フィリア
総合演習は終わった。テンペルは平常業務に戻った。
今回の演習は二日間だった。激しい展開だった。
演習の総司令官はヒッポクラート将軍だったが、この人物は闘将として有名だった。
テンペルでは一週間の休暇が与えられた。テンペルの平常業務はもちろん訓練である。
テンペルは「宗教軍事組織」であり、かつ「信仰共同体」でもある。テンペルは軍事組織でもある以上、訓練や演習はいつものことなのである。また、平常業務には式典など宗教的なことも行われる。
テンペルは宗教と軍事の二つを担っている。休暇が明けると、そうそう集団で行われる訓練があった。
山岳登山訓練である。
ただ山を登るのではない。背のうを重くして、それを背負って山を登るのである。訓練の中ではかなりきついほうに属する。登る山はファイオス Feios 山で、セリオンとアリオンも参加していた。
「どうだ、アリオン? きついか?」
「はあー…… そりゃ、きついに決まってるじゃないか」
「ははは、俺も慣れるまではきつかったからな」
セリオンが笑いながら言った。
「でも、大人と同じ扱いをしてほしいんだろう?」
「ああ、そうさ! でも、今の俺の体格にはこの背のうは合ってないんだよ。大人向けのサイズだろ、これ?」
「? なんだ…… 弱音を吐くのか?」
「そうじゃないさ! このぐらいどうってことないぜ! 俺だっていつまでも子供じゃないんだからな!」
アリオンが激を飛ばした。訓練部隊は今現在休憩中だった。
背のうを下ろして、騎士たちは地面に座り込んでいた。そこに、少し近くから悲鳴のようなものをセリオンは聞いた。
「きゃああああああ!?」
「!? なんだ!?」
セリオンは周囲を見わたした。
「? セリオン?」
「確かに悲鳴が聞こえた! 近くだ! 俺は行くぞ!」
セリオンは悲鳴が聞こえた方向に進んだ。セリオンはとっさに現場に駆け付けた。
「あ、ああああああああ…… !?」
「グルウウウウウウウ!」
そこには長い爪を持つ熊「爪熊」と十八歳くらいの少女がいた。少女は地面に座り込み、おびえていた。爪熊の目が光った。それは獲物を見る目だった。
「待て! そこまでだ!」
セリオンは大剣を出し、少女と爪熊のあいだに踊り出た。
「爪熊か…… 確かその長い爪で風の刃を操るんだったな」
セリオンはこのモンスターのことを知っていた。テンペルの教育で習ったことがある。
爪熊は狙いをセリオンに定めたようだった。セリオンは光の大剣で、爪熊の風の刃を受け止めた。
セリオンは光の大剣を振るった。セリオンは爪熊の腕を切断した。爪熊から血が吹き出る。
「とどめだ!」
セリオンは光の大剣で爪熊の頭部を切断した。爪熊は茶色の粒子と化して消滅した。
「ふう…… 大丈夫か?」
セリオンは少女のほうを見た。少女はペタリとへこんでしまった。
「少し、驚かせてしまったかもしれないな。立てるか?」
セリオンは少女に手を差し出した。
「あ、はい…… ありがとうございます……」
セリオンは少女の手を取って、少女を立たせた。少女はピンク色のワンピースに、赤いジャケットを着ていた。髪は長い茶色で、瞳の色は緑だった。
「俺はセリオン。セリオン・シベルスク。テンペルの騎士だ。君はいったい何者だい? その魔力から、人間とは違うと思うが?」
「はい」
少女はうなずき肯定した。
「私はフィリア Philia と申します。私はあなたが言った通り人間ではありません。ニンフです」
「ニンフ…… 精霊に近い種族か?」
「はい、そんなところです」
「そのニンフがいったいどうして山を下りてきたんだ?」
「えっと…… 私はテンペルに行きたくて、山を下りてきたんです」
「テンペルに? …… まあ、いいか。とりあえず、俺が君を保護する。ニンフは里で暮らしていると聞いたが、本当か?」
「はい、そうです」
「なら俺が里まで送ろう。歩けるか?」
「あ、はい。私は歩けます」
「じゃあ、里まで案内してくれ」
セリオンはフィリアをニンフの里まで送って行った。ニンフの里にはほんの数分で着いた。ニンフの里は木造建築でできた家に、木々が生い茂っていた。里の入口に一人女性が立っていた。
「フィリア! 心配したのですよ!」
この女性は年齢が三十歳くらいだろうか。流れる金髪をしていた。
「里長…… フィリア、ただ今戻りました」
「と、あなたは? 人間ですね?」
「ああ、そうだ」
「変ですね…… あなたからは超自然的な息吹を感じます……」
「失礼ですが、あなたは?」
「失礼しました。私は里長をしております、ヘクバ Hecuba と申します」
「俺はこの子が爪熊に襲われそうになっていたところを助けて、里まで送ってきたんだ」
「そうでしたか…… 我らが同胞をよく助けてくれました。ありがとうございます。フィリア、けがはない?」
「うん。ヘクバさん。この人のおかげでけがはありません」
「まことに失礼ですが、里のしきたりで、人間は里の中には入れないのです。ここで、お別れできますか?」
「…… わかった。迷惑をかけるつもりはない。フィリア、俺は戻るよ」
「本当にありがとう」
「いつか、テンペルに来たいなら、俺が案内しよう。それでは」
セリオンはくびすを返して去って行った。
一人の長い銀髪を持ち、黒いコートを着た男が、テンペルの大聖堂の上に降り立った。
「フフフ…… 大いなる闇が再び訪れようとしている。闇が再び光を脅かすのだ。セリオン…… 今度こそ、本当の戦いを始めよう。光と闇がぶつかる本当の戦いをな…… だが、このヴァナディースは、この戦いにふさわしい所ではない。セリオン…… 私を追ってこい。私がおまえを導こう。すべては遥かなる北の地で、この私とおまえの決着をつけようではないか……」
そう、サタナエルが独白した。
数日後、ニンフの少女フィリアはテンペルの大聖堂を訪れていた。中に入りたかったが、フィリアにその勇気はなかった。大聖堂は平日、非常事態でもない限り、一般の人々にも開かれている。
「どうかしたんですか?」
そこにエスカローネが現れた。エスカローネはフィリアに話しかけた。
「中に入らないのですか?」
「あ、えっと、私は中に入ってもいいんでしょうか?」
エスカローネはフィリアにほほえみかけた。
「ええ、入れますよ。あなたはシベリウス教徒ですか?」
「いいえ、違います。でも、私は神を求めています。神のお力によって救われたいのです」
「そういうことなら、いっしょに祈りに行きましょう。そして共に神に祈りましょう」
エスカローネがそう言うと、フィリアの手を取って、大聖堂の門を通って建物の中に入った。
内部は多くのシベリウス教徒でいっぱいだった。エスカローネはフィリアの手を持って、祭壇まで連れて行った。フィリアは大聖堂の広さと大きさ、そして美しさに、あっけにとられていた。きょろきょろと周囲を見渡す。
「さあ、祭壇まで着きましたよ」
「あの…… どのように祈ればいいでしょうか……?」
フィリアがおずおずと尋ねた。困っているようだ。
「そうですね。普段日常から感謝していることや、こうあってほしいことを思い浮かべてください」
エスカローネは優しく教えた。そしてエスカローネは膝をつき、静かに祈り始めた。
「私たちの父にして、主なる神よ、私はあなたの恩寵を信じます。いつも私とセリオンが幸せでいられるよう取り計らっていただき、感謝しています。私たちのあいだに生まれた子供、ユリオンがどうかすこやかに育ちますように。あなたのお力を少しでもお貸しください」
「…… セリオンさん?」
「? どうかしましたか?」
エスカローネは不思議がった。
「あの、あなたはセリオンさんを知っているのですか?」
「彼は私の夫です。私は彼の妻です」
「そうだたんですか…… これも神の導きでしょうか」
「? どうかしたんですか?」
「私はセリオンさんから命を救われたんです」
「そうだったんですか…… 私とあなたを引き合わせてくださったのも、神の導きかもしれませんね。それではあなたも祈ってみてはどうですか?」
エスカローネがにこっとほほえんだ。フィリアはひざまずくと、ゆっくりと両手を合わせて祈り始めた。フィリアはセリオンから助けられたことを考えていた。
今自分が生きているのはセリオンがいてくれたからだ。セリオンが爪熊を倒してくれたからだ。
その巡りあわせが、神の加護によるものではないかとフィリアは思った。フィリアはつぶっていた目を開けて、大聖堂にかかげられたアンクを見た。このアンクはシベリウス教の象徴だった。
