バイノイト
「城壁が高いな」
「そうね。この城壁で昔から自分たちを守ってきたのね」
セリオンとエスカローネはバイノイト(Beineuth)の城壁前に到着した。
バイクのメルツェーデス(Mercedes)は亜空間収納にしまう。
「さあ、まずは宿を探そう」
「ええ」
セリオンとエスカローネはいくつかの宿屋のうち「黒ワシ」という宿屋を選んだ。
セリオンはいつもエスカローネのことを考えて、シャワー付きの宿にしか宿泊しない。
「黒ワシ」を選んだのはシャワーのほかにいい食事がついてくるからだった。
「すいません」
セリオンが受付嬢に言った。
「はい、宿泊をご希望ですか?」
「そうです。とりあえず、三日ほど泊まりたいんですが」
「わかりました。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
「セリオン・シベルスクです」
「何名様になりますか?」
「二名です」
「はい、受付は終わりました。何か聞きたいことはありますか?」
「そうですね。バイノイトで観光できるところはありますか?」
「はい。あさってに『バイノイト国際音楽祭』が開かれます。今、各地から音楽祭のためにそれを聞こうとして人々が集まっています。うちの宿屋でもいつもより多くの人々が泊まっていますよ。また、市内にはネッカウ川 (Die Neckau)が流れていて絶好のビューポイントもあります。さらに「シュターツ・オーパー (Staatsoper)」――国立歌劇場ではマイスター・ルービンシュタイン監督 (Meister Wilhelm Rubinstrein)のオペラを見ることができます。よろしかったらそちらも訪ねてください」
受付嬢はにっこりとほほえんだ。
「そうですか……ありがとうございます」
「いいえ、バイノイトを楽しんでください」
セリオンはエスカローネのもとにやってきた。
「どうだった?」
「ああ。あしたオペラが開かれるらしい。良かったら行ってみないか?」
「オペラが? ふーん、そうね。ただ泊まるだけじゃもったいないから、いっしょに見に行きましょうか」
その日セリオンたちは「黒ワシ」に泊まった。
セリオンは次の日、昼にパンを買いに出かけた。
午後からはシュターツ・オーパーに行く予定だ。
セリオンはパン屋に入ると、さして迷わずに目当てのサンドイッチを買った。
都市内ではいろいろな国の言葉が聞こえた。
各地から人々が集まっているらしい。
セリオンは「黒ワシ」の受付嬢が言っていたことを思い出した。
「確か、国際音楽祭があるんだったか……それも見に行ってみるのもいいかもな」
「すいませーん! お花はいかがですかー?」
「ん?」
そこに花売りの少女がいた。
観光客相手に花を売ろうとしている。
「あなたも都の観光客ですか?」
少女がセリオンに尋ねた。
「いや、偶然立ち寄っただけだ」
「そうですか。ところで、お花はいかがですか?」
「花か……いくらだ?」
「五クロイツァーになります」
「わかった。五クロイツァーだな。その黄色い花をいただこうか」
「はい。ありがとうございます! どうぞ!」
少女はセリオンに黄色い花を手渡した。
「ありがとう。ところで花はよく売れているのかい?」
「そうですね。観光客が多い時はよく売れますね。バイノイトの花は珍しいそうです」
「そうか。花が売れるといいな。それじゃあ」
セリオンはその場を後にした。
エスカローネは銀行に行って、おカネをおろしてきた。
銀行はそんなに混んではいなかった。
銀行にはセリオンとエスカローネの給料が振り込まれていた。
二人ともテンペルの戦士ということもあって、収入には余裕がある。
エスカローネは大通りを歩きだした。
ふとそこに、ある人影を見つけた。
「!? サタナエル!?」
それはサタナエルだった。
「フフフ……安心しろ、エスカローネ。これは幻だ」
頭では幻とわかっていても、エスカローネは戦いの構えを取っていた。
「あなたは何を考えているの?」
