総合演習
テンペルでは総合演習を控えていた。総合演習は一般の演習よりも、より大規模な演習で、フライヤ全域を戦場として想定している。敵は幻魔法「ミラージュ」で作り出される幻だが、敵味方にも生命力 (life point=LP)が数値化されて付与される。LPがゼロになったら戦死扱いとなり、以後の演習プログラムに参加できなくなる。逆に敵のLPをゼロにすればそれは敵を撃破したことになり、その人のてがらになる。セリオンにとって演習で戦死することは極めて、不名誉なことであった。
この演習はヒッポクラート Hippokraat 将軍が総指揮を執る。
アンシャルも騎士団長としてこの演習に参加する。この演習ではヒッポクラート将軍を中心に演習委員会が作られており、それが演習のプログラムを進行させる。
また、ミラージュでは一般市民も作られ、一般市民を守れなくてもゲーム・オーバーとなる。
演習はミラージュによる魔物の出現から始まった。ヴァナディースの三地区に魔物が出現した。
セリオン、アンシャル、アリオンの三人は飛空艇シーベリオンで、空中からパラシュートで降下した。
シーベリオンは三つの地区を回り、セリオンたちを下ろしていく。
三人はそれぞれ、ケーニヒ・ベヘモト Königbehemoth と遭遇した。
侵入してきた魔物とはケーニヒ・ベヘモトだった。ケーニヒ・ベヘモトはカイザー・ベヘモトより、一回り小柄で、雷を扱うのが特徴だ。
セリオンは一体のケーニヒ・ベヘモトと対峙した。
「ケーニヒ・ベヘモトか…… このあいだフンババを倒したばかりだというのに、妙に縁があるな」
ケーニヒ・ベヘモトは咆哮を発した。明らかにセリオンを威圧している。これがごく普通の人物だったなら怖気ずいているだろう。
ケーニヒ・ベヘモトの圧倒的な体躯、太い腕、筋肉質の肉体、鋭い角と爪、そのどれもが他者を圧倒しうる。しかし、セリオンはそうではなかった。セリオンは恐れなかった。セリオンには上位種のカイザー・ベヘモトを倒したという実績がある。下級のケーニヒ・ベヘモトに負けるとは思わまかった。
もちろん、このケーニヒ・ベヘモトは「ミラージュ」で作られた幻で、現実に存在しているわけではない。しかし、ケーニヒ・ベヘモトの角で貫かれたなら、一撃でLPがゼロになることにかわりはない。
ケーニヒ・ベヘモトが落雷をセリオンに落とした。セリオンは後方に跳びのいた。
ケーニヒ・ベヘモトは落雷を連発してくる。セリオンの位置を正確に狙っていた。ところがセリオンにとってそれは好都合だった。自分を正確に狙ってくるなら、回避は容易になるからだ。
ケーニヒ・ベヘモトは落雷が当たらないとようやく悟ると、今度は直接攻撃に切り替えた。
ケーニヒ・ベヘモトは爪に雷をまとわせてセリオンを攻撃してきた。
筋肉質な腕から繰り出される攻撃は圧倒的なパワーで満ちている。それをセリオンは大剣でやすやすと受け止めた。ケーニヒ・ベヘモトは大きく目を見開いた。セリオンの顔からは余裕が感じられた。
「今度はこっちから行くぞ?」
セリオンは蒼気を展開した。蒼白い闘気がセリオンの全身から放出される。そして蒼気はセリオンの体から大剣へといきわたった。セリオンの大剣はケーニヒ・ベヘモトのパワーを上回り始めた。
さらにセリオンはケーニヒ・ベヘモトを圧倒して押しのけた。ケーニヒ・ベヘモトの体がふらついた。
セリオンは蒼気を収束して大剣に乗せると、すさまじく鋭い刃でケーニヒ・ベヘモトの腕を斬り落とした。
「!?」
「これで、終わりだ!」
セリオンはジャンプすると、痛みにのけぞっていたケーニヒ・ベヘモトの首を斬り落とした。ケーニヒ・ベヘモトは倒れた。
アリオンはパラシュートから抜け出ると、一匹のケーニヒ・ベヘモトの前に立ちはだかった。
アリオンは刀を抜いて構える。ケーニヒ・ベヘモトはアリオンを敵と認識したようだ。
ケーニヒ・ベヘモトは口を大きく開けて、唸り声を発した。アリオンは左手を前に出した。
こいこいと、アリオンは手招きする。ケーニヒ・ベヘモトが目を赤く光らせた。ケーニヒ・ベヘモトは爪に雷をまとわせた。「雷爪」である。