「何をお祈りしたんですか?」
「セリオンさんが助けてくださり、私の命を守ってくださったことについて、神に感謝の祈りを捧げました」
「そうですか。よかったですね。ところで、あなたはまだ信徒ではありませんが、次に会うときはそうなっているといいですね」
セリオンはベッドで眠っていた。セリオンは夢を見ていた。セリオンは夢の中で戦闘服を着て立っていた。足元には水があり、波紋が起こっていた。
「ここは…… 夢の中か……」
セリオンは視線を前に向けた。そこには浮遊する狼が一匹いた。
「セリオン」
「!? この狼はしゃべれるのか?」
「悪魔が暗躍している。おまえたちとはまだ接触していないが、おまえたちと戦うことを望んでいる」
「その悪魔はいったい何を考えているんだ?」
「それは私にもわからない。ただ気をつけるがいい。悪魔の気配はすぐそこまで迫っている。それはおまえだけでなく、エスカローネにまで及ぶだろう」
「悪魔の暗躍か。望むところだ。最近、アルテミドラ以来、真剣勝負をしていなかったからな。俺の腕がなる」
「では、さらばだ、セリオン・シベルスク」
セリオンははっと目を覚ました。
「うーん……」
セリオンは隣を見た。セリオンの隣には裸のエスカローネが眠っていた。
「エスカローネにまで、魔の手が及ぶ、か……」
セリオンは夢の内容を、思い返してみた。狼から告げられた言葉がよみがえる。
「悪魔、か……」
セリオンはただ言葉を漏らした。
フィリアは大聖堂の前で立っていた。彼女は里を抜け出して、ヴァナディースにまでやってきたのだ。
「フィリア! フィリアじゃないか!」
「! セリオンさん、それにエスカローネさんも……」
フィリアの後ろから、セリオンとエスカローネが現れた。
「エスカローネから聞いていたよ。どうしてここに来たんだ?」
「はい、私も…… 私もシュヴェスターになりたいんです」
「シュヴェスターになりたい、か。ちょうどいいな。俺とエスカローネがいるしな」
「私とセリオンがいるから信仰告白ができるわ」
「? 信仰告白?」
「ああ、そうだ。シュヴェスターになる、つまりシベリウス教徒になるには二人の証人の前で、『神を信じる』と言えばいいんだ」
「大聖堂の中に行きましょう。たぶん、ベルナルド主教がいらっしゃるはずよ」
三人は大聖堂の祭壇前に移動した。ベルナルド主教が彼らに気づいた。
「おや、今日は見知らぬ女性をお連れしていますな、セリオン殿? それにエスカローネ殿?」
「ベルナルド主教、この少女は信仰告白を望んでいます」
「なんと。それは良き事ですな」
「私たち二人が証人になりますので、信仰告白を行ってください」
とエスカローネ。
「少女よ、名前は?」
「私はフィリアと申します」
「では、フィリアよ、あなたは信仰を告白なさい。あなたは天地万物の創造主、唯一にして主なる神を信じますか?」
主教が真剣なまなざしで言った。
「はい、私は神を信じます」
「よろしい。今からあなたはシベリウスの信徒になった。あなたに神の祝福があるように」
フィリアはあっけにとられていた。こんな簡単に信徒になれるとは思っていなかったからだ。
「あの、もう終わりですか?」
「ああ、そうだ。俺とエスカローネは確かに君の信仰を聞いた。それで十分シベリウス教の兄弟姉妹の一員になった。もう君はシュヴェスターだ」
「ありがとうございます、セリオンさん、そしてエスカローネさん」
「俺のことはセリオンでいい。エスカローネのこともさんをつけなくていいぞ」
「あの、お兄ちゃん、お姉ちゃんって呼んじゃだめですか?」
「ええ、そう呼んでくれてかまわないわ、フィリアちゃん」
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
フィリアの顔がほぐれ、笑顔になった。
その日セリオンとエスカローネはケンカをした。結婚して初のケンカだった。
セリオンはユリオンを預けて二人でどこかに行こうと提案した。しかし、エスカローネは親は子供といっしょにいるべきだと譲らなかった。きっかけはそんなものだった。
セリオンはもちろんユリオンを愛していたがいつも子供といっしょにいると、精神的にまいってしまうと主張した。セリオンの考えでは、夫婦には二人だけの時間が必要だった。ところがエスカローネがそれに反対した。親は子供を愛しているからこそ、ずっといっしょにいなければならないと言った。セリオンはユリオンをディオドラに預けるように言い、エスカローネは夫婦のもとに置くべきだと考えていた。
「セリオン、どうして? ユリオンはあなたの子供なのよ?」
「君は良き親であろうとしすぎる。なんでも完璧に自分たちでできるわけじゃない。アンシャルや母さんの手助けを借りるべきだ」
こうなると二人は自説を譲らなかった。二人は互いにかみ合わない主張をし、気が高ぶっていた。
結局はエスカローネがユリオンを連れて外に出てしまった。一人セリオンだけが寮に残された。
セリオンはつぶやいた。
「はあ…… どうしてこうなってしまったんだ……?」
セリオンは一人になった後、アンシャルのもとを訪れた。アンシャルは騎士団長公邸に住んでいる。公邸の入口には警備員がいた。
「セリオン・シベルスクだ。アンシャル騎士団長と面会をしたい」
「はい、かしこまりました。しばしお待ちください」
その後、しばらくするとセリオンはアンシャルと面会できた。
「こんな夜にどうしたんだ、セリオン? エスカローネはいっしょじゃないのか?」
「それが……」
セリオンはアンシャルに、エスカローネとケンカしたことをすべて話した。
「なるほどな。そうか。おまえたち二人がケンカするとはな。まったく、珍しいものだ」
「ああ。俺はユリオンを母さんに預けて、二人だけで楽しみに行こうと話を持ち掛けただけなんだが…… どうやら、ユリオンへの愛情を疑われたらしい…… なあ、アンシャル? 俺はわからなくなった。俺は間違っていたのか?」
「おまえの言っていることが間違っているとは私は思わない。大切なのはなんでも夫婦二人だけで解決できると思わないことだ。おまえたちは私や、ディオドラを頼っていいんだ。いくらおまえたちが子供を愛していようと、限界は存在する。だから、たまにはディオドラに預けてみるのもいいだろう。ディオドラはむしろ喜んで、助けてくれるさ。なんでも全部おまえたちが解決してしまったら、ディオドラは残念に思うだろうな」
「ああ、ありがとう、アンシャル」
「エスカローネは良き母であろうと強く思っているのだろう。まあ、とにかく育児ノイローゼにならないようにすることと、エスカローネに謝ることだな」
「ああ、わかっている。エスカローネはどこに行ったのだろう?」
「おそらく、ディオドラのところだろう。そこでへの不満をぶちまけているのだろう。家事や育児はどうしてる?」
「ああ、エスカローネ一人に集中しないように、ユリオンの世話や面倒を見ている」
「そうか。エスカローネのことは私に任せておけ。裏で、ディオドラと相談してみよう」
エスカローネはユリオンを連れて、ディオドラのもとを訪れた。ディオドラはテンペルでは主に調理の仕事をしている。また、テンペルで作っている野菜の収穫もしている。テンペルでは食事は調理部から出されるが、調理部は休日以外動いていた。シエルやノエルも調理部に属している。
ディオドラはエスカローネの話をユリオンを抱きしめながら聞いていた。エスカローネの意見ではセリオンはユリオンを愛していないのではないか、ということだった。つまり、薄情と言いたいらしい。
ディオドラはエスカローネが話し終えるまでずっと黙って聞いていた。
やがて、エスカローネも話すことがなくなった。
「……セリオンはユリオンを愛していないんでしょうか?」
ディオドラは苦笑して。
「エスカローネちゃん、愛にはそれぞれの形があるのよ。その人が誰かを愛すること――それは千差万別で、絶対に正しいということはないの。セリオンは他者を愛することができる人よ。そうでしょう? セリオンにとって愛することは本質的なことだから。だから多くの人からセリオンも愛されているわ」
「それなら、どうして子供を預けてしまえばいいなんて言ったんでしょうか…… ?」
「エスカローネちゃん、夫婦二人だけでなんでも背負わなくていいのよ。もっと私たちを頼ってちょうだい」
