再会は転機?6
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ジゼルがゼンと共に消えた後、ユリウスはジークハルトの方を振り返った。
「ジゼルが屋敷に戻ったのは確認できたが……。どういうつもりだ?」
どうやら“じーぴーえす”とやらでジゼルが無事にシュタイン家に戻ったことは確認できたらしい。
しかしユリウスに対してかなりの不信感を持ったようで、もの凄い形相で睨んでいる。
実際に魔物討伐や領土の防衛などで数多の戦いの場を経験し、実力者と名高いユリウスではあったが、ジークハルトの醸し出す殺気にじんわりと汗をかいた。
それほどまでに、ジークハルトの殺気とその左手に込められた魔力は強かった。
あの魔力の感じからして、放とうとしているのは氷属性魔法か。
王宮内で火事はまずいし、強風で窓を割るのも宜しくない、氷漬けにしてやろうとでも思っているのだろう。
今この状況で使うには妥当な魔法だなとユリウスは思う。
「まあ落ち着いて下さい、ジークハルト殿。冷静になってお話しましょう」
「僕は至って冷静だよ?どうやって王宮に咎められずに君を始末するか考えられる程度にはね」
それは冷静とは言わない。
ユリウスとエリザは口にすることこそしなかったが、心の中でハモった。
「一旦その魔力をお収め下さい。副団長の話を聞いてからでも、遅くはないでしょう?ジークハルト殿も事情を知りたいはずです。氷漬けにするのはその後でも宜しいのでは?」
いやいやエリザ、全然宜しくないだろう。
内心ユリウスはそう思ったが、悲しいかな、そんなことが言えるわけもなく、そのまま口籠った。
「……ふん、そこの女騎士の言うことも間違ってはいないな。良いだろう、話は聞いてやる」
ジークハルトはそう言うと、左手に溜めていた魔力を霧散させる。
そしてどかりとソファに座ると、行儀悪く足を組んで背中をもたれさせた。
「ほら、聞いてやるから早く座れ。僕も暇じゃない」
か、感じ悪りぃ〜〜!!しかも偉そう!!エリザは心の中でそう顔を顰めた。
一方でユリウスは、あの菓子をかっぱらった時のリーンハルトを思い出していた。
そっくりだとは聞いていたが、確かにそのようだ。
いや、まだ敬語を使ってくれるだけリーンハルトの方がマシか?と、意外と冷静に。
「魔術師団の鬼才と名高い貴殿にお時間を頂戴するのは申し訳ないのだが、貴殿にとっても大切なことでしょうしね」
そしてにこやかな表情を作って腰を掛けた。
その態度にか言葉にか、それとも両方にか、何かがひっかかったように、ジークハルトは怪訝な顔をした。
魔術師団の天才、鬼才と呼ばれているジークハルトではあるが、貴族としての序列はたかだか伯爵家の令息。
しかしユリウスは侯爵家の者だ。
騎士団の副団長という立場もあり、普通に考えたらユリウスへのこんな態度が許される程に高い身分の人間ではない。
咎められても当然なのに、ユリウスはそれを許容したように見える。
この笑顔の裏にある、本当の真意は何か。
ジークハルトは訝しんだ。
「そう警戒しないで下さい。これでも仲良くしたいと思っているんですから。ジゼル嬢の兄上ですからね」
「兄上などと呼ぶな。それとジゼルの名も馴れ馴れしく呼ぶな。氷漬けにするぞ」
そしてジークハルトは、再び少しだけ左手に魔力を集めた。
そういえば彼は氷魔法を得意としていたなと、ユリウスは冷静にその左手を見た。
「他意はなかったのですが、気分を害されたのであれば失礼致しました。さて、本題に入りますが……。ジークハルト殿は妹殿の趣味をご存知で?」
そう言われてジークハルトは、ユリウスが大事そうに抱えていた包みをちらりと見た。
「ふん。知らぬわけがないだろう。貴族令嬢として宜しくないとでも言うつもりはあるまいな?」
「まさか。とても素晴らしい腕前ですね。毎日美味しく頂いております。ほら、これもそうなんです」
そう言って包みに視線をやるユリウスの表情に、ジークハルトは顔を顰めた。
この口ぶり、ジゼルの密かな趣味が菓子作りだと知っており、その上毎日食べているだと?
ジゼルが家族と使用人達以外に自分で作った菓子を振る舞うことなど、今までなかったはずだ。
一体なぜ……。
そんな表情のジークハルトに応えるべく、ユリウスは口を開いた。
「ふん、成程な。納得はしていないが辻褄は合った」
ジゼルから菓子をもらうようになった経緯を聞き、ジークハルトは一応ではあるが合点がいったようだった。
しかし納得はしていないとの言葉通り、これから先も菓子を受け取ることについては良く思っていなかった。
不愉快だという態度を隠そうともしないジークハルトに、ユリウスは一呼吸おいてこう切り出した。
「彼女が類稀な才能を隠していることは、ご存知ですか?」
「……菓子に付与された魔力のことか?」
それもそうですがと応え、知らないのであれば私が勝手に伝えるわけにはいきませんねともったいぶるユリウスに、ジークハルトは苛立って声を上げた。
「これ以上のことはジゼルのためにも、僕の口から言うわけにはいかない!知っているのならお前が吐け!」
つまり自分から口を割るつもりはないということだ。
どうやら本当に彼女のことを思い遣っているらしいとユリウスは考える。
「彼女は、静かに生きていきたいと考えている。それは間違いありませんね?」
「ああ。どこぞの馬鹿のおかけで悪目立ちしたのも嫌だっただろうがな」
そう厳しい視線をユリウスに向けると、ジークハルトはため息をついた。
「三年前のことは、その、すみません。……しかし、菓子作りは本当にお好きのようですね。僅かな表情の変化しか見せてくれませんが、それは分かりました。そして不器用ではあるがとても心優しく、とても向上心が高い。……彼女は、現状に満足しているでしょうか?」
「……だが、平穏に過ごしたいという気持ちを優先させたんだ。僕達がどうこう言うわけにはいかない」
今のやりとりで、ジークハルトはジゼルが菓子作りにおいて力を抑えていることを知っているのだと、ユリウスは理解した。
そこで一度にこりと笑う。
「ひとつ、私の提案を聞いてはくれませんか?」
ユリウスの提案を聞き、苦い顔をしながらもジークハルトは渋々頷いた。
シュタイン家の長男は次男と同じく見た目は温和な王子様なのに、見た目詐欺の失礼野郎だな。
そしてそんな曲者をも頷かせてしまう程に我らが副団長は恐ろしく弁が立つ。
……というか、菓子への執着がすごい。
一連のやり取りを眺めていたエリザは、そんなことを思っていたのだった。




