ニブルヘイム
セリオンとエスカローネは氷と雪の大地ニーベルンゲン(Niebelungen)地方に入った。
ニーベルンゲン地方は北の果てと言われている。
セリオンとエスカローネの前にサタナエルの幻が現れた。
「!? サタナエル!」
セリオンはバイクを止めた。
「フフフ、セリオン。ニーベルンゲンにようこそ。私はおまえたちを歓迎しよう」
「歓迎? いったい何を歓迎するんだ?」
「フッ、私とおまえの決着をつけよう。セリオン、ニブルヘイムにまで来い。ニブルヘイムには城がある。黒い城の中に入るがいい。そこですべての決着を」
そう言い残すと、サタナエルの幻は消えた。
「ニブルヘイム城か」
「セリオン、どうするの?」
「決まっているさ。俺はサタナエルとの決着をつける。この手で、サタナエルを倒す。それだけだ。今まで回り道をさせられたが、これでケリがつけられる。行こう、ニブルヘイム城へ!」
セリオンとエスカローネはバイクで走って行った。
セリオンたちは雪原の中に天を目指すような黒い城を発見した。
「あれよ、セリオン! 黒い城だわ」
「ああ、あれがニブルヘイム城に違いない。急ごう」
セリオンはアクセルをふかし、バイクのスピードを上げた。
ニブルヘイム城は丘の上に建てられていた、
城へは坂道でつながっていた。
「よし、ここで降りよう」
セリオンとエスカローネはバイクから降りた。
二人は歩いて城へと向かった。
その時、城門らしきところで風景が一瞬歪んだ。
そしてそこから闇の槍が放たれた。
とっさにセリオンは大剣を出し、闇の槍を斬り捨てた。
そこにはセリオンの見知った敵がいた。
「!? 大悪魔レヴィアタン!」
レヴィアタンがその姿を現した。
レヴィアタンは黒い皮膚をしていた。
「ちょうどいい! こいつとは決着をつけたかったんだ。今度こそ、倒してやる!」
セリオンは大剣を構えた。
レヴィアタンは闇の槍を多数虚空に形成した。
これは多連・闇黒槍である。
「来る!」
多くの闇の槍を、セリオンは光輝斬で斬り払った。
レヴィアタンの闇力。
闇がドーム状に広がる。
セリオンは光輝刃で闇力を真っ二つにした。
レヴィアタンは彫像のように門の前に立っていた。
レヴィアタンは移動しながら闇黒弾を撃ってきた。
レヴィアタンは発射スピード、威力などを変えながら闇黒弾を放ってきた。
「くっ! タイミングが難しいな」
セリオンは光の大剣でレヴィアタンの攻撃を斬り払った。
セリオンは反撃した。
セリオンの光波刃。
光の刃がレヴィアタンを傷つける。
セリオンはすぐさまレヴィアタンに近づき、光輝刃でレヴィアタンを斬り刻んだ。
レヴィアタンの悲鳴が聞こえた。
レヴィアタンの傷は再生するが、それを上回るスピードでセリオンは攻撃した。
レヴィアタンの影出。
影の波がセリオンに向かう。
セリオンは地面に大剣を突き刺し、影の波を受け止めた。
レヴィアタンは大魔法・邪法陣を発動した。
闇の魔力が噴き上がる。
セリオンは円形をした邪法陣の中心部を大剣で突き刺して邪法陣を中断させた。
セリオンはレヴィアタンを攻撃した。
狙いはレヴィアタンの首だ。
レヴィアタンの首はセリオンの光輝斬で切断された。
レヴィアタンは倒れた。
レヴィアタンは黒い粒子と化して消滅した。
「セリオン、やったわね!」
「ああ、エスカローネ! これで大悪魔レヴィアタンは死んだ。さて、門をくぐって城の中に入ろうか」
セリオンとエスカローネは城の扉を開けて中に入った。
城の中は暗く、明かりがなかった。
空は曇っていて、灰色をしていた。
セリオンたちが中に入ると扉は勝手に閉まった。
「!? 扉が!」
「もう、後戻りはできそうもないわね。先に進みましょう」
「ああ、そうだな」
二人が階段を上がって上に行くと、大きな広間に出くわした。
そこには一人の男と、一人の女がいた。
「やあ、セリオン。どうやらレヴィアタンを倒してしまったようだね。相変わらず君は強いよ。あのレヴィアタンを倒してしまったんだからね。さすがは英雄ってことなのかな?」
サマエルがにいっと笑った。
サマエルはナルシストで、貴族趣味的な人物だ。
彼は貴族の服を着ていた。
「初めまして。私の名はエレシュキガル(Ereschkigal)。サタナエル様に仕えてる」
エレシュキガルは黒いレオタードに軽装鎧、そして手に黒い大鎌を持っていた。
彼女の髪は茶色で、ポニーテールにしていた。
「さて、レヴィアタンが倒された以上、今度はぼくたちが君たちのお相手をするよ。サタナエル様のもとには行かせない」
「どうしてもあのお方のもとに行きたいなら、私たちを倒してから行くがいい」
「さて、と。じゃあ、セリオン。ぼくは君と戦うよ。エレシュキガルはエスカローネの相手を頼む」
「わかった。あの女はこの私が倒す」
「じゃあ、セリオン! 行くよ!」
一瞬にしてサマエルがセリオンとの間合いをつめてきた。
(速い!)