「私は良き母親になりたいです。私はユリオンを愛しています」
「ええ、その気持ちは大事よ。でもね、昔は多くの人たちが親になってくれたのよ。今は夫婦が二人だけで子育てをしようとするから無理をしてしまうの。それにセリオンはあなたのことを思って、子供を預けると言ったんだと思うわ。エスカローネちゃん…… 小さいころ、セリオンがあなたのためにケンカしてくれたのを覚えてる?」
「はい、よく覚えています。きっかけは私がばかにされたことでした。セリオンは私のために暴力を振るったんです」
ディオドラは優しくほほえみかけた。
「そんなころから、セリオンはあなたを愛していたわ。そのセリオンが自分の子供を愛さないわけがないでしょう?」
「…… 私は完璧じゃなくていいんでしょうか?」
「ええ、そうよ。もっと私や兄さんを頼ってちょうだい。私たちみんなが力を貸すわ。それがユリオンにとっても良いことなのよ。あまり一人でがんばりすぎなくていいの。私だって一人でセリオンを育てたわけじゃないのよ? 私には兄さんやスルト様がいてくれたわ。ずいぶんスルト様には頼ってしまったけれど。でもそれはすべてセリオンにとって良いことだったの」
「私は強迫観念に犯されていたかもしれません。良き母親という観念に。セリオンは私をゆるしてくれるでしょうか?」
「ええ、きっと許してくれるわ。今頃、セリオンは兄さんのところにでもいるんじゃないかしら? さあ、セリオンのもとに帰りなさい」
ディオドラはエスカローネが去るのを見送った。ケンカしたとはいえ、互いに愛し合っている二人だ。きっと仲直りできるに違いない。ディオドラは少しだけほほえんだ。
子育ては完璧にできることではない。親自身も試されるからだ。ディオドラは自身がセリオンを育てていたころを思い出した。自分の子育てに正解があったとすれば、それはスルトに代父になってもらったことだろうか。
「どうやら、エスカローネは行ったようだな?」
「兄さん…… いいの? 聖堂騎士団長がこんなところに抜け出してきて?」
扉の影からアンシャルが現れた。
「まあ、このくらいおおめに見てもらおう。私のところにはセリオンが来た。育児のことで悩んでいたようだ。おまえのところにはエスカローネが来たようだな」
「ええ、兄さん。二人とも育児に奮闘しているみたいね。だって初めての育児ですもの。うまくいかなくて当然よ。それにだから言ったの。私や兄さんを頼っていいって」
「そうだな。ケンカしたとも聞いた。これが初めてだとも。私たちもいろいろと忙しくなりそうだな、ディオドラ?」
「そうね、兄さん」
二人は互いにほほえみあった。
セリオンは一人でフライヤ市内を歩いていた。少し夜道を歩いて気分を変えたかったからだ。
フライヤは夜に一人歩きをしても問題がないほど治安が良かった。セリオンは考えていた。どういうふうにエスカローネに謝ろうか、と。少し視線が下向きになっていた。
そんな時である。
セリオンの前に、背の高い男の姿が映った。セリオンはその男の顔を見上げた。
「なっ!?」
セリオンは驚愕した。その男はサタナエルだった。サタナエルはにやりと笑った。セリオンの視界から一般市民が消えた。雪と氷が周囲に降り注いだ。サタナエルは向きを変えると、セリオンの前から去って行った。セリオンはサタナエルの後をついていった。
「これは実物か…… それとも幻か…… ?」
セリオンはサタナエルが消えた路地裏に入った。サタナエルはセリオンを誘導していた。セリオンは険しい表情をした。セリオンはサタナエルが行った方向へと足を運ぶ。路地裏ではサタナエルがセリオンを待っていた。雪と氷がいっそう激しくなった。
「また会えて、うれしいぞ、セリオン」
「…… また復活したのか。しぶとい奴だ。永遠に消えてしまえばいいものを……」
「フフフ…… 私は何度でも復活するとも。主なる神に反逆するためにも、な」
「今度はいったい何を企んでいる?」
「企む? 心外だな。別に何も企んでいないとも…… なあ、セリオン…… こちら側に来るつもりはないか?」
「? 何を言っている?」
「フフフ…… おまえの愛が揺らいでいるぞ? エスカローネと何かあったのか?」
「そんなことはどうでもいい……」
「なあに、簡単なことだ。憎むんだ、人を、世界を、神を。そうすればおまえも闇に染まれる」
セリオンはとっさに神剣サンダルフォンを抜いた。そしてそれを、サタナエルに頭から叩きつけた。
「地獄に堕ちろ!」
しかし、その瞬間、サタナエルも雪も氷もすべて消えた。これはサタナエルが作った幻だった。
「フフフ…… そうだ。それでいい」
サタナエルの声がセリオンにこだました。
「幻か…… どうしたんだ、俺は?」
小雨が降っていた。セリオンは小雨の中、夜の街を歩いていた。セリオンは闇の中からこちらをうかがう影に気づいていた。セリオンはその視線を見逃さなかった。
「でやっ!」
影がアパートの屋上から現れた。その影は男だった。男は黒いスーツを着ており、両手にクローをつけていた。男はクローでセリオンを切りつけてきた。セリオンは間合いを長く取ってこの攻撃をかわした。セリオンは怜悧な目で尋ねた。
「おまえは、何者だ?」
「ククク…… 奇襲で仕留められると思ったんだがなあ…… まさか見切られるとは思わなかったぜ」
男は銀髪をオールバックにしていた。男は不敵な笑みを浮かべた。セリオンは男をまじまじと観察した。男は筋肉質な体をしていたが、それ以外にその体から闇の力を感じる。
「おまえ…… その力、まさか…… !?」
「へえ? わかるのかよ、この俺様が闇の力を身につけたことがな。クックック!」
男は面白そうに笑った。
「それに、ただの闇の力じゃねえ。これは悪魔の細胞の力よ! すさまじいぜ! この力!」
男はさらにクローでセリオンを切りつけてきた。セリオンは大剣でそれをガードする。
「俺様はブルトゥス Brutus ! 元軍人だ! クックック! どうだ、この力のすごさはよ?」
ブルトゥスの力はケーニヒ・ベヘモト以上だった。ブルトゥスは悪魔の細胞の力によって、怪物以上の力と体を得ていた。
「その元軍人がどうして俺を襲う?」
「へっへっへっへ! それはなあ、俺はてめえが気にくわねえからさ! てめえの名誉がな!」
ブルトゥスはさらに片方のクローでセリオンに攻撃を仕掛けてきた。ブルトゥスの身体能力はすさまじかった。その力はセリオンを驚かせた。
「俺の名誉が気にくわない、か…… なぜ、おまえは俺を憎む?」
「クッククク! てめえは暴竜ファーブニルを倒した。さらには大魔女アルテミドラまでも倒した。てめえは『英雄』様と持ち上げられちまった。なんでもてめえの功績かよ? けっ! 面白くねえ! だが俺の攻撃をしのぎ切るとはな。サマエル様の言った通りだぜ」
「サマエル…… おまえは悪魔サマエルの手の者か?」
「クークックック! その通りよ!」
ブルトゥスはクローに闇の魔力を集め、闇の一撃を放った。
「魔爪撃!」
「光輝刃!」
セリオンは光の大剣で魔爪撃を斬り払った。ブルトゥスは闇の力を解放した。
「うおおおおおおお! 連撃闇撃爪!」
ブルトゥスはすさまじい身体能力でセリオンに連続攻撃を仕掛けてきた。
しかし、セリオンはその攻撃をすべて見切って大剣でガードした。
「くらいな! 絶衝波!」
ブルトゥスが闇の拳で地面を打ちつけた。大きな闇の波が引き起こされた。セリオンは間合いを取った。それから光波刃を出して絶衝波を迎撃した。
「なん、だと!?」
ブルトゥスが驚愕した。今度はセリオンがブルトゥスに連続攻撃を仕掛けた。
「ぐっ!? こんなはずでは…… !?」
セリオンの攻撃は一撃一撃がブルトゥスの攻撃より勝っていた。ブルトゥスは防戦一方になる。
「どうした? おまえの力もこれまでか?」
「くっ! ふざけるな! 俺様が負けるか! 死ねえ!」
ブルトゥスが最後の一撃を放った。その瞬間、セリオンの斬撃がブルトゥスを襲った。
「ぐうっ!? がはっ!?」
セリオンはブルトゥスを斬り捨てた。ブルトゥスは倒れ、そして死んだ。
「サマエルか…… あの時以来だな。サマエルが今回の襲撃を仕組んだとなると、サタナエルも復活したのかもしれないな」
セリオンは雨に濡れながら夜道を再び歩いた。
