三『悪夢へのタイムリミット』
「おっ、あったあった」
茂みの中でボールを見つけ、こびり着いた土や落ち葉を手で払った。
「二人ともー、あったぞー」
林田の声に海原と赤松が反応する。
「何処にあったんだ?」
「そこに転がってたぜ」
「そうか。じゃあボールも見つかった事だし校庭に戻るか」
当初の目的を果たし、三人は校庭に戻ろうと後ろを振り返ると──
バサバサバサバサバサ
「うわぁ!?」
鳥が飛び立った。旧な出来事だった為、ボールを持っている林田は腰を抜かし、地面に尻餅を付いた。
「おいおい何やってんだよ」
「悪い悪い。ちょっとビックリしちまって」
海原が林田に手を差し伸べ、身体をゆっくりと起こす。
(……カラス?)
「健二、どうした?」
「いや、なんでもない」
* * * * *
同時刻、校舎内一階の理科室にて琴音と三河が理科用実験台を挟んで座っていた。二人の手前には紅茶が注がれたティーカップが置いてある。
「飲まないのかい?」
三河はティーカップを手に取り、一口だけ紅茶を口に付けると、猫舌だからなのか小声で「あちっ」と生体反応をした後、ティーカップを置いた。
「あ、はい。いただきます」
琴音はティーカップを持つと、ゆっくりとそれを口まで運んだ。
(いい匂い……ダージリンかな?)
「石蕗さんは……」
紅茶の僅かな匂いを楽しんでいると、三河は緊張感を持ちながら話を切り出した。
「あそこで何をしていたんですか?あの小屋で」
「……何と言われても、私には分かりません。ただ、気付いたらあの小屋の前に」
「気付いたら?」
「はい」
三河は琴音の返事に渋い顔をすると、目線を一度左へずらし、言葉を発す。
「……そうですか。……では、暫く部活動は休みです」
「え?」
「あのプレハブ小屋は二学期が始まるまでには撤去します。いいですか?それまでは部活動は原則休み。学校にも来てはいけませんよ」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「くそっ!!」
金属の鈍い音を響かせて、バケツが数回地面を跳ね、海原の足下に転がって止まった。
「おいおい物に当たるなよ」
「──っ、いやだってよ、お前達は納得出来るのか?いきなり部活停止なんて……俺は認めねえぞ。今からでも教頭の野郎に」
林田はこういう男だ。自分に不都合が生じる事はどんな手を使ってでも変えていく。強引で力任せ、それが彼の良い所でもあり悪い所でもある。
「まあ落ち着け。前みたいに廃部になる訳じゃないんだ。ここで面倒事起こすより、今は大人しくしていよう」
「でも!」
秋には県大会がある。その大会には他校との合同で出場する為、少しでも練習量が減れば、連携が取りずらい三人にとってはスタメンから外される可能性が出てくるのだ。
「海斗の言う通りだよ……。それに、部活が出来なくなったからって、練習が出来ない訳じゃない。この山を登るだけでも足腰は鍛えられるし、ボールを触りたければ、人がいない場所でドリブルの練習をすればいい」
「……まあ、そうだな」
赤野の言葉巧みな理論に林田は押し負けた。
「でも、シュートはどうすんだよ。シュートは?」
「え?」
「それに、俺はキーパーだぜ。一人じゃ練習出来ないだろ」
「そ、それは…」
確かに、赤野の出した案では林田は練習出来ない。それを突かれ、赤野はいつもみたく目の焦点が合わなくなり、身体中が熱くなる感覚に襲われる。
「だったら今週末、町にある河川敷のグラウンドを借りるか」
「あっ、確かに。あそこならゴールネットもあるし、思う存分サッカーが出来る!!」
赤野の口が止まった所で海原が助け舟を出した。これには林田も賛成し、チームに亀裂ができるのは阻止できた。ただ、この状況でも琴音はドリンクを作りながら自分には関係ないとばかりに静観していた。
「………兄貴なら」
問題が解決し、海原と林田が練習再開までに休憩をしている時、赤野は下を向いてボールを蹴っていた。それも、雑に八つ当たりするように。
「どうしたの?」
それに見兼ねて琴音が赤野に近付いて声を掛ける。琴音の身長が赤野より僅かながらに高い事もあり、琴音にとってはあの海原や林田よりも気楽に話せる相手だ。
「……別に、何でもない」
しかし、それが赤野のコンプレックスにでも触れたのか、琴音と顔を合わせる事なく遠くへボールを飛ばし、それを取りに行くという理由を付けて琴音から遠ざかった。
「おーい、そろそろ練習再開するぞ。時間ないんだし、二人とも戻ってこーい」
海原の声が山彦となり、周囲に響き渡った。
児玉する声に反応し、琴音と赤野はグラウンドの端へと歩く。この時、プレハブ小屋から一個のサッカーボールがゆっくりと転がり、それが偶々近くにいた林田の踵に当たった。
「……おっ!ラッキー、ボールじゃん!」
「どうした?」
「いやさ、その小屋からボール出てきたんだよ。ちょっと古臭いし、ボロボロだけど、洗えばまだ使えんだろ」
「そうだな。部費の節約にもなるし、練習終わったら洗っとくか」
林田と海原が小屋の前から去り、練習を再開する為に赤野と琴音の方へ歩き出した時、校庭から白いバン──三河の車が出て行った。
それと同時に小屋の中に住み着いていた数十匹の鼠が一斉に小屋を飛び出して何処かへと消えていった。
そして、空は夕闇色に染まる。