試作品はほっこり涙の味?3
「うん、良い焼き加減だわ。マーブル柄も綺麗にできてる」
焼き上がったケーキを見て、私は頬を緩めた。
魔法で冷やし型から外すと、側面もなめらかな焼き上がりになっている。
ホールケーキはこのまま持って行って向こうで切り分けるが、スクエア型のものはこちらで切っておこう。
マーブルチーズケーキを縦長のスティック状に切り分け、ひとつずつペーパーで包む。
「できたわ。副団長さんとの約束の時間までまだ少しあるけれど……」
ちらりと時計を見た後、自分の服へと目を移す。
「……ご挨拶に伺うのに、粉だらけの簡素なドレスでは申し訳ないかしら」
前世のようなコックコートならともかく、これでは失礼な気がする。
とすると多少はきっちりとした格好をしなければ。
「仕方がないわね、侍女達にお願いしましょう」
お客様に会うのに失礼のない格好をとお願いすれば良いのだが……。
何だか張り切られてしまいそうで怖いわねと少しげんなりした気分で、お付きの侍女を呼ぶ。
予想通り、キラキラした目の侍女達に張り切って着替えさせられることになったのだが、まあ今日くらいは仕方がないかと心を無にすることにしたのだった。
「迎えに来たぞ。……む?どうしたジゼル」
「はは……ちょっと疲れただけです。気にしないで下さい」
約束の時間丁度に現れたのは、人型のゼン。
いつもよりも人相の悪い私に、少し戸惑っている。
それも仕方がないのだ。
失礼のない程度で良い、できるだけシンプルな格好にしてほしいと言ったのだが、飾り立てたい侍女達との攻防はなかなかに疲れた。
でも何とか譲歩してもらってある程度は抑えてもらえたので良かった。
宝石の類もつけなくて済んだし。
「今日の菓子はそれほど神経を使う菓子だったのか?」
「いえ、そういうわけでは。本当に大丈夫ですから、行きましょう」
訝しげなゼンに、副団長さんを待たせているのだからと言えば、分かったと頷いてくれた。
「その前にひとつ、魔法を使わせてくれ」
そう言うとゼンは何やら唱え、私の部屋の中に膜のようなものを張った。
何の魔法とは言わず、ゼンは私の肩に触れてきた。
「では行くぞ」
そうして先日のようにお姫様抱っこはせずに、ゼンはケーキの入った箱を抱える私に触れるだけで瞬間移動をした。
どうやら抱きかかえる必要はなく、身体に触れてさえいれば一緒に移動できるらしい。
それに今回は移動してもすぐに地面に足が着いた。
前回空中に移動した時に私がすごく驚いたので、配慮してくれたようだ。
移動先はもちろん、先日お邪魔した副団長さんの執務室。
この前はすぐに落下した驚きで気付かなかったが、移動後にぐにゃりと空間がねじ曲がるような感覚がして、ゼンの手を放してひとりで立とうとした際に少しくらりとしてしまった。
「大丈夫ですか?」
そんなふらついた私の身体を支えてくれたのは、副団長さんだった。
ち、近い!
それに何か良い匂いがする‼
「……すみません、大丈夫です」
ああっ、咄嗟の事態に未だかつてないくらいの温度の低い声が出てしまったわ!
そして反射的に手で副団長さんの身体を押してしまった。
……これは塩対応と言われても否定できないくらいの酷さだわ。
自分の言動に落ち込んでいると、ゼンに呆れた目で見られた。
「ふたりとも何をやっているのだ。ほれ主よ、ちゃんとジゼルをもてなさぬか」
「い、言われなくても分かっている!こほん、不躾に触れてしまって申し訳ありませんでした。ジゼル嬢、こちらへどうぞ」
居住まいを正した副団長さんに、ソファへと促される。
「あ、ありがとうございます」
そこに腰を下ろすと、少し落ち着いてきた気がする。
冷静になって周りを見ると、執務室には副団長さんとゼン、それから先日もいた綺麗な女性騎士、エリザさんも少しうしろに控えていた。
どうしよう、エリザさんにも挨拶するべきかしら。
ああでも、エリザさんは副団長さんの部下だったわよね。
上司の方を差し置いてあまり馴れ馴れしくするのはよろしくないかもしれない。
でも無視するのも違うと思うし……。
「ジゼル嬢」
「は、はい!?」
悶々とひとりで悩んでいると、副団長さんに名前を呼ばれた。
早速例のお話に入るのね?と、再び緊張が舞い戻ってきて、真剣な面持ちで副団長さんの言葉を待つ。
今日も副団長さんは相変わらずの紳士的な対応で、にこやかに口を開いた。
「今日は先日の申し出を受けてくれるとのことで、わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます」
いえ、ゼンの瞬間移動で来たので大して足など運んでおりませんから……。
「それに、先日は大変失礼しました。結局、菓子を受け取るだけになってしまって」
いえ、それはうちのお兄様が原因なので、副団長さんが謝ることではありませんよ?
そんな申し訳ない気持ちで「いえ、そんな別に」と答えていると、どんどん副団長さんの顔が焦ったようになっていった。
多分、というか絶対、私の無愛想のせいだろう。
しかし私も緊張しているので、上手く言葉が出てこない。
心の声がそのまま出せたらどれだけ良かったことか。
「……ジゼルよ、肩の力を抜け。表情どころか言葉まで固まっているぞ」
そんな情けない私を見かねて、ゼンが声をかけてくれた。
「それ、手土産も持って来たのであろう?今日こそは目の前で感想を聞いて帰ると良い」
ゼン、優しい……!!
なんて気遣いのできる精霊なのか。
精霊は特殊な存在で、人間とは違った感覚や常識を持つと言われているが、ゼンはかなり人間よりの考えを持っていると思う。
そんなゼンの気遣いを無駄にしてはいけない、緊張している場合ではないと、勇気を出して口を開く。
「その、今日はベイクドチーズケーキを作ってきました。試作品も兼ねて、騎士さんに好まれるのではないかと思いまして」
そしてそっとケーキの入った箱をふたつ、机の上に置いた。
「お口に合うと良いのですが」
そう言ってひとつめの箱を開けると、副団長さんの目が見開かれた。