「フッ、私はセリオンと決着をつけたいだけだ。それが私が勝つか、私が負けるかはわからないがな」
「どうしてあなたは私の前に現れたの?」
「セリオンに伝えるがいい。国際音楽祭で、何かが起こると」
「国際音楽祭で?」
「その通りだ。ではさらばだ」
そう言うと、サタナエルの幻は消えた。
宿屋「黒ワシ」にて。一階のテーブル席でセリオンは買ったサンドイッチを並べてエスカローネの帰りを待っていた。
そこにエスカローネが現れた。
「エスカローネ、おかえり」
「ええ、セリオン。ただいま」
「さあ、昼食にしようか。? どうした?」
「その……サタナエルに会ったわ」
「サタナエルに!?」
「ええ。サタナエルは言ったわ。国際音楽祭で何かが起こるだろうって」
「音楽祭でか……これは音楽祭に絶対に行かなくてはならないな。そうか……知らせてくれてありがとう。さあ、食事にしよう」
「そうね」
二人はサンドイッチを食べ始めた。
「あら? この卵がサンドされたのはおいしいわね」
「こっちの肉がサンドされたのもおいしいぞ」
「失礼します。こんにちは」
「こんにちは。いかなる用事でしょうか?」
受付嬢が笑顔で答えた。
「セリオン・シベルスクさんを探しているんですが……?」
「セリオン・シベルスクさんならほら、あそこのテーブルで食事中ですよ」
受付嬢が手で、セリオンを指さした。
「ありがとうございます」
「? ん? 君は花をくれた少女じゃないか。どうしたんだ?」
「こんにちは。私の名前はミカエラ(Michaela)といいます。あなたがセリオンさんだったんですね」
「ああ、そうだが。どうかしたのか?」
「あなたに依頼があって来ました」
「? どんな依頼だ? あいにく俺たちには時間がない。依頼の内容によっては断ることもある」
「お時間は取らせません。実は、私はユラの花が欲しいんですが――ユラの花は高く売れるんです――近くの森に咲いているんですが、魔物が出るので、護衛としてついてきてほしいんです。私の母は病気を患っていて、それで薬が必要なんです。それで薬を買うおカネを手に入れるためにユラの花を手に入れたいんです」
「そうか……今日の夕方にはシュターツ・オーパーに出かける予定があるんだ。残念だが……」
「セリオン、引き受けてあげたら?」
「? エスカローネ?」
「夕方にはまだ時間があるし、そんなに時間がかかるとは思えないわ」
「私の依頼……受けてもらえますか?」
「しょうがないな。でも夕方になる前に帰るぞ? それじゃあ、出発しよう、ミカエラ」
セリオンはため息をつきつつ、立ち上がった。
「はい! よろしくお願いします!」
近くの森にて。
森は薄暗かった。
ミカエラの言う通り、周囲には魔物の気配があるようだった。
セリオンは巧妙に進路を変えて、魔物と接触しないように歩いた。
「あった! 白いユラの花!」
ミカエラがユラの花を見つけた。
「ふーん。白い花なんだな。それにきれいだ。純白だ」
そこに魔物の気配を感じた。
「!? 気をつけろ、ミカエラ! 魔物が近寄ってくる!」
「え?」
ミカエラはぼうっとした。
思考がついていかないらしい。
前方の茂みから赤い体をした魔物が一匹現れた。
それはオーガだった。
セリオンは大剣を出した。
セリオンはミカエラを守るように立ちはだかった。
オーガは大きかった。
セリオンは一気にオーガに接近するとその首をはね飛ばした。
オーガはあっさりやられた。
「……すごいですね。あんな魔物を一瞬で倒すなんて」
「さあ、ぐずぐずしていないで市内に帰るぞ?」
「あっ、はい!」
ミカエラとセリオンはツンフト(Zunft)=ギルドを訪れた。
ミカエラはツンフトでユラの花を売った。
売値は500クロイツァーだった。
その後、セリオンはミカエラの家についていった。
「ああ、ミカエラや。どこに行っていたんだい?」
「お母さん、ただいま! はい、これは薬だよ!」
「ありがとね。げほげほ……薬をいただくよ。おや? そちらの方は?」
「俺はセリオン。ミカエラに雇われた」
