再会は転機?4
* * *
な、なにこの超絶美少女!!
情けない姿の副団長を急かしている時に、突然ゼン様が少女を抱いて現れた。
その腕の中の少女を見て私が思ったのは、“綺麗”のただ一言。
いやしかし、まじまじと見ても本当に綺麗な子だ。
年の頃は私よりも少し下だろうか、まるで最上級の絹糸のようなグレージュの髪、不思議な色合いの青みがかった藤色の瞳は長い睫毛に縁取られている。
緊張しているのか、無表情ともいえるその秀麗な美貌は、整いすぎていてまるで人形のようだ。
ゼン様と一緒だということは、もしや精霊?
そう思った時、驚いた様子の副団長の声が響いた。
「ジゼル嬢!?」
ジゼル?そういえば先程ゼン様もその名を口にしていたけれど……ひょっとして。
目を見開き、ゼン様の腕の中の美少女に視線を戻すと、抱かれていた体をゼン様に下ろしてもらっているところだった。
あの気難しいゼン様を呼び捨て……?
しかもゼン様もそれを受け入れているし、体に負担のないようにと気遣ってゆっくりと下ろしている。
美少女は私の予想通り、菓子作りのジゼル嬢で間違いなかった。
嬢と付けて呼んでいるあたり、彼女は間違いなく貴族、そして貴族令嬢のジゼル嬢とはこの国でただひとり。
“塩系令嬢”の名前で知られる、ジゼル・シュタイン伯爵令嬢。
社交界に姿を現したのはデビュタントただの一度のみ。
冷たすぎるという塩対応と共に、その美貌も有名になったという話を聞いたことはあったが、まさかここ最近副団長に菓子を作っていた女性が彼女だったとは……。
どうやら副団長は菓子の御礼状を毎日したためていたらしく、彼女は忙しい副団長に遠慮して御礼状は結構ですよと伝えに来てくれたらしい。
確かに無表情で愛想は無いが、言っていることはものすごくマトモだ。
この激務の中、こう言っては何だが御礼状だの何だの書いている暇があったら仕事を……いや、せめて効率を良くするための休息を取ってもらいたい。
その休息に欠かせない菓子はこれまで通り用意するが、御礼状は結構だという。
部下としては大変ありがたい内容である。
しかし副団長は、今日の分だという菓子の包みを差し出した彼女を見つめながら固まっている。
待ち望んでいた菓子が嬉しいのか、ジゼル嬢が目の前にいるのが信じられないのか、はたまた御礼状はいらないと言われてショックを受けているのか……。
微動だにしない副団長に痺れを切らしたゼン様は、菓子をもらってしまうぞと(副団長にとっては)衝撃的な発言をした。
するとジゼル嬢から菓子をひったくるような形になってしまったのだが、ジゼル嬢があわや転倒、というところでゼン様がその華奢な体を支えた。
……何だか恋人同士のようだと思ったのだが、どうやら副団長も同じことを思ったらしく、もの凄い顔をしてゼン様を睨みつけた。
あれ、副団長ってばもしかして……。
いやでも嫉妬する前に謝るのが先じゃない?
客観的に見ていた私がそんなことを考えていると、副団長もその考えに至ったらしく、すぐに顔色を変えてジゼル嬢に謝り始めた。
無表情で大丈夫ですというジゼル嬢は、怒っているのだろうか?
いやしかしゼン様の口ぶりではそういう感じではないような。
でもあの表情は一体……と首を傾げていると、副団長が今度は頭を抱えて小さくなってしまった。
……どうしよう、もうポンコツになってしまったわ。
疲れ過ぎておかしくなってしまったのだろうか。
やはり、先程のジゼル嬢の菓子が〜と言っているあたりで一度休ませた方が良かったのだろうか。
ああしかし、そんな壊れた副団長の姿に、ジゼル嬢も固まってしまっている。
ここは誰かが収拾をつけなければ。
「あっ、あの」
仕方がないと声を上げると、一同の視線が私に集まった。
はあ、副団長、ジゼル嬢に免じて今日だけですからね?
