新作お菓子は誰のため?4
翌朝。
朝食の席についた私の顔がどんよりとしていたため、お父様やお兄様達からものすごく心配された。
パーティー用のお菓子を考えていたらつい夜更かししてしまったのだと伝えれば、お兄様達は号泣して喜びながら無理するなと言ってくれた。
嘘は言っていない。
ちなみにあの後も、ゼンはその他にもたくさん描かれているお菓子の絵を見て、これは何だ作れるのかとつついてきた。
こんなのがあったらいいなぁっていう想像で描いたのだと誤魔化してはみたが……。
恐らくゼンには通用していないだろう。
副団長さんにまで話が伝わっているかもしれない。
「どうしよう……」
お父様達を見送った後、私は自室のソファでひっそりと項垂れた。
気を抜いてしまった私の自業自得とはいえ、まさかこんな風にバレてしまうなんて。
副団長さんは口の軽い、周りにベラベラと広めるような方ではないとは思う。
でも、私は彼のことをよく知っているわけではない。
つい十日程前に知り合っただけの人だ。
「そんな人じゃないって思いたいけど……」
信じ切れるだけの信頼関係はない。
これからどうしよう……と俯いていると、突然肩に何かが乗ったような気配がした。
「娘、何を落ち込んでいる」
「ゼン?ど、どうしたんですか?」
振り返れば、そこには綺麗な翼を収めて私の肩に止まるゼンがいた。
午前中に現れたのは初めてだ。
いつもは私が呼んだ時か、元々の約束の午後三時頃にしか姿を見せないのに、どうして?
「むう。悔しいが、主の言った通りかもしれぬ」
なんとなくだが、ゼンの表情が険しくなった気がする。
いや、それよりも気になるのは“主の言った通り”と言う言葉だ。
ひょっとして、私が昨日絵に描いたお菓子のことじゃ……。
「……副団長さんが何か言っていましたか?」
恐る恐るゼンにそう聞いてみると、ゼンはひとつため息をついて口、いやくちばしを開いた。
「娘、そなた恥ずかしがり屋なのだな」
「……はい?」
気の抜けた返事をする私に、ゼンはそう落ち込むなと励ましてきた。
「想像で描いた菓子の絵を見られて、恥ずかしかったのであろう?主が言っていた。ひとりで夢中になって描いていたものをそんな風に見られたら、そりゃあ動揺するだろうと。謝ってこいと言われてな」
……いや別に謝罪はいらないのだが。
「娘は感情が顔に出ないから分かりにくいが、あの時の顔色はおかしかった」
確かにひっそりと描いていたものを見られた恥ずかしさもないことはないが、この世界にないお菓子を知っているとバレたのではと、そちらの気持ちの方が強い。
「女性は繊細なのだと主に教えられた。それなのに、あの菓子の絵を見て何だかんだと質問攻めにしてしまって、すまなかったな」
私の内心を知らないゼンは、そう言って頭を垂れた。
か、かわいい……!
大型の鳥の姿をしているゼンだが、ぺこりと頭を下げる姿が何だか愛くるしい。
無性に撫でたい。
でも謝ってくれているのに、無遠慮に触れたら失礼かしら……。
撫でようとする自分の手をぷるぷるさせながら必死に我慢していると、ゼンは申し訳無さそうな表情をした。
「そんな、思い出して震えるほどに恥ずかしかったのか。いやしかし、あの絵の菓子は本当にどれも美味しそうだったし、見た目も心惹かれるものばかりだった。そのように恥じる必要はないぞ」
いや、それはちょっと違う。
あなたを撫でたい願望を必死に抑えているだけですと言って信じてもらえるかは謎だが、とりあえずゼンが悪いわけではないことだけは伝えておこう。
「頭を上げて下さい、ゼンが謝る必要なんてないですから。それに、美味しそうって言ってもらえて嬉しいです」
これは嘘じゃないし、言っても良いよね。
ただ絵に描いたお菓子達のことは忘れてもらえると嬉しいのだけれども。
「娘、そなた……」
おや?
なぜかゼンがぷるぷると震えだした。
「そなた、塩系令嬢などと呼ばれているらしいが、なんと心が広いのだ!我が知る貴族の娘とは、我儘で自己中心的な者ばかりだ。主は女性とは繊細なものだと言っていたがな。しかし娘、そなたはそんな女共とは違う」
どうやら感動で震えていたらしく、何やら力説し始めた。
「全く奴らときたら、我を見ると硝子細工の鳥籠に入れて飼いたいだの、お茶会の見世物にしたいだの、無礼なことばかり申す。主との仲を取りもてなどと冗談めいたことを言う奴もいたな。ふん、我も主も、そんな女を選ぶほど目が腐ってはおらぬ!」
おおお……。
どうやら貴族のご令嬢方とは色々あったらしい。
まあゼンも副団長さんも見た目がすごく良いものね。
美しいものを好む彼女達が側に置きたいと望むのも分かる気がする。
「我と主の好きな菓子を作ってくれて、ごうつくばりでなく、程良い距離感で接してくれる、娘のような者は稀少だ!頼む、昨日はとんだ無作法を働いてしまったが、これからも我らとの関わりを絶たずにいて欲しい!」
そしてゼンは再び思い切り頭を下げた。
いえ、副団長さんはともかく、意外と私はゼンと近距離で接したいと思ってますけどね?
先程も撫でたいのを頑張って我慢したくらいだし。
「そんなにかしこまらなくても。大丈夫です、怒ってなんていませんから」
申し訳なさそうにしているゼンの体に、ここぞとばかりに触れる。
ああ、毛並み最高。
ふわふわ、あったかい。
「今日もお昼からちゃんとお菓子を作ります。出来上がったら呼びますので、また取りに来て下さいね」
そしてどさくさに紛れて頭を撫でる。
ああ、かわいい。
ずっと撫でていられる。
内心でほわほわとしつつも顔は無表情の私に、それでもゼンはありがとうとお礼を言ってくれた。
よしよし、このままあの絵のお菓子のことについては触れずにいこう。
そんなことを考えていると、私と仲直りができたとほっとしたらしいゼンが、くちばしを開いた。
「うむ!ならば今日の菓子はあの“ふるーつたると”とやらを所望する!作れると言っていたであろう?」
「……あ、はい、ワカリマシタ」
だめだった。
こうしてお菓子の絵について誤魔化そうとするものの撃沈。
結局作る羽目になってしまったのだが……。
まあでもゼンとちょっぴり仲良くなれた気がするので、一品くらいなら仕方ないか……と深く考えるのを止めたのだった。




