新作お菓子は誰のため?3
夕食の後、入浴を済ませて部屋に戻る。
侍女達を下がらせひとりきりになると、ほっと肩の力が抜ける。
良くしてくれているみんなには申し訳ないのだが、前世の記憶が強く残っているためか、甲斐甲斐しく世話されることにはなかなか慣れず、落ち着かない。
そうでなくとも、友達は少なかったし、誰かがいる空間というのがどうしても緊張してしまう。
一緒にいてほっとできるのは……お父様くらいだろうか。
「前世でも、店長とならふたりきりでもリラックスできていたものね。不思議だわ」
何というか、お父様の側はすごく安心感がある。
それはきっと、彼の醸し出す空気というか、人柄にあるのかもしれない。
……お兄様達はいつも賑やかだから、安心感とはまた違った何かを感じる。
「そういえばゼンは今日は来ないのかしら」
いつもなら夕食の前に御礼状とお花を持って現れるのに。
この時間になっても来ないのは、初めてだ。
「……副団長さんも忙しいだろうし、仕方ないわね。来てくれるのが当たり前だなんて思っちゃいけないわよね」
ご厚意で毎日下さっているが、別に約束しているわけじゃないんだし。
与えられることに慣れてはいけない。
普通なら、こんな私の相手をしてくれるような暇な人ではないはずだもの。
なんだが暗い気持ちになってしまったが、気を取り直してパーティー用のお菓子でも考えよう。
もうすぐ、とは言っても、貴族とは誕生パーティーの準備にものすごく時間をかけるものなので、まだ二ヶ月以上時間がある。
先程少しだけ料理長と話ができたのだが、菓子類は私に任せてもらえることになった。
もちろん作るのは彼らの手も借りなくてはいけないが、アイディアは私に出してもらいたいと言われたのだ。
信頼してもらえている感じがして、とても嬉しい。
胸が温かくなるのを感じながら部屋の机につき、いつものノートとペンを取り出す。
とりあえず誕生日と聞いて思い付くお菓子の完成予想図を、そこにさらさらと書き記していく。
誕生日といえばデコレーションケーキ。
クリームとフルーツたっぷりで、マジパンでかわいく仕上げるとか。
あとはひと口サイズのタルトやシュークリームなんかも素敵だ。
フルーツをたくさん使って、色とりどりに飾れば、きっと見栄えも良い。
ボンボン・ショコラも良いよね。
中にガナッシュやプラリネを入れたり、ウイスキーを入れたり。
オランジェットもオシャレだ。
日本の有名なショコラティエのボンボンを食べさせてもらったこともあるが、口の中でとろりと蕩ける甘さが堪らなかった。
ああ、どうしよう。
あまり目立たないように、作るお菓子はできるだけ素朴なものだけにと抑えてきたが、こうして絵に描いてしまえば作りたくて仕方がない!
ああっ、悩ましい!と机に突っ伏すと、ひらりと一枚の紙が机から落ちてしまった。
ああ、中でも良く描けた舟型のフルーツタルトだわ。
サクサクのタルト生地に、たっぷりのカスタードクリーム、そしてその上に乗るのはかわいらしいフルーツの数々。
作りたいし、食べたい。
けれど、これはきっと、駄目なやつ。
「……誰かに見られる前に、片付けなきゃ。誕生パーティー用にはもっと違うお菓子を考えないと」
そう呟いた瞬間。
「見たことのない菓子だな。これは娘が考えたのか?」
耳に入ってきたのは、素晴らしく良い声。
がばりと身を起こして振り向くと、そこいたのは花と手紙を抱えたゼンだった。
「ほれ、主から預かったいつものやつだ。む。この絵に描かれた菓子はものすごく美味そうだな。娘、是非これを作ってくれ」
あああああ……。
「ゼ、ゼン。ありがとうございます、今日は随分遅かったのですね……」
その鉤爪に握られたものを受け取りながらそう応える。
見られてしまった。
いや、しかし話を逸らせばもしかして……。
「ああ、主の仕事が立て込んでいてな。して娘よ、この菓子は何という名前の菓子なのだ?」
ダメだ。
長年生きている精霊様が相手だ、そんな簡単に忘れてくれるわけがない。
「フルーツタルトです……」
そんなゼンを相手にすっとぼけることができるわけもなく、私は素直に答えた。
ああ、今日のお花はシャクヤクか。
私なんかには勿体ないくらい綺麗だ。
もうどうにでもなってしまえ、そんな気持ちでゼンの頭を撫でたのだった。