「ユラの花を手に入れるために、ボディーガードになってもらったの。すごかったよ。セリオンさんは一瞬で魔物を倒しちゃったんだから」
「ああ、ミカエラ! そんな危ないことを!」
「だってそうしないと薬が買えなかったんだもん。セリオンさん、お茶を入れるね」
「いや、いい。俺はこのまま帰る。今帰るとちょうどシュターツ・オーパーに行けるからな」
「そう……ボディーガードありがとう、セリオンさん!」
「ああ、じゃあな」
セリオンはミカエラの家から去っていった。
セリオンは「黒ワシ」に帰ってきた。
「あっ、セリオン。帰ってきたのね」
エスカローネはテーブルに座って本を読んでいた。
「ちょうどいい時間か。エスカローネ、シュターツ・オーパーに行こう!」
二人はシュターツ・オーパーを訪れた。
二人は二階の席に座った。
二人はオペラ「青い騎士」を見た。
主人公は青い騎士「ラインツ(Reinz)」
ラインツは旅をしていた。
ラインツは突然オロチに襲われた。
オロチは毒の息をはいた。
ラインツは苦戦しつつも、何とかオロチに強烈な一撃を与え、オロチを退ける。
ラインツはのどの渇きを覚えて、泉に行った。
そこで彼は一つの神秘を見た。
それは女性の裸だった。
その女性はフィリーネ(Philine)という名前だった。
ラインツは力尽き倒れてしまう。
フィリーネはラインツを看病し、ラインツは目を覚ます。
ラインツは再び旅に出る。
ラインツの前に、雷鳴を伴って、「夜の女王 (Die Königin der Nacht)」が現れた。
「夜の女王」はラインツにツァラストラ(Zarastra)という男を倒してくれるよう頼んだ。
ラインツはツァラストラがいるというニュルンベルク(Nürnberg)王国を訪れる。
ツァラストラは月の神殿にいた。
ラインツはツァラストラと対決した。
そこにフィリーネが現れた。
フィリーネはツァラストラの養女だった。
すべては夜の女王の策謀だった。
ラインツはツァラストラから「聖剣」を手に入れる。
ラインツは夜の女王を倒すため、アッシュリア荒原を歩いた。
そこでラインツはあのオロチと再び対決した。
ラインツは聖剣の力でオロチを倒すことに成功する。
夜の女王「セミラミス(Semiramis)」は空中庭園にいた。
ラインツは聖剣に導かれるままに空中庭園に赴く。
ラインツとセミラミスは対決する。
聖剣の力によって、ラインツはセミラミスを倒す。
その後、ラインツはフィリーネのもとに帰り、二人は結ばれる。
これがオペラ「青い騎士 Der Blaue Ritter」である。
オペラが終わると、盛大な拍手が巻き起こった。
セリオンとエスカローネも拍手した。
二人は黒ワシに帰ると、パンとスープの軽めの夕食を取った。
バイノイト国際音楽祭当日――
花火が打ち上げられ大きな音がした。
音楽堂ではオットー・ヴァーグナー(Otto Wagner)市長が演説しようとした。
セリオンとエスカローネもその日は音楽堂にいた。
「紳士淑女の皆様。本日は一年に一回開催される国際音楽祭です。この日のために各地から楽団がこのバイノイトに集まってこられました。今年も国際的な大イベントとなって音楽祭が営まれることを私は願っております」
市長の演説はこの後も続いた。
市長が退席すると、さっそく演奏が始まった。
まずはバイノイト・フィルハルモニーの演奏だった。
各楽器が一流の楽士の手によって奏でられた。
すばらしい音楽だった。
セリオンもエスカローネもそう思った。
「…………」
「? セリオン?」
「……ああ、サタナエルが何を起こすか気になってね。音楽を聴いていたいんだが集中できないんだ」
音楽堂は音響効果が計算されて作られていた。
「このまま、何も起きないってことはないだろうな」
「サタナエルは何をするつもりかしら?」
「さあな。どうせ音楽祭をぶち壊す方法でも考えているんだろうさ」
「フフフ……音楽祭か。まさに平和の祭典だな。さて……そのイベントはこの私によって破壊される。人々は逃げ惑うがいい」