ケーニヒ・ベヘモトはアリオンを軽く見ていた。アリオンをこの程度の攻撃で殺せると思っているようだった。ケーニヒ・ベヘモトは雷爪でアリオンを攻撃してきた。それをアリオンは後ろに跳んで回避する。ケーニヒ・ベヘモトは目を細めた。ケーニヒ・ベヘモトは「雷撃」を放った。アリオンは横に跳んで回避する。
「そんな攻撃なんてくらうかよ! これでも、くらいな!」
アリオンは炎の斬撃を刀から射出した。炎の斬撃がケーニヒ・ベヘモトに飛ぶ。ケーニヒ・ベヘモトはこれをくらってよろけた。
「今だ!」
アリオンは一気にケーニヒ・ベヘモトとの間合いを詰めると、紅蓮の剣でケーニヒ・ベヘモトを斬り刻んだ。致命傷とまではいかなかったが、ケーニヒ・ベヘモトに叫び声を出させるところまでいった。
「これで、どうだ! 紅蓮煉獄斬!」
アリオンが紅蓮の炎でケーニヒ・ベヘモトを焼き尽くす。
「どうだ! ん?」
炎の中からケーニヒ・ベヘモトが角を前面に立ててアリオンに接近してきた。このままでは、ケーニヒ・ベヘモトの角でアリオンはLPゼロとなり、戦死扱いとなっただろう。しかし、アリオンはとっさに気づいて横によけた。
「あの炎を耐えるなんて、さすがケーニヒ・ベヘモトか……」
ケーニヒ・ベヘモトは怒っていた。怒りのままに再び突進し、アリオンを角で突き刺そうとしてくる。
「当たるか!」
アリオンはとっさにジャンプし、ケーニヒ・ベヘモトの頭に刀を突き刺した。ケーニヒ・ベヘモトは倒れこんだ。ケーニヒ・ベヘモトはLPゼロ、即死となり、この戦いはアリオンの勝利に終わった。
「ケーニヒ・ベヘモトか…… ケーニヒ・ベヘモトは事前の報告では三体いたな。一体はセリオンが、もう一体はアリオンが、残り一体を私が受け持つことになったわけだが…… 厄介だな…… 私の風による切断力も衝撃力も、どこまでこの怪物に通じるか……」
アンシャルは状況を的確に分析した。アンシャルはケーニヒ・ベヘモトに風刃を放った。ケーニヒ・ベヘモトの体に風刃はかすり傷を与えた。ケーニヒ・ベヘモトはアンシャルに注意を向けた。
アンシャルは風刃によって、ケーニヒ・ベヘモトの注意を自分に向けることに成功した。アンシャルの目とケーニヒ・ベヘモトの目が合った。この演習ではミラージュで一般市民も再現されており、一般市民も守るべき対象だった。もしも、一般市民が一定の数を下回ったら、演習は失敗となり中止になる。ケーニヒ・ベヘモトはアンシャルを凝視した。
「私を意識しているな? 計算通りだ。さて、では私たちも戦いを始めるとしようか」
アンシャルが風王剣イクティオンを出す。ケーニヒ・ベヘモトは全身に魔力をまとった。そして全身から雷を放出した。アンシャルは後退した。
「これはどうかな?」
アンシャルは風の刃「風切刃」を長剣から放った。すさまじい切れ味のある風の刃が放たれた。しかし、ケーニヒ・ベヘモトの放電はそれを無力化した。
「風切刃が効かない、か……」
ケーニヒ・ベヘモトは雷撃を発射した。
「おっと!」
アンシャルは横に跳びのく。アンシャルがいた位置に雷が次々と落ちていった。ケーニヒ・ベヘモトはアンシャルとの間合いを詰めて、雷の爪で攻撃したきた。雷の爪がアンシャルに振り下ろされる。
「風振剣!」
アンシャルは振動する風の刃を発生させた。ケーニヒ・ベヘモトは右腕を切断された。
ケーニヒ・ベヘモトは激痛のためのたうち回る。右腕の関節から、大量の血が流れていた。
「流血まで再現されているのか。こだわりがある。さて、これでとどめだ! 風よ、つどえ!」
アンシャルはケーニヒ・ベヘモトの上空に大量の風を集めた。集められた風はケーニヒ・ベヘモトめがけて降り注ぎ、すさまじい風の衝撃となって落ちた。アンシャルの魔法「風王降臨」である。風王降臨はケーニヒ・ベヘモトに直撃した。ケーニヒ・ベヘモトはLPをゼロにされ、その場から消滅した。
ケーニヒ・ベヘモト三体は片づけられた。セリオンたちの活躍によって、今までは一般市民への被害は出ていない。演習としてはうまくいっていた。しかし、ケーニヒ・ベヘモトを倒すと、次の敵影が現れた。血のように赤い体の、犬型の魔物。ブルート・フント Bluthund である。
出現したブルート・フントたちは一般市民をターゲットとして行動し始めた。
「まずい! 一般市民を守らないと!」