「ゼン様、こちらのご令嬢は……?」
戸惑う演技をした私の言葉に、とりあえず一応は皆が冷静になったようだった。
* * *
素敵……!
目の前の女性騎士は、私よりも少し年上だろうか。
高めのポニーテールの髪はサラサラで、黒い騎士服に薄い茶色がよく映えている。
その所作からは凛々しさの中に女性らしい細やかさも伺えるし、きっと優秀な騎士なのだろう。
「あの……?」
誰も口を開かないのに怪訝な表情になった女性騎士が上げた声に、はっと我に返る。
ほえーっと呆けた顔になっていなかっただろうか。
いや、こんな時でも私の表情筋は死んでいるはずだ。
普段はそれが悩みであるが、今回ばかりは無表情で良かったと思った。
「ふん、分かっているであろうに、白々しいぞ。この娘がジゼルだ」
なぜかふてぶてしい態度をとるゼンに紹介?されたので、挨拶くらいはせねばと一歩前に出る。
「申し遅れました、ジゼル・シュタインです」
そしてカーテシーをする。
今までほとんど披露の機会はなかったものの、貴族としてのマナーは一通り学んでいるため、一応恥ずかしくない程度には挨拶できたはず。
……顔は相変わらずだが。
「お噂はかねがね。私はバルヒェット副団長付きの騎士に任命されております、エリザ・フランツェンと申します」
エリザさんと名乗った女性騎士は、綺麗に騎士の礼をとった。
か、かっこいい……!
「はい、あの、よろしくお願い致します……」
とりあえず挨拶はできたものの、これ以上何を話したら良いのか分からない。
気恥ずかしくて視線を逸らしてしまうと、副団長さんがはあっとため息をついた。
「申し訳ない、迷惑をかけて。あまり人付き合いが得意じゃないって聞いていたのに。全く、ゼンもなぜジゼル嬢をこんなところに連れて来てしまったんだ」
戸惑っている私を庇ってくれたのだろう、でもゼンのせいじゃない。
ゼンはお菓子の感想を聞けなくなるのは寂しいという私の気持ちを考えて、ここに連れて来てくれただけだ。
エリザさんがいたのは予想外だったのかもしれないし、お仕事中だったのだから仕方がない。
それに元はといえば対人スキルがポンコツな私が悪い。
こうしてお時間を取らせてしまうのも申し訳ないし、もう帰ろう。
「いえ。すぐにお暇しますので、お気遣いなく」
さらりと言えば、副団長さんの顔が再び固まってしまった。
あ、また言い方を間違えてしまったかも。
ああ、やっぱり私は駄目だ。
自然と顔が俯いてしまう私を見て、ふむとゼンが口を開いた。
「ジゼルよ、先程我に話したように、素直に言ってみると良いのではないか?」
さっきゼンに伝えたみたいに……?
どことなく寂しそうな表情の副団長さんに、勇気を出して口を開く。
「その、毎日御礼状を頂くのはとても嬉しかったのですが、私などのために時間を割いて頂くのが本当に心苦しく……。ですが、お菓子の感想をもらえるのが本当に嬉しくて。それがなくなると寂しい気持ちもあるのだと伝えたら、ゼンが直接食べている姿を見て、感想をもらえば良いと連れて来て下さったんです」
やや説明口調な気もするが、一応なんとなく話せた気がする。
「美味しいって、笑ってくれる顔が見たくて。それで来てしまいました」
ぽつりと心のままそう紡げば、固まっていた副団長さんの目が大きく見開かれた。
「ジゼル嬢……」
そう副団長さんが私の名前を呼んだ、その時。
「ジゼル!?ジゼルはここかっ!!!!?」
「え、ジークお兄様……?」
突然開かれた扉の向こうから、なぜだか良く分からないが、魔術師団でお仕事中であるはずのジークお兄様が現れたのだった。




