これって親愛?それとも……3
気を取り直してお茶の用意ができたことを告げると、副団長さんとゼンは口喧嘩を止めて、いそいそとソファに座った。
「「「いただきます」」」
そして早速ティラミスのグラスを手に取り、スプーンですくってひと口。
ん〜〜〜っ!と美味しさを噛みしめる顔をした。
「今日のものも美味い!ほろ苦さも甘さも感じるし、とろける舌触りも素晴らしい。しっとりとしたビスケット生地もココアとクリームによく合う!」
今日も副団長さんのご感想がありがたい。
幸せそうな顔をして頬張る姿からは、本当に“青獅子”の姿が想像できない。
けれどエリザさんが言う“この姿が地”というのが事実ならば、私はこれからもこの姿の彼と接していけば良いのかなとも思う。
「今日もこの時間のために書類仕事を頑張った甲斐があるな」
しみじみとティラミスを味わう副団長さん、本当にお菓子が好きなんだなぁと思いつつ、それ程までに私のお菓子を気に入ってくれていることが嬉しくもある。
けれど、それが疑問でもある。
「あの……どうして副団長さんは、私のお菓子をそんなに気に入ってくれているんですか?珍しいのは分かりますが、最初のマドレーヌは見た目はそんなに従来のお菓子と変わりませんでしたし」
聞いても良いだろうかと一瞬迷ったが、思い切って問いかけてみた。
よく考えてみれば、リーンお兄様がマドレーヌを食べているところを見ただけで、なぜ奪ってしまうほど気になったのか。
「それは……」
思いもよらない質問だったのだろう、副団長さんは口ごもってしまった。
そんな副団長さんに、エリザさんとゼンも何かあるのだろうかと様子を覗っている。
「……懐かしかったから、でしょうか。すみません、今言えるのはそれだけです。それにジゼル嬢が思い出してくれるのを待ちたい気持ちもありますし」
副団長さんからは、よく分からない答えが返ってきた。
“思い出してくれる”って、私、何か忘れているのだろうか?
今の口ぶりだと、会ったことがあるかのようだったが……記憶を辿るが、さっぱり思い浮かばない。
それに“懐かしい”の意味も分からない。
分からないことだらけで頭がこんがらがってきた。
まあそのうち何か変化があるかもしれないし、ぽろっと思い出すかもしれないし。
そう納得しようとしてはみたが、やっぱり気になる。
「私だけが何も知らないなんて、なんだかちょっとズルいです」
むうっと頬を膨らませると、なぜか正面に座っていた副団長さんがソファに座ったまま蹲り、震え出した。
「ど、どうしました!?まさか、ティラミスに何か不具合でも……」
「あぁ、ええと。ジゼル様、副団長は大丈夫です。そっとしておいて下さい」
本当に大丈夫なのだろうかと心配にはなったが、副団長さんからも気にしないでくれと声が上がったので、とりあえずそのまま話を続けることにした。
「……でも、本当に気に入ってくれているということは分かったので、それは嬉しいです。こうして時々お茶に誘って下さることも。シュタイン家の皆以外に、こんなに気兼ねなくお話しできるのは皆さんだけですから」
ちょっぴり照れながらもそう伝えると、席を立ったエリザさんから抱き締められ、ゼンからは頭を撫でられた。
「ジゼル様、かわいいが過ぎますよ!」
「本当にその辺の貴族の娘共に見習わせたいな」
家族以外からのこういうスキンシップには慣れていないが、なんだか胸がぽかぽかする。
ここに居て良いんだと言ってもらえているみたいで、思わず頬が緩む。
「ありがとうございます。皆さんと出会えて良かったです」
そう素直な気持ちを伝えると、さらにエリザさんの腕の力は強くなり、ゼンの頭を撫でるスピードが速くなった。
ちなみに私達がそんな感じで触れ合っている間、副団長さんはソファの背もたれに抱きついて何やらぶつぶつ呟いていた。
今度はティラミスが美味しくて感極まってしまったのかしら?
副団長さんは感情の表現が大袈裟な方なのね……と勝手に納得する私なのであった。
その日の夕食。
「ジゼル、最近どうだい?」
「えっ!?な、何がですか?」
何気ないお父様からの問いかけに、私はびくりと肩を跳ねさせてしまった。
時々副団長さんのところにお邪魔していることは、お兄様達にはもちろん、お父様にも話していない。
お父様には話しても良い気はするのだが……。
今まで話す機会がなかったため、まだ言えずにいる。
そんな私の胸中を知らないお父様は、うきうきと嬉しそうに続けた。
「聞いた話だと、女性騎士達に随分好評らしいじゃないか。謎のスイーツ職人が作る珍しいお菓子の数々、騎士達だけでなくて王宮に勤める者たちからもちらほら食べてみたいとの声を聞くよ」
ねぇ?とお父様がお兄様達に話を振った。
「そうだな。男共から菓子についての話が出るたびに、俺は家に帰れば食べられるけどな!と心の中で優越感に浸っている」
それはどうなの?と思わなくもないが、リーンお兄様が嬉しそうなので黙って聞くだけにしておいた。
「そうだね、魔術師団の女共もそんなことを言っているよ。僕の妹が作っているんだから、美味しいに決まっているだろうと思いながら聞いているけどね」
……お兄様達は今日も通常運転だ。
「ジゼル、ちょっと良いかい?」
食後、お父様に呼び止められ、書斎へと誘われる。
副団長さんのところに通っていることをお伝えする良い機会だと思いながらついて行くと、扉を閉めてソファに腰を下ろした途端、とても良い笑顔をされた。
「それで、騎士団の副団長とは仲良くやっているのかい?時々お会いしているのだろう?」
「な、ななななぜそれを!」
今まさに伝えようと思っていたことを先に言われて、驚いてしまった。
別にやましいことなどないのだから、知っていたのですか?くらいで良かったのに、驚きすぎて変な反応をしてしまった。
「おや、君のその反応、これは副団長殿に苦情を入れなくてはいけないかな?」
「な、何もおかしなことはありません!副団長さんはお忙しいのですから、煩わせるようなことはしないで下さい!」
冗談だよとお父様は笑うが、どこまで本気なのか、本心がよく分からない。