セリオンは大剣を持つと、ブルート・フントに斬りかかった。セリオンはブルート・フントを次々と屠っていった。ブルート・フント一体一体はそれほど強くない。しかし、弱いものを優先して狙うという習性があった。それが市民を守る義務があるセリオンたちにとって厄介なところだった。
一方、アリオンも出現したブルート・フントと戦っていた。アリオンは市民たちの前に立ちはだかり、ブルート・フントを斬り殺していった。ブルート・フントのLPは少ない。そのためアリオンの刀でも十分に相手をすることができた。
それから大聖堂の前ではヴァルキューレ隊が52名で守りを固めていた。大聖堂はテンペルの本部である。ここを敵に落とされても、演習は強制終了となってしまう。ゆえに守備隊としてヴァルキューレ隊が置かれていた。
「敵の接近を認めた! 敵は犬型の魔物ブルート・フントだ! 総員、戦闘態勢を取れ!」
ナスターシヤ隊長が言い放った。ヴァルキューレたちは武器をかかげた。その中にはハルバードを持つエスカローネもいた。全員が緊張している。
「総員、攻撃開始!」
ナスターシヤ隊長が自ら先陣を切ってブルート・フントに向かって行った。
ヴァルキューレたちとブルート・フントの戦いが始まった。
大聖堂は負傷者が運び込まれる所でもある。その中ではディオドラたちが負傷した騎士たちを治療していた。ナスターシヤ、エスカローネ、ライザ、ナターシャと続いてブルート・フントを駆逐する。戦いはヴァルキューレ隊の優勢になった。
とそこに、雷の魔法「落雷」が放たれた。
「総員、回避!」
ヴァルキューレたちは落雷をかわした。その後ヴァルキューレたちは息をのんだ。
そこには大きな巨体を誇る、ケーニヒ・ベヘモトが一体いたからだ。
「ケーニヒ・ベヘモト!?」
エスカローネが漏らした。ナスターシヤ隊長はすぐさま判断を下した。
「非常事態だ! ケーニヒ・ベヘモトが現れた! いたずらに数で攻めても犠牲者を出すばかりだ!
戦う者を限定する! エスカローネ、ライザ、ナターシャ、そして私の四名でこいつの相手をする! いいな?」
「「「はい!」」」
三人の返事が重なった。
「ライザは私と一緒に前衛だ! エスカローネとナターシャは後衛に回れ!」
「「「はい!」」」
ナスターシヤとライザは槍を構えると、ケーニヒ・ベヘモトをかく乱した。セリオンたちは一人でケーニヒ・ベヘモトを倒せたが、それは彼らが強すぎるのであって、ケーニヒ・ベヘモトは普通の兵士には脅威となる敵だ。
「金光砲!」
エスカローネはハルバードの先端に光を集中すると、ビームとして撃ち出した。
ケーニヒ・ベヘモトがよろけた。
「光投槍!」
ナターシャが、ナスターシヤとライザが前でケーニヒ・ベヘモトの妨害をしているところに、光の投槍をぶち込んだ。光投槍はケーニヒ・ベヘモトの肩に突き刺さった。ケーニヒ・ベヘモトは怒り狂った。
ケーニヒ・ベヘモトは突進の構えを見せた。四人を蹴散らすつもりだ。ケーニヒ・ベヘモトは角を出して走った。
「きゃあああああああ!?」
ケーニヒ・ベヘモトの角がナターシャに突き刺さった。ナターシャはLPがゼロになり、即死で演習から脱落となった。ヴァルキューレ隊員に動揺が走る。
「皆のもの、怖気ずくな!」
ナスターシヤがおびえる隊員を叱咤した。
「戦法を変える! エスカローネも前に出ろ! 三人でケーニヒ・ベヘモトを囲め!」
「はい!」
エスカローネはハルバードを手にして前に出た。三人は近接攻撃でケーニヒ・ベヘモトを追いつめる。
ナスターシヤとライザの光輝槍、エスカローネの光矛。
ケーニヒ・ベヘモトにダメージが蓄積していく。ケーニヒ・ベヘモトの体が紫に光った。
「!? 二人とも! 敵から距離を取れ!」
エスカローネとライザは後ろに跳んだ。ケーニヒ・ベヘモトは全身から放電していた。しかし、この攻撃には隙がある。それを逃すナスターシヤではない。三人は一斉にケーニヒ・ベヘモトの心臓を狙い、見事にそれを貫通した。ケーニヒ・ベヘモトのLPがゼロになり、ヴァルキューレたちが勝利を収めた。
聖堂騎士たちはアンシャルの指揮のもと、的確にブルート・フントの群れに対処していた。
アンシャルはシーベリオンで各地区を回り、小隊を送り込んで、一般市民を守らせ、かつブルート・フントと戦わせた。
「アンシャル団長!」
「どうした?」
アンシャルは街中で、一人の騎士から報告を受けていた。