雨の中、エスカローネは歩いていた。ユリオンはディオドラの言葉通り、彼女に預けてきた。エスカローネは背後から気配を感じた。とっさにハルバード「エスカリオス」を出して構えた。
すると、一人の女がエスカローネの背後から、ハルバードで斬りかかってきた。
「!?」
「フッフフフフ! やるねえ! このあたしの攻撃を受け止めるなんてさ!」
「あなたはいったい誰? 何者なの?」
エスカローネと女の武器は同じハルバードだった。
「あたしはアグリッピナ Agrippina ! サマエル様の刺客だよ!」
「!? サマエル…… あの悪魔サマエルの?」
「もっともそれだけじゃないけどねえ!」
アグリッピナの腕力はエスカローネを上回った。エスカローネは顔を歪めると、後方に退いた。
「その力…… 人の力ではないわね…… いったい、なんの力なの?」
「あっははははは! これはね、悪魔の細胞の力だよ! おまえを倒すために、このあたしは闇の力を手に入れたんだ!」
「…… 闇の力によるパワーアップなんて幻想よ!」
「あははははは! 幻想かどうかはあんたの身をもって知りな!」
アグリッピナが猛攻を仕掛けてきた。一撃に重さをエスカローネは感じる。
「ほうら、どうだい? このあたしのほうが押しているじゃないか! この力のどこが幻想なんだい?」
アグリッピナはニヤアと笑った。
「光矛!」
エスカローネはハルバード全体に光をまとわせた。光のハルバードがアグリッピナを押し返す。アグリッピナはそれに気づいた。
「くっ! こ、この小娘が!」
アグリッピナはエスカローネから連続攻撃を受けた。アグリッピナは形勢不利と悟り、一時後退する。すかさずエスカローネは金光の波動砲「金光砲」で追い打ちをかける。アグリッピナはとっさに金光砲をよけた。
「金光突!」
エスカローネは金光の突きでアグリッピナに迫った。
「ぐうううううう!? こ、このあたしが押されているって!?」
アグリッピナは苦悶に顔を歪めた。
「なめんじゃないよ! 本当の戦いはこれからさ! 闇矛!」
エスカローネの「光矛」とアグリッピナの「闇矛」がぶつかり合う。
「くううう!?」
「ぐううううううう!?」
エスカローネは光のハルバードで闇のハルバードをはじくと、その隙にハルバードでアグリッピナを斬りつけた。
「ぐふう!? そんな!? この、このあたしがああ!?」
アグリッピナは濡れた地面に倒れた。そして、そのままアグリッピナは死んだ。
「サマエルの暗躍…… これはサタナエルの復活を予告するのかしら?」
エスカローネは雨の中一人つぶやいた。
セリオンは寮の扉の前に戻ってきた。
「…………」
セリオンは沈黙した。セリオンはエスカローネのことを考えていたからだ。エスカローネはもう戻っているだろうか。だとしても最初に何と言えばいいのだろうか。セリオンは悩んだ。
しかし、セリオンは勇気を出してドアを開けた。ドアに鍵はかかっていなかった。
「エスカローネは帰ってきているのか?」
セリオンはそのまま寮の部屋の中に入った。
「セリオン?」
部屋の奥から、エスカローネが姿を現した。
「エスカローネ…… ただいま」
「ええ、おかえりなさい」
「…………」
「…………」
二人に沈黙が訪れた。セリオンは謝ろうと思っていた。それはエスカローネも同じだった。
二人はそれをどう切り出していいのかわからなかった。
「エスカローネ…… その、すまなかった。俺は自分のことしか考えていなかったかもしれない」
「ううん、いいの。私もごめんなさい。あなたにひどいことを私は言ったわね。セリオンがユリオンを愛していないわけがないのに」
「ところで、ユリオンの姿が見えないが、ユリオンはどこにいるんだ?」
「うん、ディオドラさんのところに預けてきたの。ディオドラさんから言われたわ。もっと私たちを頼っていいって」
「そうか…… 俺たちは二人とも間違っていたのかもしれないな」
「そうね。子育てに正解はないのかもしれないわね」
「そうか」
二人は笑いあった。
「エスカローネ、愛してる」
「私も、セリオンを愛しているわ」
セリオンとエスカローネは近づいて、キスを交わした。この夜、二人は互いに許し、仲直りをしたのだった。
今日もフィリアは大聖堂で祈っていた。フィリアはテンペルのシュヴェスターから「祈りは神との対話」と教えられていた。フィリアは目を閉じ、真摯に神に祈る。フィリアには不安があった。フィリアは自分が人間ではなくニンフという精であるため、神の前で異質であり、神の救済にあずかれないのではと思っていた。フィリアはシベリウス教の信仰に入っても自身が人間ではないという劣等感を抱いていた。
「フィリア」
「?」
フィリアに声がかけられた。それはフィリアが知っている声だった。フィリアは祈りを中断して、立ち上がり振り向いた。
「あっ、お兄ちゃん」
そこにはセリオンが立っていた。
「熱心に祈っていたな。一体何を祈っていたんだ?」
「うん、神様に私たちの種族を救っていただくよう懇願していたの」
「何を懇願していたんだ?」
「それはね、私たちニンフの民が救われますようにって」
「? ニンフの民には何か罪でもあるのか?」
「うん…… ニンフの民は基本的に多神教徒なんだよね」
「神々は迷妄にすぎない。この世界エーリュシオンは唯一の、主なる神によって創造された。それが真実だ。つまり一神教こそ真理ということだ」
セリオンは静かに語った。フィリアは少し悲しげな目をした。
「うん、そうなんだよね。私もそう、シュヴェスターたちから教わった。ねえ、お兄ちゃん、私は救われる?」
「ああ、おまえはシベリウス教徒だからな。シベリウス教は宗祖シベリウスによって創始された宗教だ。軍人でもあったシベリウスの教えには軍事の理がいたるところに反映されている。たとえば、戦闘で後方支援を重視するとか、な。俺が思うに、宗教とは『その人』そのものなんだと思う。そういう人から、そういう宗教が生まれる、ということだ」
「そっか…… そうだよね」
「フィリアは真実や真理に基づいてありたいと望んだからフィリアはシベリウス教徒なんだよ」
「うん…… ただ……」
「ただ?」
「少しさびしいなって思うの…… 里のみんなと違うから、ね」
フィリアは下を向いて悲しそうにした。セリオンはフィリアの様子に気づいた。
「安心しろ。ここテンペルにはいろいろな事情を抱えた人たちがいる。みんなそれぞれ悩みながら生きているんだ。別にフィリア一人だけじゃない。たとえばクリスティーネも自分の存在について深く迷った。それでも今はシュヴェスターとなり、神の民となっている。フィリアも同じだ」
「少しだけ、救われた気がするな」
フィリアは笑顔を浮かべた。それを見たセリオンは。
「ああ、やっぱりフィリアはそんな風に笑っているほうがいいぞ」
「もう! お兄ちゃんったら! ウフフフフ!」
フィリアのほおが赤く染まっていた。
その日、シエル、ノエル、アイーダの三人はディオドラの演奏に従って、讃美歌の練習をしていた。
場所は音楽室だった。
「三人とも、歌とメロディーが調和していないわ。もっとメロディーを意識して歌いなさい」
ディオドラが悪い所を指摘した。三人の歌はまだまだだったが、練習のおかげでぐんぐん良くなってきた。讃美歌はテンペルに欠かせないものだ。
ディオドラは再びオルガンを奏でて、メロディーを出した。三人が再びメロディーを意識して歌を歌い始める。それは前よりも調和していた。
「いいわよ、三人とも。良くメロディーと調和しているわ。アイーダちゃんは少し遅れぎみね。もう少し早くついていくようにしなさい」
アイーダは一生懸命歌っていたが、今一つのみこめていないようだった。やはり年齢とそれに伴う理解力ゆえであろう。ディオドラはいったん演奏をやめた。
「ふう…… 少し休憩にしましょうか」
「ずっと歌いっぱなしだったから喉が渇いちゃったよ、シエルちゃん」
とノエル。
「うん、そうね、ノエルちゃん。私は水を飲んでうがいをしたいわ。アイーダちゃんはどうする?」
「私もお水が飲みたい。喉がカラカラ」
「三人とも、水を飲みすぎないようにしなさいね?」
「「「はーい!」」」
「ウフフフ」
ディオドラは笑顔になった。三人はディオドラにとって教えがいのある生徒だった。
ディオドラは自分が讃美歌の練習をしていた時を思い出した。ディオドラも最初はなかなかメロディーに合わせて歌うことができなかった。今のディオドラの仕事はオルガンを奏でること、讃美歌を歌うこと、料理を作ること、回復魔法で傷の治療をすること、そして祈ることだった。