サタナエルは聖堂の塔の上で言った。
「いでよ、ワイバーン! この都を炎上させるのだ」
上空に大きな魔法陣が出現した。
それは白かった。
その中からワイバーン――飛竜が次々と現れた。
四体のワイバーンが現れた。
赤いワイバーン一体と緑のワイバーン三体だった。
音楽祭はきゅうきょ中止になった。
セリオンとエスカローネはワイバーンのもとへと急いだ。
ワイバーンはバイノイトの「歴史的建造物」に炎をはきかけて炎上させていた。
人々は逃げ惑い、群衆と化した。
ヴァーグナー市長は市民や人々の退避を指揮していた。
「落ち着いてください! 押さないでください! 恐怖に負けてはいけません! 秩序を保ってください!」
ヴァーグナー市長は大きな声で非難を誘導した。
「これ以上好きにやらせるか! 蒼波刃!」
セリオンが蒼気の刃を放った。
ワイバーンたちはすばやく身をこなしてかわした。
ワイバーンたちは滞空してセリオンを見た。
どうやら敵と認識されたらしい。
「エスカローネ、俺はあの赤い奴をやる。君は緑のワイバーンの相手をしてくれ!」
「わかったわ!」
エスカローネはハルバードを出した。
緑のワイバーンはエスカローネに炎をはきかけてきた。
「くらわないわ!」
エスカローネは金光の壁を作って、炎の息をやり過ごした。
ほかのワイバーン二体も炎の息をはいてくる。
エスカローネは金光壁で耐えた。
「今度はこっちの番よ!」
エスカローネは金光の力を集めて、ワイバーンを狙って砲撃した。
三体のワイバーンは巧みに回避した。
「聖光連矢!」
エスカローネは聖なる光の矢をワイバーンに向けて撃った。
それは一体のワイバーンに命中し、落下させた。
エスカローネはそのワイバーンに狙いをつけた。
エスカローネは大聖光矢を射た。
大きな矢が一体のワイバーンに命中し絶命させる。
もう一体のワイバーンが上空から炎をはいてくる。
エスカローネは金光砲を撃ち、一体のワイバーンを撃墜させる。
エスカローネは残りのワイバーンを金光砲で狙ったがなかなか狙いが定まらない。
ワイバーンが地上に突進してきた。
エスカローネはそのワイバーンと交差した。
エスカローネのハルバードは光輝いていた。
ワイバーンは地響きを立てて地すべりした。
一方、セリオンのほうは――
赤いワイバーンは空中を旋回しながら炎を吹きかけていた。
セリオンは蒼気で炎の息をやり過ごしていたが、決定打を打てないでいた。
「……接近してはこないか。厄介だ。どうやらあいつは頭がいいらしい。指揮官タイプか」
セリオンは反撃にと蒼波刃を出すが、あっさりとかわされる。
赤いワイバーンは接近してこなかった。
どうもセリオンの力量を推し量っているようだった。
赤いワイバーンはセリオンを見て、接近は危険と判断したのだろう。
しかし、ワイバーンの側から見ても炎はセリオンに届いていない。
双方、打つ手が見つからない。
突然、赤いワイバーンはセリオンに接近してきた。
遠くから炎をはくだけではセリオンを倒せないと判断したのだろう。
セリオンに近づきつつ短く炎を吹き付けてくる。
セリオンは蒼気で炎を斬る。
赤いワイバーンは地面に着地すると、多連・火炎槍を放った。
炎の槍が戦場を飛び交う。
火炎槍はセリオンにとって見慣れた魔法だった。
炎で貫くべき火炎の槍が飛来する。
セリオンは飛来してきた火炎の槍を、蒼気をまとわせた大剣で斬り払う。
赤いワイバーンは灼熱の息をはいた。
これは炎の息よりも上位の強力な攻撃だ。
セリオンは全力の蒼気で息を斬り裂きつつ、赤いワイバーンに接近した。
そしてセリオンは蒼気凄晶斬でワイバーンの首を切断した。
セリオンとエスカローネはヴァーグナー市長から感謝状をもらった。
それにいくらかのおカネもいただいた。
音楽祭はワイバーン討伐後再開された。
セリオンとエスカローネは音楽祭を最後まで堪能することができた。
二人は次の日の朝。バイノイトから去った。次の目的地はゴルディヒ王国だ。