「ケーニヒ・ベヘモトが大聖堂を襲撃したそうです」
「それで?」
「はっ! ヴァルキューレ隊の活躍でケーニヒ・ベヘモトは撃退されたようです!」
「そうか。それはよかった。ナスターシヤたちにはきつい相手だったろう…… ん?」
その時、暗い黒い影がアンシャルたちの上空を飛行した。
「なっ!? あれはドラゴン!? セリオンのほうに向かって行ったようだな。狙いはセリオンか……」
アンシャルが表情を曇らせた。
「アンシャル団長、いかがいたしましょうか?」
「シーベリオンで我々もセリオンのもとに向かう! 至急出撃準備だ!」
「はっ!」
一方、セリオンの上には大きな二つの翼をもつドラゴン、魔竜ジェネリウス Jchenelius と対峙していた。ジェネリウスは明らかに、セリオンを狙っていた。
「こんなやつもいるのか…… まったく、手が込んでいるものだ」
ジェネリウスは着地した。メタリック・シルバーの色どりが陽光を反射させていた。さっそくジェネリウスはセリオンに攻撃を仕掛けてきた。口を開き、闇の炎の息をセリオンに浴びせかける。セリオンは闇炎の息に呑み込まれた。闇が晴れた。セリオンは無事だった。セリオンは光り輝く大剣を持っていた。セリオンは大きく跳んで、ジェネリウスに光輝刃で斬りかかった。
ジェネリウスの体が傷つけられる。セリオンはさらに追撃をしようとしたが、ジェネリウスは空中に浮きあがってセリオンの攻撃をかわした。
ジェネリウスは大きく咆哮した。
「くっ!?」
ジェネリウスはセリオンを威圧してきた。ドラゴン特有のプレッシャーをセリオンは感じた。
ジェネリウスは口に重力弾を形成した。重粒子がジェネリウスの口に集まる。ジェネリウスは重粒子弾をはきだした。
セリオンはジャンプすると、重粒子を斬り捨てた。上空からジェネリウスは闇炎の息をはいた。
「そうそう、くらうと思うか!」
セリオンは光の斬撃「光波刃」を出し、さらに二発放った。光波刃は闇炎の息を斬り裂き、ジェネリウスを傷つけた。
「ああやって、上空にいられるとこちらからは手出しができないな。どうしたものか……」
「ただ今、アリオン参上! セリオン、手を貸すぜ!」
「アリオン!」
そこにアリオンが現れた。ジェネリウスは地上に着地した。
「行くぜえ! 奥義! 紅蓮犬牙斬!」
アリオンは炎をまとった斬撃でジェネリウスを斬り上げた。ジェネリウスはアリオンが着地した時を狙って、しっぽで薙ぎ払った。アリオンはジェネリウスの尾を受けて吹き飛ばされた。
「うわああああああ!?」
「!? アリオン!」
するとアリオンの体は優しい風に包まれた。
「どうやら、間に合ったようだな」
「アンシャル!」
ジェネリウスの戦場にアンシャルが現れた。
「私も戦うぞ! 風切刃!」
アンシャルは風の刃をジェネリウスに向けて繰り出した。しかし、アンシャルの攻撃はたいしたダメージを与えられなかった。ジェネリウスは飛行した。口に闇を集めて、闇炎の息をはいた。この息はセリオンとアンシャルを狙っていた。
セリオンは光輝刃で、アンシャルは光明剣でブレスを斬り裂いた。
ジェネリウスは全身に闇の力をまとわせた。
「セリオン! これは危険だ! 何か来るぞ!」
「あいつはいったい何をするつもりだ?」
ジェネリウスは口から黒いビームをはきだした。まともにくらったら即死、LPゼロは確実だった。
すさまじい爆風が広がった。静けさが満ちていた。この攻撃をアンシャルはしのいだ。それだけではない。
「後ろを取ったぞ! くらえ!」
セリオンはアンシャルの風魔法で上空に滞空していた。セリオンは蒼気を展開すると、ジェネリウスの翼を斬り裂いた。ジェネリウスは落下した。
「今だ! 風王斬!」
アンシャルが地面でもがくジェネリウスに必殺の一撃をぶちかました。
そして、セリオンが蒼気凄晶斬でジェネリウスの口を貫いた。ジェネリウスはLPゼロとなり、死亡した。
その時である。ヒッポクラート将軍が演習の一時中止命令を出した。
「大休止」を取るとも。
「ふう…… どうやら休憩のようだな」
とセリオン。
「セリオン、ジェネリウスを倒したのは見事だったぞ」
「アンシャルのサポートがあったからさ。でなければ俺は苦戦していた」
「さて、このあいだの時間に食事を取るとしよう。それにLPの回復もな」