その中には、テンペルの子供たちを育てることも含まれていた。
セリオンとエスカローネはフィリアを外出に誘うことにした。ずっとテンペルにこもっているのも体調に悪いと思ったからだ。三人はヴェーザー Weedzer 川沿いに沿って歩いた。
「うわあ…… 川がキラキラ光ってる…… きれい……」
フィリアはヴェーザー川に感激したようだった。
「喜んでくれて俺もうれしいよ、フィリア。最近のフィリアはテンペルの中に引きこもっているような感じだったからな。それで俺はフィリアを外に連れ出そうと思ったのさ」
「うん。確かに最近はテンペルの中に引きこもっていたと思う。宗教教育でしょ、お料理教育でしょ、それとガーデニングなんかもあったかな」
フィリアが言葉を漏らした。
「基礎教育が終わるまではなかなか外出できないものね。この機会にフィリアちゃんも羽を伸ばすといいわ」
とエスカローネが言った。
三人はヴェーザー川にかけられた橋を渡り、ショッピングモールに入った。
「何か、買うものはあるか、エスカローネ?」
「そうね。今のところ特に買いたいものはないわね。あら?」
「? どうした?」
「フィリアちゃんがいないわ!」
「本当だ。フィリアがいない。はぐれたのか…… フィリアはまだフライヤに来て日が浅い。まだ都のこともよく知らないはずだ。しかし、おかしいな。どこではぐれたんだ? ずっといっしょにいたと思ったが……」
セリオンは首をかしげた。
「あ! セリオン! あそこよ!」
エスカローネが指さした。エスカローネの指の先にフィリアがいた。フィリアはショッピング・ウインドウの前で何かをじっと見ていた。それは赤いドレスだった。
「おい、フィリア! どうしたんだ?」
「あっ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
フィリアが目を見開いた。
「フィリアちゃん、探したのよ? ここで何をしているの?」
「あっ、あの、その、えーと……」
フィリアはしどろもどろになった。
二人はフィリアが見ていたものを見た。二人は赤いドレスを見る。
「ドレスか。それも赤い」
「ねえ、セリオン、今日のプレゼントも悪くないわね」
「そうだな…… フィリア、このドレスが欲しいのか?」
「え!? そんなこと思ってないよ!?」
「まあ、そう言うな。俺たちは共働きだし、収入に困ってはいない。欲しいなら、フィリアにそのドレスを買ってあげてもいいんだぞ」
「だって、そんな…… 迷惑じゃ…… それに私はそんなつもりで見ていたんじゃ…… そもそも私には似合わないかもしれないし……」
「それじゃあ、試着させてもらおう。フィリア、この店に入るぞ?」
「え!? お兄ちゃん!?」
セリオンはフィリアを伴って店の中へと入った。フィリアはまるで人形のようにドレスを着て現れた。髪にまでウエーブがかかっている。
「…… どう、かな?」
フィリアが恥ずかしそうに言った。
「ああ、似合っているぞ。赤がフィリアにぴったりだ」
「すてきよ、フィリアちゃん」
「…… ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
数日後、ディオドラとダリアはフィリアを探していた。
「どう、ダリアちゃん? フィリアちゃんは見つかった?」
「いいえ、見つからなかったわ。シエルやノエル、アリオンにも聞いたんだけど、どこでも姿を見ていないそうよ。あの子が何を考えているかわからないけど、何か、深刻なことが起きなければいいわね。ああ、神よ! フィリアを守り給え!」
「大聖堂にもいなかったし、これ以上二人で探しても見つからないわ。兄さんに報告しましょう!」
「そうね。アンシャル様のところに報告を入れたほうがいいでしょうね」
ディオドラとダリアはアンシャルにこの件を報告しに向かった。
「ふう…… 今日も訓練で疲れたな。最近はアリオンもめきめき実力をつけてきている。俺も負けないように努力しないとな。ん? なんだ? 手紙か?」
セリオンはポストを開けた。そこには封をされた一通の手紙が置いてあった。
「これは…… 誰からだ?」
セリオンは裏面を見て差出人を確かめる。そこには「フィリア」と書かれてあった。
「フィリアからの手紙か? どうしてフィリアが? いや、悩んでいる場合じゃないな。読んでみよう」
それは簡単な手紙だった。
「私はニンフの里へ帰ります。ほかの人々に私の信仰を告白しいます。愛するフィリアより」
「!? なんだと!? フィリアが里に帰った!? …… まずいな。これはモンスターの中に人が入っていくようなものだ。すぐにアンシャルに知らせよう!」
セリオンは手紙をもってアンシャルがいる大聖堂執務室へと向かった。
「フィリアが消えた?」
「そうなの、兄さん。いたるところを探したんだけど、私たちは見つけられなくて…… もう、心当たりがある場所は探したから、あとは兄さんに報告することにしたのよ」
「アンシャル! 大変だ! フィリアが!」
「? どうしたんだ、セリオン?」
「セリオン? フィリアちゃんがどうかしたの?」
セリオンがアンシャルの執務室に入ってきた。
「? 母さんもいたのか。!? それどころじゃない! アンシャル、これを見てくれ!」
セリオンはアンシャルに例の手紙を見せた。
「これは…… フィリア、早まったことを!」
「兄さん?」
「ディオドラ、フィリアは里に帰ったらしい。道理で見つからなかったわけだ!」
「フィリアちゃんがニンフの里に!?」
「まずいな…… ニンフは多神教徒だ。しかし、フィリアは一神教徒になってしまった。最悪、フィリアの命が危ない!」
「俺もそう思う。どうする、アンシャル?」
「そうだな、私とセリオンでニンフの里に向かい、フィリアを助けに行こう」
「わかった。今すぐ、出発しよう。母さん、エスカローネには母さんから事情を説明してくれ」
「わかったわ。二人とも、どうか無事に帰ってきてね。もちろん、フィリアちゃんといっしょに」
「無論だ」
とアンシャル。
「わかっているさ」
とセリオン。
セリオンとアンシャルはファイオス山にあるニンフの里を目指した。もう時刻は夕方になっていた。山は以前登った時とは違っていた。一面に霧が立ち込めて侵入者を遠ざけているようだった。
「この霧はなんだ? 前はこんな霧はなかったぞ?」
「おそらく、この霧は我々が侵入することを阻止するためだろう。この霧は魔法の霧だ。普通の霧ではない。まずいな、一刻を争う時に…… ん? セリオン?」
アンシャルがセリオンの大剣を見た。神剣サンダルフォンが反応し、かすかな光を発していた。
「これは…… 神剣が反応している。もしかして、この力を使えば! よし!」
セリオンは神剣の力を解き放ち、迷いの霧に向けて振り下ろした。セリオンは霧を「斬った」。霧は晴れて山道が姿を現した。
「これで先に進めるな。行くぞ、セリオン!」
「ああ、アンシャル。二人でフィリアを連れ戻そう!」
ニンフの里は森に囲まれてあった。セリオンとアンシャルは木の陰から中央にある広場を見わたした。時間は夜になっていた。中央の広場ではフィリアが十字架につけられていた。
「まずい! すぐにフィリアを助けないと!」
セリオンは焦った。
「まあ、待て。あの様子ではすぐに処刑されることもなさそうだ。もう少し、近づけるだろう。そのあいだにフィリアを助け出す計略を私たちは練っておこう」
アンシャルが冷静に観察した。
「わかった。アンシャルの案に従おう」
セリオンは納得した。戦闘能力ではセリオンはアンシャルに勝るが、知略ではアンシャルのほうが上だった。中央広場には槍持ちや灯火持ちといった者たちがいた。そこに里長ヘクバがいて、フィリアを憎らしく眺めていた。
「まったく、どこへ行ったのか心配していたら、まさか、ヴァナディースに行ってきたとは…… しかもそこで一神教徒になって帰ってくるとは! フィリア! おまえは我々同胞を裏切った! おまえは恥ずべき裏切り者だ! そのおまえとこの私が血縁関係にあるとは、なんとけがらわしい! 一神教徒! それもシベリウス教徒とは! 神々を否定した愚か者め! 神々こそ真理! 一神教徒はむしろ『無神論者』だ! 我らが同胞であるおまえが堕落したことは我らには見るに堪えない。フィリアよ! おまえに救済を与えよう! 神々の名においてフィリア! おまえを我らは処刑する!」
