これって親愛?それとも……4
「まあ基本的には君のやりたいようにやれば良いよ。今回はジークとリーンにも上手く隠せているみたいだしね。でも、本当に困った時はちゃんと相談すること。分かったね?」
「はい、ちゃんとお話しします」
昔からそうだったが、お父様はいつも私という個人の考えを尊重してくれる。
娘のことを政略結婚の便利な道具のように考えている貴族も少なくないのに。
転生前の記憶があることで、上手く甘えられなかったことも多いけれど、この家に生まれてくることができて、本当に良かったと思う。
「お父様、ありがとうございます」
「うん?いやいや、娘の楽しそうな顔を見ることができるのが嬉しいだけだからね。最近の君はとても生き生きしている」
そうかしら?
確かに最近思い切りお菓子作りができてとても充実しているが、無表情だからそういうことは周りの人に気付かれていないと思っていた。
そういえば、以前隠れて副団長さんにお菓子を作り始めた時も、お兄様達に見抜かれたことがあったっけ。
毎日一緒にいる家族だからかもしれないわね。
「私のやりたいようにやらせてくれる、お父様やお兄様達のおかげです。ありがとうございます」
温かい気持ちになって、お父様に向かってもう一度お礼を言う。
「お礼なら、あの副団長殿に言うと良いよ。きっかけをくれたのは彼だ。それに信頼できる良い人物だからね、安心して任せられる」
あら?この口ぶり、お父様は副団長さんと知り合いなのだろうか。
でもそんな話は聞いたことないし……。
「ちょっと、ご縁があってね」
首を傾げる私に、お父様は悪戯な顔をして笑った。
何だろう。
でもお父様がこう言うのだから、副団長さんのことを信用しても大丈夫なんだって、安心できる。
そうほっこりしていると、お父様の表情が少し強張った。
「ああ、でも仕事のパートナーとしては任せられるけど、人生のパートナーとしては全然任せるつもりはないけどね!」
「な、何言ってるんですか、お父様!」
冗談と分かっていても、顔が赤くなるのを止められない。
もう!副団長さんとはそういう関係じゃないのに。
……それに、あの副団長さんの隣に私なんかが立てるわけがない。
ずきっ。
そう考えると、なぜか胸が痛んだ。
俯いた私に気付かなかったお父様が、そういえばと口を開いた。
「ところでジークとリーンのパーティーでの菓子は考えているのかい?」
「……あ」
忘れていた。
「おやおや。騎士団の女性達が双子から嫉妬されてしまうよ?ちゃんとそちらの方も考えてあげなさいね」
そ、それは洒落にならない。
今までの行いを見るに、訓練ブーツの石ころだけでは済まないかも……!
その時、あっと思い出した。
『誕生日といえばデコレーションケーキ。ひと口サイズのタルトやシュークリームなんかも素敵だ。ボンボン・ショコラも良いよね。オランジェットもオシャレだ』
あの時考えていたお菓子達。
今なら、作っても大丈夫かもしれない。
「……大丈夫です。お兄様達のためのお菓子、ちゃんと考えていたのでした」
お祝いの気持ちを込めて、精一杯作ろう。
先程の暗い感情がさっと払拭され、気持ちが上向いてきた。
「期待していて下さいね」
今から作るのが楽しみになってきて、上手く笑えたかは分からないけれど、お父様の真似をして悪戯な顔をしたのだった。
* * *
「では失礼します。お父様、おやすみなさい」
話を終え自室へと戻るジゼルを見送り、扉を閉める。
「うーん、ここ一、二ヶ月で随分変わったね」
先程まで一緒に話していたジゼルの様子を思い出し、アルベルトはふっと息をついた。
今まで大切に育ててきたジゼル、しかしその引っ込み思案で優しい性格と、主に顔の表情による感情表現のアンバランスさに、アルベルトはずっと心配してきた。
幼い頃に母を亡くしたショックは大きかったのだろう、かなり心を乱したジゼルは、タイミング悪く同時期に流行病に罹ってしまった。
高熱でうなされ、涙まで流すジゼル。
母の元へ旅立ってしまうのではと、屋敷中の者が心配した。
だが、何とか峠を越え、ジゼルの熱は引いた。
しかしその表情は、ほとんど無表情と呼んで良いものになってしまった。
まるで人形のように、笑顔も泣き顔も失ってしまったのだ。
まさか感情まで……とアルベルトは心配したが、事態はそこまで悪くはなかった。
表には出ないが、接していれば言葉の端々から嬉しさや悲しさを感じていることは分かったし、僅かではあるが表情の変化があることにも少しずつ気付けるようになった。
以前のように無邪気に甘えてくることはなくなってしまったが、自分達家族に愛情を持ってくれていることは分かる。
それに大切な命を取り戻すことができたのだ、それだけで十分だと思うことにした。
実際、表情の変化に乏しいだけで、ジゼルが良い子であることに使用人達もすぐに気付き、彼らもにこやかに世話をするようになった。
……どこで身につけたのか、まさか料理長が膝を折るほどの料理の腕前を持っているとは露ほども思わなかったが。
当時若干三歳だった娘に師事を乞う料理長の姿は、今思い出してもおかしなものだった。
ふふっとアルベルトは思い出し笑いをする。
「そんな娘が、もう十八か」
今まで自らの意志でほとんどシュタイン家から出ることなく暮らしてきたジゼル。
そんな彼女が、ユリウスに出会い、自ら外の世界へと一歩踏み出すとは。
「まさか彼と出会うことになるなんてね。縁とは不思議なものだ」
もう彼は覚えてはいないだろう、幼い頃のあどけない姿が脳裏に浮かぶ。
「ま、そういう仲になることは許さないけどね。……今はまだ」
元々お菓子に関することだと表情の変わる子ではあったが、あんな風に悪戯な顔をして笑えるようになったなんて。
一体誰の影響だろうねと呟き、愛する娘の幸せとこれからを祈って、アルベルトは優しい微笑みを零した。
* * *