LPは演習中、休憩時間になるとゼロでない限り、回復される。
聖堂騎士たちは大聖堂に戻り、みんなで食事することにした。騎士たちはおにぎり二個と豚汁を食べた。炊事はディオドラ、シエル、ノエルなどが行った。豚汁はわざわざ大きな鍋から茶わんに入れてくれた。テンペルではこのような後方業務を非常に重視しており、テンペルは「食」で勝つとも言われる。後方業務や補給、ロジスティクスは優秀な騎士たちに任せられ、経験を積む機会が与えられる。
これはテンペルが後方業務を重視しているからにほかならない。アンシャルもナンバー2のころはよく「食」の指揮を執ったものである。兵士は「食」が命である。
歴史上、優秀な司令官は必ず、「部下の食」のことを考え、配慮してきた。それを知っているからこそ、テンペルでは「食」が重視されるのである。
「おっ? おまえたちも演習に参加していたんだな?」
アリオンがシエルとノエルを見つけて言った。
「これだけの人数の食事を作るのは大変だったのよ?」
とシエル。
「そうだね。切っても切っても具材が減らないんだもん」
とノエル。
「ははは! おまえたちはそこが前線だろ? せいぜいがんばれよ」
「それにしてもアリオンはLPが残ったの?」
「アリオンがいまだに生き残っていることがふしぎだよ」
「おまえら俺をバカにするなよな! 俺だってザコってわけじゃないんだから、生き残ってあたりまえだぜ! 見てろよ! 俺は最後まで生き残ってみせるからな!」
休憩時間が終わり、演習が再開した。
「さあ、アリオン。休憩が終わったぞ。次は何が起こるんだろうな?」
セリオンとアリオンは大聖堂内にいた。
「へへっ! 俺と、セリオンが一緒に戦えば、どんな敵だっていちころさ!」
アリオンが親指を立てた。
「緊急です! オフィス街に魔物が出現しました!」
一人の騎士が大聖堂に入ってアンシャルに報告した。
「魔物の規模と種類は?」
アンシャルが冷静に答える。
「はっ! 大型の魔物一体とブルート・フントの群れです」
「大型の魔物か…… 特定できるか?」
「その姿、形からして、モルボーラ Morboola だと思われます!」
アンシャルが顔をしかめた。
「モルボーラか…… 厄介な奴だな。セリオン、アリオン、聞いていたか?」
「ああ」
「もちろんです」
「二人はオフィス街に至急向かい、モルボーラと戦ってくれ。残りのザコどもは騎士たちにゆだねよう」
「わかった!」
「わかりました!」
「アリオン、出るぞ!」
「ああ、行くぜ!」
二人は急いで大聖堂から出て行った。それをアンシャルは見送っていた。そして、騎士たちに向かいなおると。
「聖堂騎士たちをすみやかにシーベリオンに乗船させろ! 直ちに出撃だ!」
セリオンとアリオンはバイク メルツェーデス Mercedes に乗って、フライヤのオフィス街にやってきた。オフィス街はフライヤのビジネスの中心地で、いろいろな企業や個人がビジネスのためにオフィスを置いている。直線となっている道路をセリオンたちは疾駆した。現在は演習中ということもあって、関係者は優先的に通ることができた。
「見えた! あれが、モルボーラだ!」
モルボーラは道路上に立っていた。モルボーラは大きな口に触手の足を持つ魔物だった。
「確か、モルボーラは毒気を持つんだったな」
「でも、炎が弱点だぜ! ここは俺の活躍の出番だな!」
セリオンがバイクを回りこませて、モルボーラの正面に止めた。
「さあ、アリオン! 出番だぞ?」
モルボーラは危険だが知能は低い。モルボーラはぶきみにこちらを見つめてくる。二人はバイクから降りた。セリオンはモルボーラに近づいて、斬りつけた。モルボーラの触手が斬りはらわれた。セリオンはすぐに後退し、モルボーラから距離を取った。モルボーラの近くにいることは危険だったからだ。
モルボーラは知能が低いのだが、その恐ろしさはその息にある。モルボーラは毒の息と魔瘴の息を使う。特に魔瘴の息は危険で、人の頭をおかしくさせる力を持つ。これは味方同士が同士討ちをする危険性があることを意味する。アリオンがモルボーラに攻撃した。モルボーラの触手が切断された。
しかし、モルボーラに変化はなかった。むしろ、痛覚など感じていない様子だった。
アリオンはすぐさまモルボーラから離れた。