多くのニンフたちが賛同の言葉を口にした。
「裏切り者には死を!」
と連呼した。
ニンフは女性だけの種族である。種族の維持のため、子供をもうける必要がある時、人間の男と交わるのだ。生まれてくる子供は必ず、女である。
「? どうした、フィリア? その目つきは? ……気に入らない…… なぜそんな目ができる? おまえは裏切り者として処刑されようとしているのだぞ!? そのおまえがなぜだ? 何を信じている? 何とか言ったらどうだ!? フィリア!?」
ヘクバ里長は吐き捨てた。
「……私は本当に信じられる人がいるからです。その人たちと同じものを私は信じたい、そう望んでいるからです!」
「本当に信じられる人たちだと!?」
ヘクバ里長はブチ切れた。
「我ら同胞を捨ててまで信じられるのか!? おまえはその者たちを! この恥ずべき売女め! どこまで堕落すれば気が済むのだ! いいだろう…… もはやおまえなどけがらわしいだけの存在だ。おまえに死を与えることこそ、我らが与えられる真の救済! さあ、フィリア! おまえは同胞を裏切った! 恥ずべき者として死ぬのだ! では。む!?」
夜空を旋回するものが現れた。それは中央広場の、フィリアの十字架の前に降り立った。それは蒼竜バハムートだった。バハムートは降り立つなり、大きな咆哮を上げて、ニンフたちを威嚇した。それから片手でフィリアの十字架をつかんで引き抜いた。
「これは…… なんということだ!? なぜ『神』がこんなことを!?」
ヘクバは思想的に混乱した。そのほかのニンフたちにとっても同じだった。ニンフたちの多神教では「竜」は「神」だったからである。
神が異端者を救うことなどありえない! ありえるはずがない! ところが明らかにこの竜はフィリアを助けようとしていた。バハムートは口に青い熱戦をたくわえ、口から薙ぎ払うようにはきだした。ニンフたちはバハムートに圧倒された。
「これまで、だ! フィリアはおまえたちには殺させはしない!」
セリオンがバハムートの背中から現れ、広場に着地した。セリオンはすぐさま大剣を構えた。
「む!? おまえは…… 確かフィリアを助けた男! おまえの仕業だったのか!」
ヘクバはセリオンを憎しみを込めた目で見つめた。
「フィリアの処刑は阻止する。それが私たちの総意だ」
「……おまえは?」
「初めまして。私はアンシャル・シベルスク。聖堂騎士団の団長だ。そしてこっちは青き狼セリオン・シベルスク。私たちの英雄だ」
「おまえたちだな! フィリアに異教の思想を吹き込んだのは! 許さぬぞ! ちょうどよい! フィリアの前におまえたちをなぶり殺してくれる!」
「アンシャル、俺が出る! フィリアをそのあいだに頼む!」
「わかった。おまえにこの女との戦いをゆだねよう」
「死ぬがいい! 水泡弾!」
ヘクバは水泡の弾をセリオンに向けて発射した。水泡弾はうねりながらセリオンに対して撃ちだされた。
「そんなもの!」
セリオンは大剣でヘクバの水泡弾を斬った。
「水泡槍!」
水泡の槍がセリオンに放たれた。水泡槍は正確にセリオンの胴体をめがけて放たれていた。セリオンは横にスライドして水泡槍を回避した。
「水滝!」
水しぶきが滝のように連続で連なり、セリオンを襲う。それを見てセリオンは蒼気を放出した。セリオンは蒼気で水滝を斬り裂いた。
「多連・水泡槍!」
ヘクバは空中に多くの水泡槍を形成した。水泡槍はそろうと、いっせいにセリオンに向けて発射された。斜め上から水泡槍はが襲いかかる。
セリオンは冷静に対処した。セリオンは再び蒼気を放出すると、膨大な蒼気をまとめてすべての水泡槍を薙ぎ払った。セリオンはなお追撃した。セリオンは光波刃をヘクバに向けて放った。光の刃が飛来する。
「フン! そんなもの!」
ヘクバはバリアを形成し、光波刃を無力化した。
「大いなる水の力よ! 我が前にいでて、我が敵を滅ぼせ!」
ヘクバは魔力を上げた。ヘクバは大きな水の渦巻きを作った。すさまじい水流がセリオンに襲い掛かる。
「氷結刃!」
セリオンは氷の刃を大剣に形作ると、水の渦巻きにそれを突き刺した。渦巻きはみるみる凍り、凍ってから砕け散った。
「なっ、なんだと!?」
ヘクバは驚愕した。
「なら、これはどうだ! 水剣!」
ヘクバは水の剣を作り出し、セリオンに向けて放った。セリオンは蒼気を出し、水の剣をすべて粉砕した。
「ぐっ!? おのれ! これならどうだ! 水雨!」
セリオンの周辺一帯に、逃げ場がなく水の雨が降り注いだ。
「光輝刃!」
セリオンは光の大剣を出して、それを上に上げて水滴を防いだ。
「くっ!? 水雨さえ防がれるとは…… だが、これで終わりにしてくれる! 大水泡弾!」
大きな水泡弾がセリオンに向かった。これはヘクバが渾身の魔力をかけた一撃だった。文字通り最後の攻撃であった。しかし、セリオンに焦りはない。セリオンは冷めていた。
「無駄だ!」
セリオンは蒼気を収束すると、鋭い刃で大水泡弾を斬り裂いた。
「そんな…… そんなバカな……」
ヘクバは呆然とした。セリオンはヘクバの自信まで粉砕した。ヘクバはセリオンによって精神まで打撃をうけた。セリオンはこの隙を逃さなかった。
セリオンは蒼気の刃で、ヘクバを斬った。
「がっ!?」
ヘクバは血を出して倒れた。
「くうう…… おのれ…… この私が倒されるとは……」
「終わりだ。フィリアは俺たちが取り返す」
「クッハハハハハ!」
「? 何がおかしい?」
「私にはまだ奥の手が残っている! それが、おまえたちもフィリアも、皆殺しにしてくれるだろう! いでよ、キュベレ神 Kybele !」
ヘクバの前に一体の竜が現れた。
とがった頭に、狂暴そうな目。恐ろしい爪や、屈強な腕や脚。そして広げられた翼――体は銀色だった。
銀竜キュベレだった。キュベレは二足で歩行できた。
そこにアンシャルが駆けつけてきた。
「待たせたな、セリオン! ここからは私も戦おう」
アンシャルは長剣を抜いた。キュベレがセリオンとアンシャルをにらみつけた。それは恐ろしい顔だった。
「どうやら、威圧しているようだが、それでひるむ俺たちじゃない!」
キュベレが炎を口に蓄えた。
「!? 炎の息か!」
「セリオン、来るぞ! ここは私に任せろ!」
キュベレが炎の息をはきつけた。アンシャルは前に出ると、風の刃で炎の息を斬り裂いた。風の刃はキュベレの口元まで達すると、キュベレの口に当たって、炎を止めた。アンシャルは風切刃を放った。風の刃がキュベレに命中する。しかし、どの一撃もキュベレを傷つけることはできなかった。
「風の刃は効果がない、か…… なら、これならどうだ? はっ! 風王衝破!」
アンシャルは長剣に風をまとわせると、強力な打撃でキュベレを打ちつけた。アンシャルはキュベレに風を叩き込む。
ところが、キュベレは右手を振りかぶって鋭い爪で斬りつけてきた。
「!?」
アンシャルはすぐに後退した。キュベレの爪がむなしく空を切る。
「この攻撃もきかない、か…… どうやら、風に対して耐性を持っているようだな」
アンシャルはキュベレを見上げた。キュベレが狂暴な目をこちらに向けてくる。
「これで、どうだ! 多連・光明槍!」
多くの光の槍が宙に形成された。光の槍は飛び交い、キュベレに向かっていった。光明槍はキュベレに突き刺さった。
「グルアアアアア!?」
キュベレが叫び声を上げる。
「ふむ…… 致命傷というわけにはいかないか」
キュベレは咆哮した。キュベレは怒り狂い、その魔力を高めた。地面に亀裂が走った。その中から、マグマが噴出し、セリオンたちに襲い掛かった。アンシャルは風を束ねて、回転させた。するとマグマは風の壁に阻まれてはね返された。
キュベレの多連・硬石槍。大きな石の槍がセリオンとアンシャルに向かってくる。セリオンたちはタイミングを合わせて、石の槍をはじき返した。
キュベレの口から炎が漏れた。炎の息だ。キュベレは炎の息をセリオンとアンシャルにはきつけた。
「無駄なことを! 氷星剣!」
セリオンは輝く氷の剣を出すと、キュベレの炎の息をかき消した。さらに大きくジャンプすると、セリオンはキュベレの首を切断した。キュベレの首が地面に落ち、キュベレは銀色の粒子と化して消滅した。
「そんな!? 大地母神キュベレが人間ごときに倒されるとは…… !?」
ヘクバが驚愕した。
