新作お菓子は誰のため?5
そうして一旦ゼンとは別れ、庭の野菜の手入れをするザックさんを手伝ったり執務をこなしたり、普段と同じようにして午前中を過ごす。
使用人達との昼食を終え、いよいよお菓子作りの時間となった。
「ジゼルお嬢様?今日は私の隣で作らないのですか?」
「え、ええと……。きょ、今日は思い付いたお菓子を試してみたくて。失敗すると恥ずかしいから、少し離れたところでこっそりやらせて!」
不思議そうに首を傾げる料理長と、私はしどろもどろに適当な理由をつけて距離をとる。
いつものように並んで作るのはさすがにちょっと。
普段作っているような素朴なお菓子とはやっぱり違うし、そんなの見たら料理長が黙っているはずがない。
みんなのお昼のおやつは同じような材料で別に作って、フルーツタルトは副団長さんとゼンの分だけにしよう。
……あと、私の分も。
私だって食べたいもの。
何を隠そう、私はお菓子を作るのも好きだが、食べるのも大好きなのだ。
ゼンや副団長さんのこと、言えないわね。
ふたりの輝いた顔を想像して、くすっと笑う。
不思議。
今までは家族や使用人のみんなの笑顔しか思い浮かばなかったのに。
今まで作ってきた、家庭的で素朴なお菓子だって心を込めて作ってきた。
目立たない程度に、みんなが少し考えれば思い付く程度に工夫して。
でも、本当は時間も手間もかけて、前世で身につけた技術も知識も、思い付いた新しいことも、惜しみなく使ってお菓子を作ってみたかった。
ゼンにあのノートを見られて、どうしようって思ったのは本当だけれど。
心のどこかで、こうして作ることができるのを喜んでいる私もいる。
「せっかくの機会だもの、ふたりに喜んでもらえるように一生懸命、楽しんで作ろう」
『君のそのお菓子作りが好きだって気持ちを込めて、楽しんで作るといいよ。それがきっとお菓子にも表れる』
恩人である、パティスリーの店長の言葉が蘇る。
あの優しい笑顔に会える日はもう来ないけれど。
『ジゼル嬢の作る菓子は優しい甘さで、私はとても好きだ』
流麗な文字で書かれた御礼状の言葉を思い出す。
きっと副団長さんも私のお菓子を食べて笑顔になってくれたはず。
ゼンだって、鳥の姿だから笑っているかどうかはよく分からないけれど、あんなに夢中になって食べてくれているのだもの。
もしゼンが人の姿だったら、笑顔を見ることができたはず。
そんな、私の作るお菓子で新しい笑顔に出会えることを嬉しいと、感じてしまった。
私にこんな機会をくれたゼンと副団長さんに、感謝の気持ちを込めて。
「まずはタルト台、パートシュクレからね」
室温に戻したバターをヘラでふんわりとした柔らかさになるまで練る。
ダマが残らなくなったら砂糖を加えて混ぜる。
大切なのは、急ぎすぎずそれぞれの材料がよく混ざるよう、しっかりと丁寧に混ぜること。
馴染んだら溶きほぐした卵を少しずつ加えていく。
バターと卵の水分は混ざりにくいので、慌てずゆっくり、少しずつ。
クリーム状になったら薄力粉とアーモンドプードルを入れて、ここからはさっくりと、粉気が無くなる程度に混ぜる。
混ぜすぎるとグルテンが出てしまうので気を付けて。
――――ああ、楽しい。
感情を表すのが苦手で人との関わりが下手な私だけれど、こうやってお菓子と向き合うのは好きだ。
生地の状態をよく見て、力加減を、タイミングをよく見計らって。
心を込めていれば、必ず応えてくれる。
「美味しくなってね。みんなを笑顔にしてくれる、ほっと癒やしてくれるタルトに仕上げるから」
ほろほろと崩れるサクサクの、ほのかに甘いパートシュクレになるように。
* * *
そんなジゼルの様子を、遠目で料理長は微笑ましく見つめていた。
試したいことがあるから、失敗すると恥ずかしいからこっそりやらせてというジゼルの気持ちは理解できた。
恥ずかしがり屋なところがあるお嬢様だ、そっと見守ってやろう、そう思った。
いつもお菓子を作るジゼルは楽しそうだった。
普段あまり変わらない表情が少しだけ動く。
それくらいに作ることが好きなのだろうと思っていた。
けれど同時に、どこか物足りなさも見受けられた。
それは、同じ料理人である彼だから気付けたのかもしれない。
これだけじゃない、もっとやりたいことがある。
挑戦してみたいことがある、そんな気持ちがあるのではないかと、なんとなくではあるが思っていた。
けれど、今日のお菓子を作るお嬢様はいつもと違う。
ただ混ぜているだけなのに、材料を加える様子も、ヘラの扱いも、丁寧で材料に合わせて変えている。
表情も、真剣だったり、柔らかかったり、楽しそうだったり。
ああ、きっと今までのお嬢様は何かを抑えていたんだ。
それを今は抑え込まずに、やりたいことをやって楽しんでいる。
伊達に何年も隣り合って料理をしてきていない。
「さて、今日の菓子は恐らく今までとは比べ物にならないくらいの素晴らしい出来になりそうだな」
魔法まで普段よりもふんだんに使って、さて何を作っているのやら。
幼いご令嬢に膝を折った、懐かしい光景が思い出される。
「ひと口で良いから、味見させてはくれんだろうか」
湧き上がる料理人としての興味を隠しきれず、ぽつりとそう呟いたのだった。
* * *