「あれだけの攻撃を受けて悲鳴一つ上げないのか…… 不気味な奴だな……」
アリオンがつぶやいた。モルボーラの触手の先端が膨れ上がった。モルボーラの斬られた部分が再生した。モルボーラが紫色をした、毒の息をはきだした。
「毒の息か! それなら!」
アリオンが前に出た。アリオンは刀に炎をまとわせる。それからアリオンは炎を刃として撃ち出した。
アリオンの炎が毒の息を相殺した。
「これを、くらえ!」
アリオンは刀に紅蓮を通すと、さらにもう一発火炎刃をモルボーラに放った。火炎刃はモルボーラに直撃した。
「ギャオオオオオオ!?」
モルボーラは炎上した。モルボーラは叫び声を上げた。
「まだ、まだだ!」
アリオンは刀を紅蓮の炎で彩り、モルボーラに連続攻撃を仕掛けた。アリオンはモルボーラを斬りつけさらに炎上させる。
「ん?」
アリオンはモルボーラの口に黒いもやが出たのを見てとっさに後退した。
今度はモルボーラが魔瘴の息をはいた。この攻撃は危険だ。
「光波刃!」
セリオンは光の刃を魔瘴の息にぶつけた。光の刃は魔瘴の息を拡散させた。
「今だ! くらえ!」
セリオンはモルボーラに近づくと、必殺の一撃「光子斬」でモルボーラを斬った。モルボーラのLPがゼロになり、モルボーラは消滅した。
一方、ブルート・フントの群れは派遣された聖堂騎士たちによってすみやかに鎮圧された。
「ブルート・フントたちは鎮圧されたらしいな。さすが聖堂騎士たちだ。普段の訓練の賜物だな」
セリオンが言った。時刻は五時過ぎになっていた。そこに一人の聖堂騎士が現れた。
「アンシャル様からの伝令だ」
「アンシャルは何を?」
「これから大休止に入る。セリオンとアリオンは一時、大聖堂まで戻ってくれ」
「わかった」
聖堂騎士は馬にまたがって戻っていった。
「アリオン、大休止だ。大聖堂に戻るぞ」
「ああ、わかったぜ、セリオン!」
大休止中に聖堂騎士たちは食事と仮眠を取った。特に食事はアンシャルの意向もあって、全員――それは騎士以外のブルーダーやシュヴェスターまで含んで、取ったかどうか確かめられた。
その後騎士たちはいつ演習が再開されるかわからないため、前半と後半に分けて仮眠をとることにした。セリオンとアリオンはペアになって、まずセリオンが見張り、アリオンが仮眠を取った。
この総合演習では寝ているあいだに演習が再開される可能性があった。演習全体の計画はアンシャルにも知らされていない。アンシャル自身も、訓練に参加しているからだ。ヒッポクラート将軍が何を考えているのかはアンシャルも知らなかった。
演習は事前予告なしに突然再開した。「翼の広場」にゴーストの群れが出現した。
「セリオンとアリオン、おまえたちはすみやかにゴーストの群れを駆逐せよ」
アンシャルから命令が下った。
「行くぞ。いいか、アリオン?」
「ばっちりだぜ、セリオン!」
二人は仮眠か起きると、バイクに乗って現地に向かった。
「翼の広場」は中央にオベリスクが立っていた。フライヤでも広い広場である。そこにゴーストたちがいて、広場を占拠していた。
「アリオン、ゴーストには物理攻撃が一切効かない。わかっているな?」
「ああ、わかっているさ!」
セリオンは広場の前でバイクを止めた。ゴーストたちはセリオンらを見つけるやいなや、襲いかかってきた。セリオンはゴーストの群れのあいだをぬうように斬り走った。ゴーストたちはセリオンの光の斬撃を受けて、消失した。
「やるな、セリオン! 俺も負けていられないな! くらいな! 紅蓮犬牙斬!」
紅蓮の炎が上昇し、舞い上がる。アリオンの一撃はゴーストたちを炎上させた。
二人の活躍によって、ゴーストたちはみるみるその数を減らしていった。ゴーストたちは危機感を持った。ゴーストたちは広場の中心に集まり、集合化した。合わさったゴーストたちは巨大な姿になり「グレート・ゴースト」になった。それを見つめてセリオンは。
「アリオン! ザコのゴーストの相手を頼む! 俺はあのでかくて、白い奴をやる!」
「わかったぜ、セリオン! ザコどもは俺に任せてくれ!」
セリオンはグレート・ゴーストに向かいなおった。グレート・ゴーストは口から白い息をはいた。
白い息は冷たく、凍える寒さを持っていた。
「そんな攻撃!」