「どうやらおまえの奥の手はついえたようだな。フィリアは俺たちが連れ帰るぞ?」
セリオンがヘクバに告げた。
「ぐぬう……」
ヘクバは怒りと憎しみに満ちた目でセリオンを見た。
「フィリアはもう私たちの同胞だ。おまえたちの好きにはさせない」
アンシャルも宣告する。
「フン! フィリアは里から追放する! どこにでも好きな所に行くがよい!」
ヘクバは吐き捨てるように言った。
「ああ、それでいいさ。フィリアは俺たちの大切なシュヴェスターだ。俺たちが彼女を受け入れる。なぜなら、俺たちはフィリアを愛しているからだ」
「ヘクバ里長……」
そこに縄から解き放たれたフィリアが現れた。
「フィリア! おまえはもはや同胞ではない! 多神教を捨てて一神教徒になったのだからな! もはや里におまえの居場所はない! とっととうせるがいい!」
「さようなら、ヘクバ里長……」
フィリアは悲しそうな表情をするとヘクバから視線をそらした。そして三人はテンペルに帰った。
その日、その夜、セリオンとエスカローネは寮にいた。エスカローネはユリオンを抱いて、ミルクを与えていた。そこにドアをノックする音が聞こえた。
「あら? お客様?」
エスカローネが気づいて出ようとした。
「君はそのままユリオンの相手をしていてくれ。俺が出る」
「そう、ありがとう、セリオン」
「はい、ただ今開けます。!? なっ!?」
ドアを開けてセリオンは驚いた。そこにはナルシスティックな男、サマエルがいた。
「やあ、セリオン、久しぶりだね。それにエスカローネも」
「サマエル、何のつもりだ?」
セリオンはサマエルを見て警戒した。
「フフフ…… 別に何も企んでいないさ。ぼくは忠告に来たんだよ」
「忠告、だと?」
「そうさ」
「ブルトゥスとアグリッピナの件は聞いた。おまえの差し金だとな」
「フフッ、その通り。あれはぼくが仕向けたものだよ。気に入らなかったかな? とはいえ、元のでき、素体の質が悪いと、いくら悪魔の細胞を埋め込んで改良してもダメだったようだけどね」
「悪魔の細胞?」
「そうさ。大悪魔レヴィアタン Leviathan の細胞のことさ」
「おまえは何がしたいんだ?」
「それはね、ぼくはサタナエルの最大の理解者でありたいと思っているのさ! ああ、そうそう、言い忘れていたね。今夜、スルト大統領を例のレヴィアタンが襲撃することになっている」
「なんだと!?」
「別に襲撃の結果はどうでもいいんだ。フフフ、君なら必ずスルト大統領閣下のもとへといくだろう? そうだよね、セリオン?」
「くっ、サマエル!」
「今からでも遅くないと思うよ。さあ、彼のところに行きたまえ!」
そう言うと、サマエルは闇に消えた。
「エスカローネ、スルトが危ない! 俺はいますぐ大統領府に行ってくる!」
「気をつけてね、セリオン」
セリオンは雨の中、スルトのもとへとバイクで疾駆した。
スルトは夜、大統領執務室にいた。執務が忙しく五時までに終わらないのだ。スルトは窓から外を見た。外は雨が降っていた。今は七時だった。部屋はシャンデリアで光が送られていた。スルトが大統領になったのは権力欲からではない。スルトはむしろ義務や責任感で大統領になることを決め、引き受けたのだ。スルトは軽く笑った。スルトには大統領という役を演じているような気がしたからだ。
スルトは席を立った。そして窓際に立つ。
「むう!?」
スルトは突然、闇の気配を感じた。
「これは…… 悪魔か!?」
スルトはすぐさま豪剣フィボルグを出した。悪魔は大統領府に侵入し、警備員たちを次々血祭りにしていった。警備員たちの悲鳴がこだました。スルトは執務室で待った。
「いったい、何が起きている?」
スルトは闇の気配が近づいてくるのを感じた。その闇の気配は、執務室の前で止まったようだ。
スルトに緊張感が走る。途端にドアが解放された。そして恐るべき闇の悪魔が姿を現した。
柱のような体に両肩が翼のように広がっている異形の姿…… 体の色は紫だった。
悪魔は体から触手を出した。それはスルトを正確に狙っていた。スルトは剣でその触手を切断した。
この悪魔は大悪魔レヴィアタンだった。
スルトはとっさに窓を開けると、雨が降る外へと、ジャンプした。そして見とれるほどの着地を決めた。
「さて、追ってこれるか?」
スルトは二階の執務室を見た。すると執務室の壁が木っ端みじんに吹き飛んだ。
そしてレヴィアタンはゆっくりと着地した。
「どうやら、ただですますつもりもないようだな。いいだろう」
スルトは豪剣を構えた。その時。
「スルト!」
「!」
そこにセリオンがバイクに乗って現れた。
「セリオン!」
セリオンはバイクから降りた。
「あれは、悪魔か?」
「そうだ。どうやら、私の命を狙っているようだな」
「サマエルが俺の部屋に来た。スルトを襲うと告げて、な」
「……ほう。つまり、これはサマエルの陰謀というわけか。サマエルが出てきたということは、その背後にはサタナエルが存在しているのか?」
「おそらくな。下がってくれ、俺がこいつの相手をする」
セリオンは大剣を構えた。その不気味な顔から、悪魔はニイッと笑ったような気がした。
「? なんだ? 笑っているのか? ……気に入らないな。こいつはむしろこのシチュエーションを喜んでいるように思える。何を考えている?」
レヴィアタンの周囲に茶色い触手が大量に現れた。その触手がセリオンに攻撃を仕掛けてくる。セリオンは本体より、触手の相手をするのが先だと判断した。触手が二本接近してきた。その触手はセリオンに叩きつけてきた。セリオンは大剣を横一文字に振るうと、一撃で触手を切断した。もう一つの触手がセリオンに突き付けてきた。セリオンはよけると大剣で斬りつけた。その触手は切断された。レヴィアタンの触手は次々とセリオンに迫ってきた。そのすべてをセリオンは斬り払う。すべての触手が消えた。レヴィアタンは土の魔法を唱えた。多弾・石弾である。多くの石の塊がセリオンに向けて放たれた。一撃でも当たれば、大きな打撃を受けることは間違いない。
セリオンは大剣を振るった。そして石の塊を薙ぎ払った。
レヴィアタンの硬石槍。レヴィアタンは三本の硬石槍を放った。セリオンは一本を後退してかわし、二本目を右によけてやり過ごし、三本目を左によけた。レヴィアタンは魔力を高めた。
レヴィアタンは土の波動砲「土衝波」を放った。強力な衝撃がセリオンに迫る。セリオンは光輝刃を出し、土衝波に斬りかかった。土の衝撃波を光の大剣は受け止めた。セリオンは光の大剣で土衝波を粉砕した。レヴィアタンは前面に闇の振動を放った。
「邪振波」である。セリオンは光の大剣を地面に当てて、振動を斬り裂いた。
レヴィアタンの岩石弾。岩石の塊がセリオンに向けて放たれる。セリオンは光の大剣で岩石弾を斬り払った。セリオンは一気にレヴィアタンに接近し、光の斬撃を叩き込んだ。そして、さらに追撃として、光子斬を加えた。光の粒子がレヴィアタンを斬りつける。レヴィアタンは悲鳴を上げた。
レヴィアタンはくるくると回転すると、闇の中に消えていった。
「ふう…… スルト、無事か?」
「ああ、私は無事だ。おまえのおかげでな。それにしてもよくここに来れたな?」
「ああ。俺の部屋にサマエルがやってきてな。スルトが襲われると言ってきた。そこでバイクでスルトのもとに駆け付けたというわけだ」
スルトは手を顎に添えて考え込んだ。
「ふむ…… サマエルか…… むう、むしろこれは陽動ではないか?」
「!? なんだって!?」
「おまえと悪魔を戦わせておいてそのうちに何かをしようと企んでいるのではないか?」
「まずい! すぐに戻らないと!」
「私のことはいい。自分の身は自分で守れる。さあ、行け!」
「わかった! 行ってくる!」
セリオンはバイクにまたがると、急いで大聖堂に向かった。
フィリアは女子寮の礼拝堂で祈りをささげていた。
「よく祈っているな、娘よ」
「? あなたは?」
フィリアの背後に長い銀髪、黒いコートを着て、長めの刀を持った男……がいた。
「私はサタナエル。セリオンの宿敵だ」
「お兄ちゃんの?」
「フッ、娘よ、私といっしょに来てもらおうか。フフフ、安心しろ。セリオンなら来ない。今頃あいつはスルトを助けに行って、レヴィアタンと交戦しているからな」
フィリアのほおに刀の刃が当てられた。
セリオンはバイクに乗って急いで大聖堂に向かっていた。セリオンは嫌な予感がしていた。
(くっ! 間に合うか!?)
