再会は転機?3
* * *
「あ"あ"あ"あ"ぁ"!ゼンのやつ、遅くはないか!?くそ、あいつ、書類仕事の時は出番がないからとジゼルのところでのんびりしやがって!」
「落ち着いて下さい副団長、手が止まっていますよ。ほら、食堂の料理人に頼んでお菓子を作ってもらってきたんですから、ちゃんと働いて下さい」
その頃、ユリウスはエリザにせっつかれながら執務机に向かっていた。
料理人に作ってもらったという丸い菓子に目を向けるが、何の魅力も感じない。
エリザが気を利かせてくれたのだろうが、俺が食べたいのはこの菓子じゃない。
もっと俺を気遣うような優しい味がして、信じられないくらい美味しい、食べると元気が出るジゼルの作った菓子だ。
「これじゃない、これじゃないんだ……。早く、早く帰って来い、ゼン……」
しくしくと泣き出す上司に、エリザは今日もイラッとした。
全く、何だというのか。
確かにこの上司がとてつもない甘党であることも、それをできるだけ隠そうとしていることも知っている。
だから今までも激務が続く時は、今日のようにこっそりと料理人に頼んでお菓子を用意してもらっていた。
それを口にしながら、今までは何とか乗り越えていたのに……。
ここ半月程、彼の使い魔であるゼンがどこからか菓子を運んで来るようになった。
そしてその菓子を口にするようになってから、ユリウスは驚異的な体力で書類仕事をこなすようになった。
しかしそれがいけなかった。
そんなユリウスの働きぶりに目をつけた騎士団長が、ユリウスに仕事を押し付け……いや、任せるようになったのだ。
当然仕事が増え、彼の執務机には山のように書類が積まれるようになった。
ユリウスのせいではない、机に向かうのが性に合わないとほざく団長が悪いのだ。
そうは思うが、この騎士団には絶対的な上下関係が存在する。
そう、騎士団長の命に逆らえる者などいないのだ。
「きっとそろそろお戻りですよ。ほら、とりあえずこのお菓子を召し上がって下さい」
少し不憫になったエリザは、ユリウスの机に菓子の乗った皿を置いた。
何の変哲もない、ただ小麦粉と砂糖と卵を混ぜて焼いただけのパサパサした菓子だ。
仕方なくひと口かじったユリウスだったが、美味しくない……と項垂れてしまった。
「ジゼルの菓子が食べたい……」
そしてまたしくしく泣き始めた。
一体この状況は何なんだ。
そのジゼルとかいう女性が作った菓子には何があるのだろう。
ユリウスのこの様子、毒物の中毒症状のようではないか?
まさかとは思う、しかし最悪その可能性も考えて……。
そうエリザが考えた時、突然頭上からふたつの声が降ってきた。
「主、待たせたな」
「きゃあっ!」
そしてとんでもなく綺麗な女性を腕に抱いた人型のゼンが見事に着地したのを、驚きの表情で見つめるのであった。
* * *
「着いたぞ、ジゼル」
「ゼ、ゼン……。お願いですから移動先は地上にして頂けませんか?」
瞬間移動してくれるのはありがたいが、空中にいきなり飛ばされるのは心臓に悪い。
しかもお姫様抱っこで。
まさか自分が“お姫様抱っこ”などという単語を使う日が来るとは。
まあそのおかげでこうして無事に着地できたので、文句は言えないのだが……思わず叫んでしまった。
「ジゼル嬢!?」
ゼンの腕の中でほうっと息をつくと、大きな声で名前を呼ばれた。
はっとして振り向くと、そこには焦った顔の副団長さんがいた。
「あ、知らせもなく突然申し訳ありません。ゼン、ありがとうございます、降ろして下さい」
ゼンがゆっくりと私の体を降ろしてくれて、やっと地面に足をつくことができた。
「あの、お忙しい副団長さんに毎回御礼状を頂くのは申し訳ないとゼンに相談したら、ならば一緒に来れば良いと言われまして……。こうして来てしまいました」
どうぞとカスタード入りマドレーヌの入った包みを差し出す。
しかしすぐに受け取ってはもらえず、副団長さんはあんぐりと口を開けて固まっている。
半月ぶりに会った彼を見て、ああこんな顔だったなと思いつつも、やはり疲れた顔をしているなと心配になる。
しかし少しやつれた様子がまた彼の美貌を引き立てているようにも思い、美形とはすごいなと感嘆してしまった。
だがいつまで固まっているのだろう?
ここは私からもう一度声をかけた方が良いのだろうか?
だがまだ会って二回目なのに、馴れ馴れしくはないだろうか?
うう、コミュニケーション能力が皆無な私には難しい。
「はぁ、全く……。おい主よ、受け取らぬのならば我が全部もらうぞ?」
「はっ!そうはいくか馬鹿者!」
ひとりでぐるぐると考え込む私の様子を見て気を利かせたゼンがそう言うと、副団長さんはひったくるようにして私の手から包みを取った。
「きゃ……」
と、あまりの勢いに私の体が引っ張られてバランスを崩してしまった。
まずい、転ぶ。
そう思った瞬間。
「大丈夫かジゼル。主よ、力加減には気を付けぬとジゼルが怪我をするぞ」
なんとゼンが私を受け止めてくれた。
ありがとうございますとお礼を言って自分の足で立つと、真っ青な顔をした副団長さんが謝ってきた。
「す、すまないジゼル嬢。怪我はないか?」
「大丈夫です。申し訳ありません、私も油断しておりましたので」
「……ジゼルよ、その無表情だと、大丈夫だと思っているようには全く思えんぞ」
ああ、こんな時ににこりと笑えたら良かったのに。
どうやら私の表情筋は今日も全く仕事をしてくれていないようだ。
ゼンにそう言われてしまうと、地味に落ち込む。
「いや、今のは私が全面的に悪かった。ジゼル嬢が怒っても無理はない……」
副団長さんは頭を抱えて小さくなってしまった。
と、どうしよう。
私の無愛想のせいでお疲れの副団長さんがこんなことに……!
「……あの」
と、不意に知らない女性の声が室内に響き、反射的にそちらの方を向く。
「ゼン様、こちらのご令嬢は……?」
そう声を上げ驚いた表情で立っていたのは、凛々しい騎士服に身を包んだ、とても綺麗な女性だった。
 