セリオンは光輝刃を出した。そしてセリオンは光輝刃で白い息を斬り裂いた。グレート・ゴーストは白い両手でセリオンを捕まえようとしてきた。セリオンはグレート・ゴーストの手を、光の大剣で斬りはらった。グレート・ゴーストは手下のゴーストたちを集めて、踊り狂わせた。
グレート・ゴーストによるトーテンタンツ Totentanz 死者の踊り。
セリオンはこれらのゴーストたちを斬りはらって迎撃した。セリオンは大きくジャンプして光の大剣でグレート・ゴーストを斬りつけた。さらに重力に任せて、セリオンは大剣を落下させて斬りつける。
セリオンは地上に着地すると、光波刃を放って、グレート・ゴーストを斬り刻んだ。
グレート・ゴーストは叫び声を上げた。グレート・ゴーストはセリオンを凝視した。
グレート・ゴーストの「魔氷陣」。地面からいくつもの氷の結晶が現れる。
セリオンは地面をけって、この攻撃を巧みに回避した。
グレート・ゴーストは再び白い息をはいた。セリオンは高くジャンプして光子斬をグレート・ゴーストの頭に叩き込んだ。グレート・ゴーストはLPをゼロにされ。消失した。
ゴーストとの戦いの後、セリオンとアリオンは市街地で仮眠を取った。朝になると二人は目を覚ました。
「いかにマットを敷いていたとはいえ、道路の上で眠っても熟睡できないな。ベッドが恋しいな」
「ふわあ…… おはよ、セリオン」
「おはよう、アリオン。寝心地はどうだった?」
「体が痛いぜ。なんだか、おなかがすいたな」
二人は空腹感を強く感じた。セリオンとアリオンは食事を取ることにした。
支給されたパンを食べ、コーヒーを飲む。
「パンとコーヒーの組み合わせはいいな。食事がはかどる。さすがに、米とコーヒーは合わないからな」
「それにしても今回の演習はいつまで続くんだろうな?」
アリオンがセリオンに尋ねた。
「そうだな…… 今回の演習はヒッポクラート将軍が力を入れているっていう評判があったからな。そう簡単に俺たちを解放してくれないだろう…… 俺たちの行動の裏をついてくるかもしれないな」
「二人とも、食事はとれているか?」
「アンシャル」
「アンシャル団長」
そこにアンシャルがやってきた。アンシャルは二人が食事中であるのを見て安心した。最高司令官にとって、部下の食を気遣うのは当然だった。逆に部下の食を満たすことができない人物は最高司令官として失格なのだ。兵士は「食」で動く。今、聖堂騎士たちは朝食の最中だった。
「どうやら食事は取れているようだな」
「アンシャルはよく、部隊が食事を取れているか気にするな?」
「当たり前だ。兵士に食を取らせるのは最高司令官の義務だ。もし兵士に食を提供できないのなら、その人物は最高司令官失格だ。いや、むしろ無能な人物と言って間違いない。これは軍事の歴史上、例外のない法則だ」
と、そこに伝令の騎士がやってきた。
「アンシャル団長! 演習本部から命令が入りました。敵がフォルムを占領した、ただちに魔物からフォルムを解放せよ、と」
「わかった。部隊を集めろ。私もすぐに出る」
「アンシャル、俺たちも出撃か?」
「いや、セリオンとアリオンは待機していてくれ。おそらく、今回の演習も、これが最後のミッションになるだろう。しかし、ヒッポクラート将軍がこの程度で演習を終わらせるとは思えない。必ず何か、大きなイベントを用意しているはずだ。それにこれは訓練を兼ねている。すべてセリオンにやらせてしまったら、普通の騎士たちの訓練にならないだろう?」
フォルムには包帯で全身を包まれたミイラ男・マミーたちであふれていた。マミーは頭も体も鈍く、敵としてはそれほど脅威ではなかった。マミーは数こそ多かったが、意思もないため、聖堂騎士たちの一方的な攻勢に終始した。
その時、ランスで武装したケンタウロスの部隊が出現したと、アンシャルに報告があった。
アンシャルはケンタウロスの出現に危機感を持った。ケンタウロスは騎兵として使われたとき、最大の力を発揮する。ケンタウロスが持つ、機動力と突撃力は脅威で、マミーなどとは比較にもならない。
アンシャルはケンタウロス部隊の別動隊が背後から聖堂騎士団を攻撃してくる可能性を考えた。
聖堂騎士たちはケンタウロスの部隊とぶつかり合った。この戦いでは平時から厳しい訓練をしている聖堂騎士でも「死傷者」が続出するくらい激しかった。そして、アンシャルの思惑通り、ケンタウロスの別動隊が、フォルムを回りこんで、聖堂騎士たちの背後から襲いかかるつもりだと報告が入った。
