試作品はほっこり涙の味?7
「ほう、そなた、そんな笑い方もできたのだな」
「あ、こほん。すみません、失礼しました」
咳払いをしてなんとか笑いを収める。
それにしてもゼンの口振り、前世で言われたような変な笑い方ではなかったのだろうか。
それならば良いのだけれど。
「謝らないで下さい。……先程といい、あまりに素敵に笑うので、驚いてしまいました」
ちょっと不安になった私に、副団長さんがまた甘い台詞を吐いた。
こ、こんな無愛想かつ面倒くさい私を相手に何度もそんな甘い言葉をかけるなんて……!
さすが副団長さん、きっと女性の扱いに長けているのだろう。
社交辞令以外の何物でもないと理解していながらも、そんなことを言われ慣れていない身としてはやはり若干照れてしまう。
「いえ、その……は、恥ずかしいので、あまり見ないで下さい」
無表情とはいえ、顔が赤くなるのは止められないのだ。
もう今日で何回だろう、慌てて手で顔を隠すと、エリザさんがくすりと笑う気配がした。
「“塩系令嬢”なんて噂されているので、どんなご令嬢なのだろうと思えば、こんなにかわいらしい方だったなんて、予想外でした」
指の間からエリザさんの様子を覗えば、くすくすと上品に笑っている。
不愉快には思われていないみたい。
「かわいくはないと思いますが……。塩対応と思われてしまうのは、その、言葉で気持ちを伝えるのが壊滅的に下手くそで、しかも表情筋が死んでいるのが原因かと」
ゆっくりと顔を隠していた手を解き、おずおずとそう応える。
この人達なら、私の拙い話を聞いてくれる気がしたから。
「本当は頭の中では色々と考えていますし、思っていることもたくさんあるのですが……。なかなか言葉にできなくて。どう話していいのかと思っているうちに相手を怒らせてしまったり、傷付けてしまったり。直そうとは思っているのですが、なかなか上手くいかなくて……」
こうして言葉にしてみると、自分で自分が情けなくなる。
「誤解されてしまうのも、無理はないんです」
悲しいけれど、仕方ない。
そう小さくなって話す私の肩に、エリザさんがそっと手を添えた。
「勝手な噂話であなたを判断してしまっていたようで、すみません。ですが、こうして本心をお話頂いて、私は嬉しかったですよ」
優しい笑顔に、目を見開く。
「そうですね、ジゼル嬢の様子を良く見て考えれば、緊張しているのが分かるのに。嫌われているのではと勝手に判断してしまう私達にも、問題があります」
そう言う副団長さんも、まだ数回しか会ったことがない中で、私に嫌われているのではと思ったことがあるらしい。
嫌うなんて、そんなことありません!と、とりあえず否定はした。
「それを聞いて、安心しました。それならば、嬉しくて思わずという微笑みも、可笑しくて無邪気に声を上げて笑うのも、これからもっと見せて頂けると嬉しいです」
ピカーッ!と副団長さんから眩しい光が発せられたような気がする。
「も、もう許して下さい……」
そして私は甘すぎる言葉の数々に耐えられず、項垂れた。
なんなんだろうこの人、まさか無意識?
ご本人は何でもないことのようにさらりと発言しているし、悪気もなさそうだけれど、色々と免疫の無い私は恥ずかしすぎて涙目だ。
これが副団長さんの通常運転なのだろうか。
とすると、副団長さんの周りの女性はこんなこと言われ慣れているのかしら。
これに慣れないといけないとなると、私には無理だわ……!と真剣に考えてしまうレベルである。
もう顔を上げられない。
誰か助けて……!
そう思った時、はあっと深いため息が聞こえた。
「主、ジゼルが瀕死寸前だ。初心な娘をからかうのは感心しないぞ」
「からかってなんていない。本心だ」
いえ、だからそういう発言が……!!
さらにぷるぷると震える私が不憫になったのだろう、ゼンが話題を変えてくれた。
「とりあえず、もうひとつのケーキを食べないか?もうあまり時間もないし、他の女性騎士にも食べてもらいたいんだろう?」
「そっ、そうなんです!はい、皆さんどうぞ!」
半ば無理矢理な気もするが、多少強引にでもここでこの話を終えたい。
恥ずかしさを押し殺し、がばりと顔を上げてマーブルチーズケーキの包みをひとつずつ渡していく。
それならばと副団長さんが最初の場所に戻ってくれたので、ほっとする。
あの顔が近くにあるのも、無自覚な甘い言葉も危険すぎる。
「まあ、棒状になっているんですね。これなら外でも食べやすそうですね」
「はい、まずは女性騎士さん達にというお話でしたので」
先程のケーキのようにデコレーションを駆使して、ひとつひとつ皿に乗せフォークやスプーンで頂くケーキも、勿論素敵だ。
けれど、相手は騎士さん達。
訓練の合間にでも、ちょっと食べたいと思った時に口に出来るお菓子もあると良いと思ったのだ。
「開いてみても?」
「は、はい、勿論です」
早く開きたくて仕方がないという表情の副団長さんに、まだ先程のことが頭に残っている私は少し警戒しながら応える。
私の話をきいた後だからか、副団長さんはそんな私の反応を気にする様子もなく、包みを開いた。
うう、こっちもどきどきする。
「……すごい」
「わ、こちらのケーキの模様、とてもかわいらしいです」
驚いた表情の副団長さんと、かわいいと興奮するエリザさん。
「黒っぽい模様は、ココア入りの生地を使って描いたんです。下のビスケット地もココア入りのものにして合わせました。風味が少し変わって、美味しいと思います」
「ほう、先程のクリームを絞る技術といい、ジゼルは器用だな。我も初めて見た」
ゼンもまじまじとマーブル模様を見ている。
見た目を凝るのも、美味しそうに見せるためには効果的な方法よね。
「意外と簡単にできるんですよ。どうぞ、召し上がってみて下さい」
不思議そうに見つめる三人にそう促せば、嬉しそうにぱくりと頬張ってくれた。
「美味しいです!」
「ふむ、確かに先程のものとは少し違うな。我はこちらの方が好みだ」
「これは美味い!私はどちらも甲乙つけ難いです。それくらい、どちらも美味しい」
エリザさん、ゼン、副団長さんとそれぞれに美味しいと褒めてくれた。
そこで私もひとつ手に取り包みを開き、ひと口頬張る。
うん、美味しい。
すごく、美味しい。
「ああジゼル嬢、また涙が零れていますよ。意外と泣き虫さんでもあったんですね」
「主よ、涙を拭うものでも貸してやれ。全く、せっかくのケーキがしょっぱくなるぞ」
「まあ、また嬉し泣きですか。私のハンカチで良かったら、どうぞ。まだ未使用ですから」
副団長さんも、ゼンも、エリザさんも、今度は私が悲しくて泣いているのではないと分かっているから、微笑んでくれている。
「とっても美味しいから、大丈夫です。今までで一番、美味しいかもしれません」
久しぶりに食べるマーブルチーズケーキは、涙の味がしたけれどとても甘くて、優しい味がした。




