再会は転機?1
「主、そのジゼルの作った菓子、食べないのならば我にくれ」
「食べないんじゃない、最後のひとつを食べてしまうのが勿体なくてとっておいてあるんだ!お前にはやらん!」
ジゼルからフルーツタルトを差し入れてもらってから三日、ユリウスとゼンはこんなやり取りをしていた。
最後のひとつ、とはあのフルーツタルトのことである。
ジゼルはユリウス用にと六つ菓子箱に入れてゼンに言付けてくれた。
『ゼンと仲良く食べて下さいね』とのメッセージを添えて。
「“仲良く”とジゼルからの文にも書いてあったであろう。食えないのであれば、それこそ勿体ない。そのままだと腐ってしまう」
「魔術師団に行って時間停止の魔法をかけてもらったから大丈夫なんだよ。というかゼン、お前いつの間にジゼル嬢を名前で呼ぶようになったんだ!?許可は得たのか!!?」
「ああ、むしろ向こうの方から名前で呼んでほしいと言われたのだ。断る理由もないからな、ジゼルと呼んでいる」
「ムカー!!」
普段の紳士然としたユリウスからは想像がつかないほどに子供じみた発言を繰り出し、ゼンと幼稚な言い合いを繰り広げている。
しかしその実、これが彼の素の姿でもあった。
「副団長、使い魔との喧嘩はそれまでに。そんなことよりも、いい加減その書類の山を片付けて下さい」
そんなふたりの間に入ったのは、薄茶色の髪を高い位置で結わえた、ユリウス付き騎士のエリザ・フランツェンだ。
ジゼルの双子の兄と同じ二十一歳と若いが、四人の弟を持つ長女であるため、面倒見が良くしっかりとしたお姉さんという雰囲気だ。
深緑色の瞳には意志の強さが感じられ、こうして上司であるユリウスにも臆することなくはっきり意見を言う。
秘書としての能力も高く、その上剣の腕前もなかなかで、ユリウス付きの優秀な女性騎士として名を馳せていた。
「そんなことよりもとは何だエリザ!この件は私にとってとても重要なことなのだ!」
――――上司のこんな発言にも顔を顰めることなく、冷静に対応することができる。
しかしそれは表向きであって、男兄弟の中で揉まれてきただけあり、心の中では口汚く罵っているのだった。
いい歳をした男の菓子事情なんてどうでも良い。
しかも高度な時間停止魔法まで魔術師に使わせて、何やってんだあんたは。
今日もエリザは胸中でそう毒づいていた。
「エリザも食べてみたら分かる!ジゼル嬢の作る菓子の凄さが!!」
「じゃあ下さいよ、最後のひとつ」
「だが断る!」
ふざけるな、このクソ上司。
エリザはまた心の中で悪口を言った。
「……もう、分かりましたから。手さえキチンと動かして下されば文句は言いませんので、お願いします」
はあっと深いため息を零し、エリザは追加の書類を山の頂に乗せる。
その様子を見て、ゼンはユリウスをからかうように笑った。
「主、無理はするな。我がジゼルに言付けてやろう。“主は多忙ゆえ、しばらく礼状もしたためられん。なれば菓子もしばらく遠慮しよう”とな。ああ、我は書類仕事は手伝えんからな、我だけで行ってジゼルと茶でもしてこようか」
「そんなこと許すと思ってるのか馬鹿鳥!ちゃっかり茶飲み友達になってるじゃないかこの野郎!」
「副団長、ペンを持つ手は止めないで下さい」
しょうもない主従の喧嘩を止めることはしないが、仕事の手を止めることは許さない。
エリザはそうすることに決めたらしかった。
それにしても……とエリザは思う。
こんなにも気難しい精霊のゼンをも懐かせている、菓子の作り手、ジゼルとは一体何者なのだろう。
当然ながらその菓子を口にしたことはないが、今まで目にしたことのない菓子ばかりで、とても美味しそうに食べる一人と一匹の姿に、気にはなっていた。
「ジゼルという名前……塩系令嬢と有名なシュタイン家のご令嬢なら聞いたことはあるけれど……。まさかね、城下町の菓子屋にでも勤めている人でしょうね」
とりあえず菓子好きの副団長のために、王宮の料理人達にお菓子をお願いしに行こうかしらとエリザはため息を零すのだった。
* * *
副団長さんとゼンにフルーツタルトを作ってから三日。
ゼンからの要望通りにあのノートのお菓子を素直に作るのはさすがに躊躇われたため、ここ三日は比較的手軽に作ることができるお菓子を渡していた。
でも、副団長さんもタルトは思っていた以上に気に入ってくれたらしく、感激した!勿体なくて最後のひとつを食べられずにいる!との御礼状が届いた。
……さすがに腐ってしまうし、もう食べたよね?
しかし気になるのは、その御礼状が届く時間。
日に日に遅くなっていくのだが、やはり忙しいのではないだろうか。
律儀な副団長さんは毎日届けてくれるが、負担になるのならばお菓子を受け取ってくれるだけで良いと伝えるべきだろう。
「今日こそはゼンに言わないとね」
うだうだと悩んで今まで言えずにきたが、相手は国を守る騎士団を纏める立場の、お忙しい方だ。
貴族令嬢とはいえ、これ以上引きこもりの小娘に時間を割いてもらうのはやはり忍びない。
寂しいと感じてしまう気持ちに蓋をして、今日のお菓子は何にしようかしらと気持ちを切り替えるのだった。