「やはりな。敵の背後を突く攻撃させることが、ケンタウロスの強みを生かすことだからな。思った通りだ」
今や、ケンタウロス部隊が東側から襲い掛かってくると思われた。その時、アンシャルは一人で敵のケンタウロスの前に立ちはだかった。膨大な風を周囲にまとわせて吹き荒れさせる。アンシャルはタイミングを計った。できる限り引き付けてから技を出したかったからだ。アンシャルは今だと思って技を繰り出した。技の名は「風王烈衝破」
渦巻く風がケンタウロスに向かって放たれた。暴風か嵐のような風がケンタウロスたちを呑み込んでいく。風は暴威となり、死を添えていく。すべてのケンタウロスのLPがゼロとなり、ケンタウロスたちはロストした。
「ケンタウロスは全滅したようだな。しかし、このままこの程度で事が終わるとは思えないが…… ヒッポクラート将軍は有能だ。その彼がこのままケンタウロスを出して、演習を終わらせるとは思えない。何かがあるはずだ」
セリオンが思った通りに事が進んだ。
フォルムの上空に黒い影が現れた。黒い影は白い杖を持っていた。黒い影は聖堂騎士団を狙って渦巻く風を発動した。風の大魔法「嵐帝」である。多くの騎士たちがLPをゼロにされて脱落していった。黒い影は地上に降り立つと、圧倒的な存在感を周囲に示し始めた。影はしだいに大きな人の姿を取り始めた。しかし、その顔はガイコツだった。服はゆったりとしたローブだった。
その名は「魔法皇帝」。魔法皇帝は獲物を探して周囲を見た。そこにバイクに乗ったセリオンがさっそうと現れた。バイクから降りて、セリオンは魔法皇帝と向かい合った。
「こいつがファイナル・ボスらしいな。俺が相手だ」
魔法皇帝は空中に岩石の弾を作り出した。「岩石弾」である。岩石の弾は大きく、一発でも当たればセリオンのLPをゼロにできるほどの威力を持つ。セリオンは神剣サンダルフォンを構えた。セリオンは神剣で迫りくる岩石を次々と両断した。魔法皇帝はさらに強力な魔法を唱えた。「旋風陣」である。旋風がセリオンに襲い掛かる。セリオンは旋風を大剣で斬り、無力化した。魔法皇帝は次の魔法を唱えた。
「雷電雨」である。雷電が雨のごとく魔法皇帝の周囲に降り注ぐ。
セリオンは神剣の力で来襲する雷電を斬った。セリオンの周囲を炎が囲い込んだ。中心に炎が揺れ動き、中心から炎が爆ぜた。「炎帝」である。セリオンは氷星剣を出し、炎の爆発をしのいだ。
魔法皇帝は氷の大魔法を唱えた。大きな氷の花が咲く。「氷結花」である。セリオンは神剣を叩きつけて、氷結花を打ち破った。
魔法皇帝の「天雷」。
魔法皇帝は杖を前に出し、雷の強力な一撃をセリオンめがけて放った。雷がスパークし、はじける。セリオンはなんとか事前に回避できた。セリオンは魔法皇帝に反撃した。セリオンが大剣を突き付ける。
しかし、魔法皇帝はダメージを受けた様子がなかった。
「おかしい…… 手ごたえがない」
魔法皇帝の目が光った。セリオンはとっさに横によけた。セリオンがいた位置にレーザーが走った。
魔法皇帝が持っている杖の目がギロリとセリオンを見つめた。セリオンはとっさに気づいた。
「もしかして、あの杖が本体か?」
魔法皇帝の「闇黒雷球」。黒い雷の球がセリオンに向けて放たれた。セリオンは光輝刃を出して、それを斬った。セリオンは一気に接近し、魔法皇帝が持っている杖を切断した。杖が悲鳴を上げた。
「どうやら、間違ってはいなかったようだな」
魔法皇帝がしずかにロストする。同時に、フォルムが魔物から解放された。
ヒッポクラート将軍は、演習の終了を告げた。
セリオンやアリオン、アンシャルと一部の聖堂騎士は最後まで生き残った。セリオンのもとにアンシャルが来た。
「さすがだ、セリオン。見事だったぞ」
「ありがとう、アンシャル。俺はファイナル・ボスを倒せたようだ」
「演習は終わった。おまえとアリオンの活躍はすばらしかった。上層部では、今回の演習の問題点や課題を探すための反省会がある。おまえとアリオンはゆっくり休んでくれ」
「ああ、その言葉通り休ませてもらう。シャワーを浴びてゆっくりと眠りたい」
セリオンはその言葉通り寮に帰ってぐっすり眠った。