そのセリオンの前に急に人影が現れた。
「!?」
セリオンはとっさにブレーキを押した。その人影の前でバイクは停止した。
その人影はサタナエルだった。
「フッ、どうした、セリオン? 何をそう急いでいる?」
「あんたか!」
セリオンは大剣をサタナエルの前に向けた。
「フフフ…… あの娘はこの私が預かった。今は私の手元にいる」
「あの娘? 誰だ、それは?」
「フィリアという少女だ」
「フィリアだと!?」
「セリオン、『水の宮』まで来い。そこで私たちはフィリアと共に待っている」
「待て!」
セリオンは大剣でサタナエルの首をはねようとした。しかし、大剣はサタナエルの首を通過した。
「無駄だ。これは幻。おまえは幻を斬ったにすぎない。それではセリオン、水の宮で本物の私と会おう」
そう言い残してサタナエルの幻は消えた。
水の宮はリンデスファーン Lindesfaan の森の中にある。水に包まれた宮である。
セリオンはバイクで水の宮へやってきた。
宮があるところまで来ると、セリオンはバイクを下りた。セリオンは亜空間収納でバイクをしまう。
そして、セリオンは神剣サンダルフォンを出した。
セリオンは歩いて水の宮に近づいた。水の宮にはフィリアがいた。フィリアは祈りをささげていた。
そこに影が現れた。それはサタナエルだった。サタナエルは抜き身の刀をフィリアに突き刺した。
「フィリア!」
「フフフフ……」
サタナエルは笑った。
サタナエルの背後にサマエルと女の悪魔がいた。彼女の名はエレシュキガル Ereschkigal という。
茶色の長い髪をポニーテールにして、レオタードに軽い鎧をつけていた。
フィリアは背後から刺されて、倒れた。
「どけっ!!」
セリオンは叫んだ。セリオンはフィリアに近づき、大剣でサタナエルに斬りつけた。
サタナエルは影となって引いた。
「フィリア…… フィリア……」
セリオンはフィリアの顔を見た。その顔は安らかであった。
フィリアの心、フィリアの言葉、フィリアの顔つきがセリオンの胸に何度も押し寄せてきた。フィリアは安らかだった。もしかしたら、フィリアはこの結末を受け入れていたのかもしれない。
「フフフ…… どうだ、セリオン? この私が憎いか? そうだ、憎しみこそ闇の本質。セリオン、憎むがいい、この私を! そのためにおまえにはここまで来てもらったのだ」
「あんたへの怒りはある。だが、それは自分の無力さへの怒りだ。憎しみの炎じゃない。俺は闇には染まらない。俺の本質は愛だ。憎しみじゃない」
セリオンはフィリアの髪をいとおしくなでた。
「セリオン、地下の国へ来い。私と決着をつけたいなら、私の後を追ってこい。すべては光と闇の理と共に!」
サタナエルは闇の中に消えた。サマエルもエレシュキガルも消えた。
「そうそう、おまえへの贈り物を用意しておいた。気に入ってくれるとうれしいのだが…… では、セリオン、地下の国で会おう」
「? なんだ?」
闇が床から噴き出した。そこには死霊の顔に、ムカデの体をした悪魔アバドン Abaddon が現れた。
「悪魔か……俺は今機嫌が悪い。そんなに死にたいらしいな」
セリオンは大剣を構えた。アバドンは口から闇の息をはいた。
「闇の息か。そんなもの!」
セリオンは光の大剣を出した。セリオンは光の大剣で闇の息を斬り裂いた。
アバドンは闇の魔力を高めた。アバドンの闇黒弾。セリオンは狙いをすまして闇黒弾を斬った。
アバドンの闇黒槍。アバドンは闇黒槍をタイミングが狂うように間隔をあけながら、発射してくる。
セリオンはそれを見破りながら、闇黒槍を斬り裂いた。
アバドンの目が急に妖しい色を見せた。
アバドンの「邪眼」。
セリオンは危険を察して、目をそらした。アバドンは再び闇の息を出した。
「その攻撃は通じない。まだ、わからないのか?」
セリオンは光波刃を三発出して、闇の息を無力化しつつ、反撃した。光波刃はアバドンに傷をつけた。
アバドンは口を大きく開けてセリオンにかみつこうとしてきた。アバドンの鋭い牙から毒が出ている。これは猛毒で大きな牛でも数分で死に至るものである。
セリオンはタイミングよく後退して回避した。
アバドンの闇力。
闇がドーム状に現れる。セリオンは光の大剣を輝かせて、闇力を無力化した。
アバドンの多連・闇黒槍。
「その魔法も通じない! 無駄だ!」
闇の槍がセリオンめがけて飛来する。セリオンは光の大剣で斬り払う。
アバドンの獄門。これは生命力を吸い取る闇の魔法である。
これをセリオンは光輝刃で斬り捨てた。
セリオンは大剣に光の粒子をまとわせた。セリオンは光子斬でアバドンを斬り、一刀両断にした。
「ギシャアアア!?」
アバドンが叫び声を上げた。セリオンはアバドンの上半身に近づき、光輝刃でとどめを刺した。アバドンは固まったように動かなくなった。アバドンは黒い粒子と化して消滅した。
セリオンは大聖堂に帰還した。セリオンはバイクから降りると、亜空間からフィリアの遺体を取り出した。それから衆目が見守る中、セリオンは大聖堂に入った。大聖堂ではみんなが待っていた。
「俺はフィリアを守れなかった。大切なシュヴェスターを守れなかった」
それだけでみなは事態を理解した。アリオン、シエル、ノエル、アイーダ、ディオドラ、ダリア、クリスティーネ、そしてアンシャルとエスカローネ……
フィリアの遺体は火葬された。火葬の前にフィリアの髪は切られて保存された。そしてみんなはフィリアの魂が神のもとに行けるよう、祈った。セリオンは火葬場でアンシャルに話しかけた。
「サタナエルは地下の国に来いと言った。地下の国にはどうやって行けばいいんだ?」
「私の知識によると、アウェルヌス Avernus 湖から地下の国に通じていると聞いたことがある。まずはアウェルヌス湖を目指せ」
火葬は厳粛に営まれた。涙を流す者たちもいた。
「セリオン、ヴァナディースを発つのか?」
「ああ、明日にはエスカローネと共に出発する。ところで……」
「ユリオンのことだろう? 心配するな。私とディオドラが預かろう。おまえとエスカローネはサタナエルを追え」
「ありがとう、アンシャル」
翌朝、セリオンとエスカローネはバイクにまたがった。
「サタナエルとの決着をつけるんでしょう、セリオン? いったいどれくらいの旅のなるのかしら?」
「そうだな、今からわかりそうもないな。さあ、出発だ!」
セリオンは勢いよくバイクを加速させた。セリオンたちはフライヤ門から出ていこうとしたとき、一人の男性と出会った。それはスルトだった。セリオンはバイクを止めた。
「スルト!」
「スルト大統領!」
「私はおまえたちがこの道を通ると思ってな。おまえたちはサタナエルとの決着をつけに行くのだろう?」
「ああ、そうだ」
「私は君の父であれてうれしい。神が君たちを導いてくださるように! 神が君たちと共におられるように!」
「ありがとう、スルト。じゃあ、行ってくる。俺はサタナエルと決着をつけない限り、ヴァナディースに帰ってこない。俺はそれを誓おう」
「うむ。気をつけてな。できるなら、おまえたちの旅が良きものになるといいのだが」
そうしてセリオンとエスカローネはフライヤを去った。