新作お菓子は誰のため?1
「できたわ。……うん、お酒に漬けたフルーツが良い味出してる」
焼いた後少し冷ましたパウンドケーキをカットし味見をすると、ラム酒の香りがふわっと口の中に広がった。
バナナとフルーツ、二種類焼いたのだが、どちらも上手く焼けている。
「……副団長さんはどちらがお好みかしら」
「どちらも好きだと思うぞ」
ぽつりと呟けば、急に背後から渋い声で答えが返ってきた。
ゼンだ。
「ゼン、あなた最初はお遣い役が不本意そうでしたのに、呼ばなくても出てくるようになってしまいましたね」
「思いの外そなたの作る菓子が口に合うのでな。ちなみに我はそちらの酒の入った方がより興味がある」
副団長さんにお菓子を届けるようになって、はや十日。
いつの間にかゼンはこうして気安く会話をしてくれるようになった。
仲良くなりたいと思っていたので、望むところである。
それにコミュニケーション能力の低い私ではあるのだが、なぜだかゼンとは話をしやすい。
ゼンは精霊だし、人間とは少し違うからだろうか?
鳥の姿なのも緊張が解れるのだろう。
今日もつまみ食いをするのだろうなと、早速フルーツの方のケーキをひと口分だけ切り取ってゼンの前に差し出してやる。
するとすぐに嬉しそうについばんでくれた。
「うむ、今日の菓子も美味だな。主もきっと気に入る」
「そうだと良いのですけれど。すぐに包むので、もう少し待っていてくれますか?」
待ち時間の味見用にとニ種類のケーキをゼンの食べやすい大きさにカットして、お皿に入れて目の前に置いてやると、承知したと返事をしてゼンはまぐまぐと食べ始めた。
それを微笑ましく見つめながら、副団長さん用にと今度は少し厚めにケーキをカットしていく。
二、三日なら保つだろうし、少し多めに渡しても良いかもしれない。
彼のことだ、きっと喜んでくれるだろう。
あの日以来会っていない副団長さんを相手にそう確信できるのは、ここ十日間の彼の様子からである。
約束通り、私は副団長さんが屋敷を訪れた翌日からお菓子を届けた。
クッキー、カップケーキ、パンケーキにはちみつを塗ってサンドしたもの等、スタンダードなお菓子ばかりである。
とはいえ、味には自信がある。
そこは元パティシエとしての矜持があるからね。
副団長さんはそのどれもをとても気に入ってくれ、なんと毎日夕方頃に感想つきの御礼状を送ってくれるのだ。
『バターの香りがたまらない』『サクサクとした食感が好きだ。手が止まらなくてすぐになくなってしまった』『はちみつの甘さがふわふわのパンに馴染んで優しい味がした』など、毎回大絶賛。
『もっと多くても問題ない』とのリクエストまでいただいている。
しかもその御礼状には、いつも一輪の花が添えてある。
もしもそれが高価なアクセサリーや豪華絢爛な花束だったなら、私は受け取りをかなり躊躇っただろう。
実際、以前多くのお見合いを迫られた時は色々な贈り物をされた。
貴族の風習には慣れないわ……とげんなりしたものである。
しかし、花の一輪ならばなんの気負いもなく受け取れる。
部屋に飾るのも楽しいし、お菓子の感想をもらえるのも嬉しい。
正直、最初は無茶なお願いだなと思っていたのだが、このやり取りをする時間が心地良く思えてきた。
こうしてゼンが仲介してくれることで、外に出なくてはいけない億劫さとも無縁だし。
前世でもお客様の“美味しい”の声が、私にとってなによりも嬉しいご褒美だったもの。
うちの家族も毎日“美味しい!”とは言ってくれるけれど……。
そこは身内から言われるのと他人に言われるのとでは違うというか。
まあとにかく、当初の不安は杞憂だったようで、こうして生活を乱すこともなく穏やかに過ごせている。
ちなみに副団長さんにお菓子を届けていることは秘密にしている。
お兄様達に知られたら面倒なことになるに違いないもの。
知っているのは、副団長さんと話した時にあの場にいたロイドと、お父様だけだ。
たかがお菓子を渡すくらい報告することでもないかとも思ったのだが、私達ふたりとも貴族なわけだし、なにかあった時のためにもお父様には事情を伝えておくべきだと思い直した。
お父様は驚きこそしていたけれど反対する素振りはなく、『ジークとリーンに知られないようにしなさいね?』とだけ笑顔で言われた。
お兄様達に知られると厄介なことになるだろうとの認識は、どうやら共通だったようだ。
とまあそんなわけでお父様の許可を得ることもでき、毎日届けることが習慣になりつつある。
「うむ、今日の菓子は食べごたえがあったな。満足だ」
ぺろりと平らげたゼンのくちばしの横には、ケーキのくずがついている。
勢い良く食べていたものねと嬉しく思いながら、ついてますよとそっと手でくずを取ってあげた。
「む。すまない。さて、準備はできたか?」
「はい。今日は少し重いかもしれません。気をつけて下さいね」
そう気遣ったつもりだったのだが、ゼンはむっとして、これくらいなんでもない!とひょいとケーキの包みを持って翼を広げた。
「ではな。後ほどいつもの礼状と花を持って来ることになるだろう」
「ありがとうございます、お願いします」
そう言って手を振ると、ゼンの姿がぶわりと歪み、すっと消えていった。
「後ほど持って来る、か。すっかり恒例になってしまったわね」
毎回御礼状とお花を頂けるのは嬉しいが、負担になっていないだろうか。
“副団長”さんだもの、きっと忙しいよね。
お忙しいでしょうし結構ですよと言えば良いのだろうが、頂けるのが嬉しいから断りたくない気持ちもある。
「後でゼンに聞いてみようかしら。忙しいのに毎回用意するの、面倒に思われていないかしらって」
もし面倒だ、止めたいと言われたらどうしよう。
そう思うと聞きたくないような気もする。
「……こんなことで悩むなんて、変なの」
家族でも身内でもない、それほど親しくもない他人の評価は本心であることが多い。
そんな“他人”である副団長さんが、私の作るお菓子を美味しいと言ってくれている。
それが、嬉しい。
「……明日は何を作ろうかしら」
今日も夕方に御礼状を持って来てくれるだろうか。
今日のお花は何だろう。
今日のケーキにどんな感想をくれるのか、ドキドキする。
そんな温かい気持ちを胸に、私は残りのケーキをカットし始めるのだった。




