再会は転機?7
* * *
「え?副団長さんへのお菓子を作ることを認めて下さるのですか?」
「……仕方ないからな。ジゼルは作りたいんだろう?」
苦虫を噛み潰したような顔のジークお兄様に、私は勢い良く頷いた。
副団長さんの執務室からゼンと共に屋敷に戻った後、私は落ち着かない気持ちで夕方まで過ごした。
ゼンは心配いらないと言っていたが、ジークお兄様はかなり怒っていたから、それはもう気が気じゃなかった。
けれど屋敷に帰って来たお兄様は、機嫌こそ悪そうだったけれど、怒ってはいなかった。
そして夜、自室にやって来たお兄様からこうして許可を得たところだ。
「だが奴からこんな提案があった」
お兄様によると、私の作るお菓子を王宮で販売してみないかと副団長さんがおっしゃったそうだ。
『ここ半月毎日食べてみて、確かに初めて見る菓子ばかりだったが、見た目は世の中にありふれた菓子達とそれほど変わりはしないのに、味は比べられないくらいに美味しかった』
『それだけではない、この菓子には特別な魔力が込められている』
「副団長さんは、お気付きだったのですね」
「騎士とはいえ、精霊を使役する者だからな。魔力には敏感なのだろう」
私はいつもお菓子を作る際、“少しでも癒やしになりますように”と心を込めている。
それは王宮で働くお父様やお兄様達、毎日私達のために働いてくれている使用人達に休憩中に少しでもお菓子を食べて、ほっとしてもらえたらという思いから始まった。
前世でも、パティスリーに頑張っている自分へのご褒美に!とケーキを買いに来たり食べに来るお客様は多かった。
もちろんお祝い事のためにと買いに来る人が多いのは言うまでもないのだが。
でも私は、そんな毎日頑張っている人達の“ほっ”と息をつく顔を見るのが、とても好きだった。
イートインのお客様の、ケーキを口にした時の表情。
常連のお客様の、『ここのケーキを食べると、明日も頑張るぞ!って気持ちになれるんです』という言葉。
人付き合いの苦手な私が唯一素直に気持ちを伝えられるのが、お菓子作りだった。
「ふん、効果はそこまで劇的ではないから、一度や二度食べたくらいでは気付かないかもしれないがな。半月も食べ続ければ、まあ奴ならば気付くだろう」
「そういえばお兄様は、ひと口食べただけで私のお菓子に疲労回復の魔法が付与されていると気付きましたね」
私がそう言うと、まあ僕は優秀だからな!とお兄様が胸を張った。
今の会話からお分かりかと思うが、私は作るお菓子に様々な効果を付与することができる。
そう、“お菓子に”だけだ。
料理や飲み物などには付与することができない。
「ですが、それと王宮での販売と何の関係が?」
「ジゼル、本当はもっと色んな人に菓子を振る舞いたいと思っているだろう?」
首を傾げる私に、ジークお兄様は真剣な顔でそう告げた。
「……そんなことは」
「いや、隠さなくても良い。僕達も察していたのに何もしてやれなかったからな」
上手く誤魔化せなかった私に、ジークお兄様は分かっているからみなまで言うなとため息をついた。
そして、私が帰った後に副団長さんと話したことを教えてくれた。
王宮で販売、といっても、お店を出すわけではなく、どうやら完全予約販売にし、今まで通りゼンがシュタイン家にお菓子を取りに来て、副団長さんのところに運び、配布するつもりらしい。
最初は騎士団内だけにしてはということで、先程お会いしたエリザさんのような女性騎士たちにまず、食べてもらってはどうかと。
疲労回復の効果があるお菓子、きっと喜ばれるだろうとのことだ。
「確かに、それなら私は人前に出なくて良いですし、お菓子を作ったのが誰なのかバレませんね」
「それに、基本的に女は男よりも疲れやすいものだからな。美味くて疲労回復の効果がある菓子、体力勝負の女騎士ならば、まあ飛びつくだろう」
そうなってくると、きっと噂になって広まる。
フルーツタルトのような見た目も華やかなお菓子を見せると、王宮に勤める貴族達も興味を持つかもしれない。
お菓子の納品はゼンの瞬間移動で行うため、私は王宮の人達に顔を見せることはない。
作り手のことは秘密にしたまま、色々な人に食べてもらうことができる。
ということは、今まで隠していたたくさんのレシピを使ってお菓子作りができるかもしれない。
その申し出にすぐに頷けるほど私は単純ではないが、それでも心惹かれる提案であることには違いない。
それにしても、意外だなと思う。
「でも、なぜお兄様は副団長さんの話を受け入れて下さったのですか?その、こう言っては何ですが、副団長さんにお菓子をお渡しするのも良い顔をしないと思っていました」
「……それについては今でも許したくないと思っているよ?」
黒い笑顔でお兄様がそう言った。
そうか、やはり良くは思っていないらしい。
「でも、ジゼルの本当にやりたいことに気付いていながら、僕達の思いだけで狭い世界に縛り付けてはいけないと思ってね」
ふうっと息をついてお兄様は続ける。
「僕達だけでは、彼のように君の本当にやりたいと思っていることをやらせてあげることはできない。それが君のためになる、君の望みだというのなら。いつまでも僕達だけの君でいてほしいという我儘を言うつもりはないよ。これでも君の兄だからね、妹の幸せを一番に考えたいと思っている」
優しい瞳で、私を見た。
ジークお兄様が、心から私のためを思って言ってくれていることが分かる。
「ジゼルが心を決めるなら、リーンのことは心配しなくて良いよ。僕からきちんと説明して、説得するから」
心にあった懸念まで言い当てられ、うっと身じろぐ。
口の上手いジークお兄様に任せておけば、きっとリーンお兄様も納得してくれるだろう。
「……ありがとうございます、お兄様」
「かわいい妹のためだからね」
素直にお礼を述べれば、隣に移動してきたお兄様にぽすりと頭に大きな手を乗せられ、撫でられた。
嬉しそうな顔をして頭を撫でるジークお兄様の顔を見て、少しだけ違和感を感じた。
「……ちなみに、副団長さんからの提案を受けてお兄様が受けるメリットは?」
「!き、気付いたのかい?はぁ、格好つけたかったのに、仕方がないな……。誕生パーティーのお菓子だよ。君が自由にお菓子を作れるようになれば、パーティーの時に僕達のためだけのとっておきの菓子を作ってくれるはずだと言われてね」
衝撃の内容を口にするジークお兄様に、私はぽかんと口を開けた。
「“僕達のためだけの”というところが良いよね。君にとっての特別だと実感できて」
何だそれは。
そんなものにつられたというのか、この兄は。
思っていた以上にしょうもない理由だったため、何とも返すことができず、ただ呆然とするのみだ。
「あの副団長、なかなかやるね。僕の弱いところをしっかり分かっている」
そんなの、私をダシにすればなんでもやってくれると言っているようなものだ。
「……ほどほどにお願いしますね、お兄様」
変な方向に副団長さんを認めようとしているジークお兄様に、先程までの感動的な気持ちが一気に霧散してしまい、じとりと冷たい視線を送ったのだった。




