した副団長さんも顔を上げ、ロールケーキを見つめると、ぱあっと表情が輝いた。
「これは……見事な断面だな!あの“ふるーつたると”の時も思ったが、まるで宝石が散りばめられているようだ」
「うむ、食べずとも分かる。間違いなく美味い」
「フルーツが綺麗にカットされていて見た目もかわいらしいですね!」
ゼンとエリザさんもきらきらとした表情をしてくれて、先程までの胸のちくりとした痛みはどこかへ行ってしまった。
嬉しい、ただそれだけだ。
「厚めにカットすると上手く切れて断面も綺麗になるんです。ふわふわの生地にしてみたので、どうぞ召し上がってみて下さい」
エリザさんがスポンジにフォークを入れると、ぱっと目を見開いた。
「わ、本当にふわふわです!」
「軽い食感で、クリームとフルーツの相性も抜群です」
「このふわふわ、たまらんな」
副団長さんとゼンは早くも口に入れていた。
良かった、皆さんの口にも合ったみたい。
「でもどうしたらこんなふわふわになるんですか?王宮の料理人が作るお菓子とこの生地、色も味も似ていますけど、全然違います」
もぐもぐと食べながらエリザさんが疑問を口にした。
「ええと、恐らく作る時に卵をそのまま混ぜる方が多いと思うのですが、これは卵を卵白と卵黄に分けて混ぜているんです。卵白のみで泡立てると、ふわっふわのメレンゲができます。それがこのふわふわの秘密です」
意外にも興味があるのか、三人ともふんふんと頷きながら聞いている。
「これがなかなか重労働なんですけどね。十分以上ホイッパーを動かし続けないといけないので、まあまあ大変で腕も痛くなります」
もちろんこの世界にハンドミキサーなどない。
つまり手動のみ。
前世の亡くなる前の私なら、そんな作業にも慣れていたのだが、今のこの姿でメレンゲを立てたのは今日が始めて。
一応引きこもりのか弱い令嬢ですからね、それなりに大変だった。
「そういえば副団長のお菓子をお願いしていた料理人に、“お菓子は混ぜる作業が多くて腕が痛くなるからなぁ”とよく渋られました。男性でも痛がるのに、ジゼル様のその細腕で、大丈夫なんですか……?」
エリザさんが心配そうに私を見ると、副団長さんとゼンも私の腕をじっと見つめた。
「あ、いえ。実は魔法を使ってちょっぴり楽をしているので……。私でも“ちょっと大変”くらいでできるので、大丈夫ですよ」
何となく恥ずかしくて腕を隠してそう答える。
魔法?と副団長さんが興味を示したので、説明することにした。
「卵白を泡立てる際に必要なのは、“空気を含むように”混ぜることです。なので、魔法で生地に風を送り、かき混ぜる手にも風の力を借りて回転率を上げたんです」
ハンドミキサーほどではないが、これで随分時間の短縮になる。
「なるほど……。魔法をそのように使うとは、ジゼル嬢は多才だな」
多才というか、楽するために思いついただけなのですが……。
褒められるほどのことではないのだけれど、とりあえずそんなことありませんと答えておいた。




