試作品はほっこり涙の味?4
「……シンプルだが、とても綺麗な玉子色だ」
この前のフルーツタルトのような華やかさはないのに、そう言って副団長さんはチーズケーキに見とれていた。
でも、そう言ってくれると嬉しい。
結構綺麗に焼けたなって、自信があるもの。
「副団長、折角なのでお茶の用意をしましょうか」
「ああ。エリザ、頼む」
エリザさんがお茶の用意を申し出てくれたので、慌ててお手伝いしますと立ち上がる。
エリザさんにも挨拶しないといけないしと思ったのだが、お客様は座っていて下さいと微笑まれた。
落ち着いていて、気も効いて、素敵な人だなぁ……。
もし私が男で、こんな女性が側にいたら好きになってしまうのではないだろうか。
副団長さん付きって言っていたけれど、ひょっとしてそういう関係だったりして?
そのことに思い至ると、何だかどきどきしてきた。
前世も今世も恋愛経験皆無な私だが、情熱的な恋というものには興味がある。
この顔に騙……いや、つられてお見合いを申し込まれたことはあれど、本気で好意を向けられたことはない。
だから、ちょっとした憧れのようなものだ。
そんなことを考えている間にお茶が入ったようで、エリザさんはまず私の前にサーブしてくれた。
「ありがとうございます」
無表情だろうが、一応お礼は言えた。
そして副団長さん側にもカップが置かれる。
「ありがとう」
あ、副団長さんもちゃんとお礼を言っている。
そんなふたりが並ぶ様子を見て、お似合いだなぁとぼんやりと思う。
華やかで優しい副団長さんと、凛々しくて女性としても騎士としても素敵なエリザさん。
まるで少女漫画に出てくるヒーローとヒロインのようだ。
「ケーキは切り分けても宜しいですか?」
「あっ!はい!」
エリザさんの言葉に、びくりと肩を跳ねさせてそう答える。
危ない、勝手に脳内で色々と妄想してしまうところだった。
そんな私の内心には気付かず、エリザさんは綺麗にベイクドチーズケーキをカットしてくれた。
几帳面な性格なのかしら、すごく均等だし、断面も綺麗だわ。
「我の分も頼む」
その腕前に見惚れていると、どかりとゼンが私の隣に腰掛けた。
「なぜおまえがジゼル嬢の隣に座るんだ。空いているところに座れ!」
「良いではないか。我の自由だ」
確かに机を囲むように四方向にソファが置いてあるのだから、まだ二ヶ所空いている。
それでも移動しようとせずつーんとそっぽを向くゼンに、副団長さんはイラッとした表情をした。
いつも紳士的なのに、こんな顔もされるのね。
仲良しなんだなぁと、微笑ましくふたりを眺めていると、エリザさんが私と副団長さん、そしてゼンの前に切り分けたケーキの皿を置いてくれた。
「あ、ありがとうございます。……あの、よろしければエリザさんもご一緒にいかがですか?」
勇気を出してそう誘ってみる。
一応これは女性騎士さん用のお試しでもあるし、エリザさんの意見も聞きたい。
そんなエリザさんの反応はといえば、ありがたいけれど私が同席なんて……と、少し困った様子だ。
しまった、失敗した?
「良いんじゃないか?」
困らせてしまったと、発言を後悔しそうになったその時、副団長さんが声を上げた。
「ジゼル嬢の誘いだ、エリザもそこへ座ると良い」
そう副団長さんは頷いて笑顔でエリザさんをソファへと促す。
わあ、こういうシーンも漫画に出てきそう……!とひとりで感動していたのだが、ふとエリザさんの方を見ると、信じられないものを見るかのように驚いた表情をしていた。
どうしたんだろうと思っていると、エリザさんは訝しげな私に気付き、慌てて表情を繕った。
「すみません、それではお言葉に甘えて失礼します」
そう言って自分でてきぱきとお茶とケーキの用意をし、空いているソファに腰を掛けた。
ああ、そこは副団長さんの隣じゃないのね。
恋愛漫画モードにいた私はちょっぴり残念な気持ちでいたのだが、そうとは知らない三人はケーキに釘付けになっていた。
「ええと、では召し上がってみて下さい」
「「頂きます!」」
私がそう促すと、副団長さんとエリザさんは嬉しそうにケーキにフォークを入れた。
「では我も頂こう」
ゼンはいつもの飄々とした調子だ。
今世、手作りのお菓子を家族とゼン以外の人に食べてもらうのは初めてなので、反応がすごく気になる。
どきどきしながらひと口目を口に含んだ副団長さんの顔を見つめると、その整った顔が驚きで崩れた。
「美味い……」
「!すっっっごく、美味しいです!」
大きく上がった声のした方を見ると、エリザさんも顔を綻ばせて二口目を食べようとしていた。
ああ、この顔が見たかった。
口に入れて、美味しいって感じで、もうひと口食べて幸せだなぁって心を落ち着ける、そんな顔。
「副団長、こんな美味しいものを食べていたのならば、今までのお菓子が物足りなく思うのも仕方がありませんね」
「ああ、もうジゼル嬢の菓子なしでは生きていけなくなってしまったかもしれないな。うん、チーズの風味がとても際立って美味しい」
なんとなく空気も穏やかになったような、そんな気がする。
そうだ、私が求めていたのは、こういう時間。
「ジゼル、どうした」
そこに響いたのは、和やかな空気に似つかわしくない、ゼンの固い声。
ゼン、一体どうしたの?
「ジゼル嬢……?」
「ど、どうされたんですか?」
副団長さん、エリザさん?
そんな焦った顔をして、どうしたんですか?
「自分で気付いていないのか?そなた、泣いているぞ」
「え……?」
隣で眉を寄せるゼンの言葉に、自分の頬にそっと手を当ててみると、生温かい雫に触れた。
そう、私はゼンの言葉通り、涙を流していたのだ。
 




