試作品はほっこり涙の味?5
な、なんで!?
自分でもなぜ泣いているのか分からない。
パニックになった私は、ごめんなさい!と顔を覆って三人に背を向ける。
なんで!?どうして!?
嬉しいのに、泣いちゃうってどういうこと!?
ソファの背もたれの方を向きながら頭の中でぐるぐると考えるが、答えが見つからない。
ああもう、この後どんな顔をして皆さんの方を向けば良いのか。
……いや、いつも無表情だけれども。
しかしさすがに涙を見られてしまったのだ、心配されるか、不審に思われるか。
どちらにせよいたたまれない。
どうしたものかと思い悩んでいると、ふっと背後に気配を感じた。
「大丈夫?落ち着いたなら、顔を見せてほしい」
副団長さんの声だ。
一瞬迷ったが、このままそっぽを向いていても何も状況は変わらない、気まずいままだ。
それならばと、おずおずと顔を覆っていた手を解き、副団長さんの方を振り返る。
「うん、涙は止まったようですね」
「はい、あの……申し訳ありません」
副団長さんは、ほっとしたように優しく笑ってくれた。
そのうしろでエリザさんもほっとした表情を浮かべたのが分かった。
涙でぐちゃぐちゃになっているわけではないから、安心したのだろう。
どうやら心配される方だったらしい。
「私達の言動が君を傷付けてしまった?」
「いえ!そんなこと、ありません」
眉を下げた副団長さんに、申し訳ない気持ちで否定する。
「では、何か嫌なことでも思い出した?」
「違うんです。思い出したのは、嫌なことでも辛いことでもなくて……」
そこまで言ってぐっと詰まってしまった私の背を、ゆるりと大きな手が撫でた。
「……言いにくいことなら、これ以上は……」
「いや、ジゼルよ。話すと良い」
気遣って下さる副団長さんの声を遮ったのは、ゼンだった。
「折角ここにやって来たのだろう?そなた達人間は、言葉で伝え合うことを怠ると碌なことにならん。きちんと伝えろ」
長年生きている精霊らしいゼンの言葉に、私の心も落ち着いていく。
改めて副団長さんを見ると、座っている私の目線に合わせて床にしゃがんでくれている。
そしてその表情は、心配そうな、不安そうな、そんな顔。
無表情だけが原因ではない、私の言葉足らずが周囲に誤解を与えていた。
そしてそれは、誤解だと否定することもせず、ただ仕方がないと諦めてきた、私自身の責任。
「……私、お菓子作りが好きで」
ぽつりと話しだした私に、うんと副団長さんが優しく頷く。
「でも、外に出る勇気もなかったし、家族と使用人以外の誰かに私を知ってもらおうとも、お菓子を食べてもらおうとも、思わなかったんです」
シュタイン家での生活は、心地良かった。
お父様もお兄様も私をかわいがってくれたし、使用人達も料理を通して私を認めてくれたから。
「でも、副団長さんがあの日私を訪ねてきてくれて、世界が変わったんです」
家族でも知り合いでもない、全くの“他人”。
家族の欲目でも何でもなく、ただ私のお菓子だけを見て、食べて、“美味しい”と言ってくれた。
「正当に評価されて、美味しいと言ってもらえたこと。私のお菓子を食べて、ほっと癒やされると言ってもらえたこと。……こんな私でも、誰かのためになることができるんだって、嬉しかった」
承認欲求というのだろうか。
たぶん自分に自信のない私は、思っていた以上に、心のどこかでそれを求めていた。
前世で満たされていたその気持ちを知っているから、尚のこと。
目立ちたくはないという気持ちと、私にもできることがあるのだと認められたい気持ちと。
正反対の気持ちを抱えて、それでもなお。
「副団長さんやエリザさん、ゼンにこうして食べて頂いて、美味しいって顔を見ることができて。ああ私が見たかったのはこれだったんだなって思ったら、自然と、涙が……」
話していたら、またじんわりと目頭が熱くなってきた。
嫌だ、また変に思われちゃう。
泣いてはいけないと、ぐっと目に力を入れる。
その時、みっともない私の話を聞いてくれていた副団長さんが、静かに微笑んだ。
「そうですか、ジゼル嬢はとても勇気を出して私の提案に乗ってくれたんですね。ジゼル嬢の作る菓子は本当に美味しい。きっと、たくさんの人間が笑顔になってくれるはずです」
その声は、とても優しくて。
そのうしろでも、エリザさんが頷いているのが見えた。
そんなふたりになら聞いてみても良いだろうかと、おずおずと口を開く。
「そう、でしょうか。私は、お菓子を作っても良いんでしょうか」
「勿論です。まずここにひとり、君のお菓子がないと生きていけなくなってしまった人間がいますからね」
ずるい聞き方をする私に、何を言うんだとばかりに副団長さんがきっぱりと言い切る。
そしてそんな副団長さんの声に被せるように、エリザさんの声が響いた。
「そうですよ。副団長ってば、あなたのお菓子が届くのがいつもより遅いと、気になって仕事が手につかなくなるんですよ?薬物かしらって疑ったくらい」
そ、それはちょっと申し訳ない気もする……。
「……エリザ、その話は、」
「あら副団長。事実ではありませんか」
なんだかふたりの言い争いが行われている気もするのだが、これはスルーで良いのかしら?
「それに、あなたの作るお菓子、私も好きですよ。今日のこのケーキは勿論、この前のクリーム入りの焼き菓子も本当に美味しかったです。中のクリームが濃厚で、ほっぺたが落ちそうでした!」
ちょっと興奮気味なエリザさんの表情から、お世辞で言っているわけではなさそうだと分かった。
隣でそれを黙って聞いていたゼンの方をちらりと見ると、ほらな?と言いたげな表情で笑ってくれた。
「……ありがとうございます、副団長さん、エリザさん。それに、ゼンも」
素直に感謝の言葉が口から出てきて、何だかいつもよりも頬の筋肉が緩んだ気がする。
ありがとうなら、笑顔で伝えたい。
ぎこちないかもしれないけれど、心からの笑みを。
そんなことを考えながら、私は三人に向かって顔を綻ばせた。




