再会は転機?5
なぜここに?と思ったのは私だけではなかったようで、副団長さんやエリザさん、ゼンも驚いていた。
「ああっ!ジゼル、良かった……!!急に屋敷から気配が消えたから、心配したぞ!」
そんな唖然とする皆さんには目もくれず、ジークお兄様は私に飛びかかってきた。
「ほう、妹馬鹿と噂の双子の片割れか。話には聞いていたが、成程、これはなかなかのものだな」
そんなゼンのちょっと失礼な呟きは聞こえていないようで、ジークお兄様は私をひしと抱き締めたまま、良かった……良かった……と繰り返している。
「お兄様、落ち着いて下さい。正直、苦しいです」
力が強すぎてさすがに少し痛いので、やんわりと放してほしいと伝えれば、名残惜しそうではあるがゆっくりと腕を解いてくれた。
良かった、窒息死は免れたようだ。
ふうっと息をつき、眉を下げたジークお兄様の頭をよしよしと撫でる。
こうすると冷静になれるようで、私はお兄様達を宥める際によくこうしている。
すると、信じられない!といった様子で副団長さんとエリザさんが後ずさりしたのが視界の端に映った。
?
大の大人が!とか思ったのだろうか。
いや、確かにここはシュタイン家の屋敷の中ではない。
いくら屋敷内では日常的な光景だとしても、職場で小さい子供のような扱いをするのはさすがにまずかったのかもしれない。
それに思い至り、ぱっと手を放した。
「ジゼル……もう撫でるのは終わりか?」
するとジークお兄様が寂しそうな顔をした。
垂れ下がった耳と尻尾が見える気がするのだが、幻覚だろうか。
「ええ、一応ここは職場ですから。それよりもお兄様、なぜ私がここにいると分かったのですか?」
お兄様の寂しんぼ攻撃をさらりと躱し、私は気になっていたことを聞いた。
先程お兄様は、『急に屋敷から気配が消えたから、心配したぞ!』と言っていた。
しかしお兄様は王宮で仕事をしていたはずだし、屋敷にいる私がどこに行ったかなど知る由もないはずなのに。
「ふっ、ジゼルよ。僕を誰だと思っているんだ?」
“ただの妹馬鹿だろう”とまたまた失礼なことを呟くゼンだったが、否定はできなかった。
ものすごくドヤ顔をしているのもちょっとアレな気はする。
しかしこの口ぶりからして、恐らくお兄様は何かしらの手段で私の移動を知り、居場所を突き止めたのだろう。
「ふふっ、驚いているようだね。そう、僕はGPSを使っていたんだよ!」
「じ……?」
「じーぴーえす?」
聞き慣れない言葉に、副団長さんとエリザさんが思わず聞き返した。
そうよね、知らないですよね、この世界にそんなものがあるはずがないもの。
GPSとはすなわち、“Global Positioning System”の頭文字を取ったもの。
しかしそれは前世の科学の発展した世界で開発された位置情報システム。
科学ではなく魔法の発展したこの世界にそんなもの、あるはずがない。
それなのになぜ?と驚きすぎて何も反応できずにいると、ジークお兄様がふっふっと不敵に笑った。
「さすがのジゼルも驚いたようだな。GPS、すなわち“Giselle Positioning Search”、“ジゼルの位置探索”という魔法だ!これは僕が開発した新しい魔法で、僕にしか使えない!」
どやぁ……!とジークお兄様が胸を張った。
鼻がピノキオのように伸びている幻も見える。
それにしても魔法の開発、しかも前世のGPSとほぼ同じ性能の魔法を生み出すなんて。
“魔術師団の若き天才”と呼ばれているという話は伊達ではないようだ。
けれど……。
「ジゼルよ、そなたの兄は馬鹿なのか天才なのか良く分からんな」
私のうしろでゼンがぼそりと呟いた。
うん、私も丁度そう思ったところでした。
どう反応して良いのか分からなかった私は、とりあえずすごいですねと言っておいた。
お兄様は宙に浮くほど喜んでいたので、一応これで良かったのだと思う。
言葉の綾ではなく、本当に魔法でぷかぷか浮かんで見た目通り浮かれていた。
しかしそれも僅かの間だけで、すぐに着地し、ところでと笑顔で私の方を見た。
「ジゼルはここで何をしていたんだ?あれ程屋敷から出たがらなかったのに、瞬間移動とはいえ、こんなところに来るなんて」
その目は、笑っていなかった。
「え、ええと、それは」
まずい、GPSのことですっかり忘れていたが、何て説明しよう。
正直に話す?
いや、どう考えても面倒なことになるに違いない。
それなら誤魔化す?
ジークお兄様を誤魔化せるだけの話術が私にあるわけがない。
完全に詰んだ。
「それについては、私から説明させてくれ」
だらだらと冷や汗をかいて固まる私を見かねて、副団長さんがジークお兄様との間に入ってくれた。
私を背に庇うような形になったことで、お兄様の顔が酷く歪んだ。
「ふん、副団長か。そこをどいてもらおうか、これは家族の問題だ」
いやいやお兄様、表情だけでなく喋り方まで失礼ですよ?
その上、そこをどいてもらおうかって……一応私達はお邪魔している側なんですけど。
おまけにどうして家族のって強調する必要があったんです?
突っ込みどころ満載のジークお兄様に胡乱な目で冷たい視線を送るものの、それには気付いてもらえず、お兄様は副団長さんを睨みつけたままだ。
「いや、ジゼル嬢には私の我儘を聞いてもらっただけなのでね。私にこそ説明する義務があるだろう?さあジゼル嬢はそろそろ戻った方が良い。屋敷の者達が心配するだろうからね」
これは多分、めんど……いや過保護な兄へどう説明しようかと悩む私を助けてくれるつもりなのだろう。
ポールや侍女に何も言わずに出て来てしまったのは確かだし、説明するにしても私なんかよりも副団長さんの方が遥かに上手く伝えてくれるだろう。
お言葉に甘えてしまっても良いのだろうかと戸惑うが、副団長さんが私の方を振り向き、ふわりと微笑んだ。
「ここは任せて。ゼンと一緒にお帰り」
そう囁くと、副団長さんはゼンを呼んだ。
そしてゼンは頷くと、先程と同じように私を抱きかかえた。
「今日も美味しそうなお菓子、ありがとう。御礼状はいらないという君の気遣いも嬉しかった」
ゼンが瞬間移動する前に、そう言って副団長さんが少しだけ寂しそうに笑ったのが見えた。
 




