これって親愛?それとも……2
「こんにちは、お邪魔します」
「ああ、いらっしゃい。お待ちしていましたよ」
その日の昼過ぎ。
私は予定通りお菓子を持って副団長さんの執務室を訪れていた。
ちなみにゼンの魔法できちんとGPSの対策済みである。
「いらっしゃい、ジゼル様」
「エリザさん!お会いできて嬉しいです」
笑顔で迎えてくれたエリザさんにほっこりした気持ちで挨拶をすると、なぜか副団長さんの方からぎりりと歯ぎしりのような音が聞こえた。
不思議に思って副団長さんの方を向いたのだが、変わらず紳士的な笑顔を浮かべていたので、気のせいだったのかなと思う。
「あ、あーっと、ジゼル様、今日はどんなお菓子を持って来て下さったんですか?」
なぜか少し焦った様子のエリザさんに促され、私は人型のゼンに持ってもらっていた箱を受け取り、蓋を開けた。
今日はティラミスを作ってみた。
先日のチーズケーキが女性騎士さんに大変好評で、どうやらチーズ好きが多いらしいと分かった。
それと甘いものが好きな方は多いが、甘いだけでなくほろ苦さを感じられるものも好きだという方も多い。
ゼンもマーブルチーズケーキの方が好みだと言っていたし、少し味に変化のあるものが良いのかなと思ったのだ。
そこで思いついたのがティラミス。
エスプレッソの苦味もあり、またとろける口当たりとマスカルポーネチーズのもったりとした濃厚な風味が感じられる、イタリア発祥の有名なスイーツだ。
「わぁ……グラスに入っていて、かわいいですね」
まずエリザさんはその見た目に目を輝かせた。
女性向けを意識して盛り付けたので、すごく嬉しい。
容器はガラス製の小さなグラス型のものだ。
ティラミスといえば、ガラス容器よね。
ただビスケットやエスプレッソ、マスカルポーネチーズのクリームを重ねるだけでなく、グラスの周りにはカットしたイチゴを敷き詰めた。
こうすると透明なグラスからイチゴのかわいらしい断面と色が見えて、ぐんとオシャレになる。
最後にココアパウダーを振りかけた後にも生クリームとミント、イチゴにブルーベリーを飾って、見た目も彩り鮮やかなティラミスに仕上げた。
「む、これは我の好きな組み合わせだな。ジゼル、いくつ食べて良いのだ?」
「そうですね、騎士さん達の分を引いて七個余りますから……」
そこで執務室にいるメンバーを見渡す。
とりあえずここで休憩がてら副団長さん、エリザさん、ゼン、私でひとつずつ食べる。
となると、余りはみっつ。
「なるほど、我とジゼル、エリザの分だな」
「何でそうなるんだよ!主人を優先させろよ!」
副団長さんが素早くゼンに突っ込んだ。
「あ、いえ。屋敷にもまだあるので私は結構ですよ。ここで食べる分と、あとは皆さんのお土産分です!」
慌ててそう訂正すると副団長さんが目に見えて喜んだ。
「ジゼル、主を甘やかさなくて良いのだぞ」
「おまえはもう少し遠慮しろ!」
ゼンと副団長さんがわーわー!と言い合いを始めてしまった。
そしてエリザさんはそれを完全に無視してお茶の準備をしている。
……今更だけれど、この主従関係も不思議よね。
そう思いながら、私もエリザさんの手伝いをすることにした。
「あの、副団長さんはいつもあんな感じなのですか?その、私の前ではわりと紳士的なのですが」
「え?ああ、まあそうですね。あれが地だと思います。でも他の騎士の前ではもっと厳しいですよ。ほら、“青獅子”なんて呼ばれているくらいですし、戦場ではまた一段と苛烈です」
あははと何でもないことのようにエリザさんは語っているが、今の副団長さんからはそんなイメージが持てない。
でも確かにロイドもかなりの剣の達人だと言っていたし、副団長という地位にあるのだから、こんな風に気さくなだけではいけないのだろう。
「私の知らない顔が、たくさんあるんですね……」
それはそうだ、だって副団長さんとお会いしたのはまだ数えるほど。
あの日副団長さんがシュタイン家を訪ねて来てくれなかったら、出会うことのなかった人だ。
何だか遠い人のように思えてゼンと口喧嘩をする副団長さんに視線を送っていると、エリザさんが隣でくすっと笑った。
「ですが、騎士達からすると今のような副団長の方が嘘のようですよ」
「え……?」
「普段の訓練などでは厳しい方ですからね。まさか甘いものが好きで、ジゼル様のお菓子がないとダメ人間になってしまう、しかも使い魔のゼン様とこんな喧嘩をするような人だなんて、夢にも思わないでしょう」
まさかと思う発言も若干あったが、そうか、私が見ているこんな姿は普段彼の周りにいる人から見たらレアなのかもしれない。
でも、そうだな。
訓練中はどんな顔をするのだろう。
「ちょっと、見てみたいかも……」
「え?」
「あ、いえ、何でもありません。お茶、運びますね」
私の呟きが聞かれていなかったことにほっとしつつ、慌ててお茶の準備をする。
私ったら馬鹿ね、シュタイン家とこの執務室くらいしか行けないのに、副団長さんのお仕事姿なんて見る機会があるはずないじゃない。
変な欲望を振り払い、お茶の入ったカップとティラミスを机の上に並べていく。
こうして素敵なティーセットと一緒に並べると、また一段と映える。
前世ならお客様がスマホで写真を撮ってSNSに上げてくれただろうか。
それにしても、前回はこのティーセットはなかった。
簡素な白地のものを使っていたと記憶しているのだが、いつの間に?
はて?と首を傾げていると、ああ!とエリザさんが気付いて説明してくれた。
「ジゼル様が時々来訪してくれることが決まってから、副団長が取り寄せたんですよ。定期的にあなたが来るのに、きちんとしたものが必要だろうからって」
ふふっと笑いながらそんなことを言われ、反応に困ってしまった。
それは、素直にありがとうございますと言えば良いのか。
それとも、私なんて今までのもので十分です!と謙遜すれば良かったのか。
「どんな柄が好きだろうかって、かなり悩んでいましたよ」
……そんなことを言われたら、ますます何も言えなくなってしまう。
顔が赤くなるのを自覚しながら、忙しいのに申し訳ないという気持ちと、ちょっとだけ嬉しいと思ってしまう気持ちとが入り交じる。
「まあ、確かにしばらく書類作業が捗らなかったのは事実ですけどね……」
「ご、ごめんなさい!」
遠い目をしたエリザさんに、私は即座に頭を下げたのだった。