セリオンは大剣で守りの構えを取った。
サマエルはサーベルで突きを繰り出した。
「へえ……すごいね。今のを防ぐなんて……でも戦いはこれからだよ!」
サマエルはセリオンが守っていない部分を狙ってすばやく突きを出した。
セリオンは大剣でガードする。
サマエルは以前戦った時より実力を上げているようだった。
サマエルの能力は力よりもその技にある。
スピードと洗練された技こそが、サマエルの恐ろしいところだった。
セリオンはサマエルの突きのあいだを見計らって、大剣で反撃した。
ただの技だけではセリオンには勝てない。
セリオンはどちらかと言えば力のほうが優越しているが、セリオンは斧やハンマーでの訓練も積んでいて、技も鍛えられている。
セリオンは大剣の力でサマエルを押しやろうとした。
しかし、サマエルは器用に大剣を受け流し、セリオンのパワーに対抗すべく、横に一閃と斬り払った。
セリオンの後退で、この攻撃は空を切った。
「これを見せてあげるよ! 闇黒突!」
サマエルは闇をまとった突きを出した。
セリオンは光輝刃でガードする。
セリオンが光の斬撃を繰り出す。
「おっと!」
サマエルはすばやくセリオンの一撃を回避した。
「つどえ、闇の力よ!」
サマエルのサーベルに闇があふれていく。
「光波刃!」
セリオンは光の刃をサマエルに放った。
「漆黒突!」
漆黒の深い闇の突き。
セリオンは光輝刃で防ぐ。
サマエルは漆黒の斬撃を放った。
セリオンは光の斬撃を放った。
光の刃と闇の刃が衝突し、対立しぶつかり合った。
相反する二つの原理は対立する兄弟のようであった。
サマエルは前回セリオンに敗れてから相当修行したのであろう。
より、強大な闇の力を彼は身につけていた。
形勢が不利と悟ったサマエルはセリオンと距離を取った。
「闇力!」
サマエルはセリオンに魔法を放ってけん制するつもりなのだろう。
闇が膨れ上がる。
それをセリオンは光輝刃で斬り裂いた。
さすがにサマエルの闇力はレヴィアタンの闇力よりも強力だった。
闇が深い……そうセリオンは思った。
だが、負けるわけにはいかない。
サマエルにやられるようではサタナエルには絶対に勝てない。
サマエルは再びサーベルに闇をまとった。
セリオンは冷静にサマエルの構えを観察した。
「行くよ、セリオン! これが最後の攻撃だ! 漆黒突!」
闇をまといつつ、サマエルが駆けた。
セリオンは逃げなかった。
セリオンはむしろ前に出た。
セリオンの光輝刃とサマエルの漆黒突が激突した。
セリオンは光の力を大剣に注ぎ込んだ。
セリオンはここで負けるわけにはいかないのだ。
セリオンは光の大剣を闇にねじ込んだ。
それが、決定打になった。
サマエルはサーベルを手から離した。
「なっ!?」
驚愕にサマエルの目が開かれる。
セリオンの光の大剣はそのままサマエルを貫いた。
「がぐは! この、ぼくが!? くっ!? まさか新しい闇の力をもってしても君に勝てないとは……サタナエル様、お許しを……」
そう言い残すとサマエルは黒い粒子と化して消滅した。
一方、エスカローネとエレシュキガルは……
エスカローネはエレシュキガルにハルバードによる連続攻撃を叩き込んでいた。
エスカローネは攻める。
エレシュキガルは防御一辺倒だ。
しかし、エスカローネは少し、不安になった。
それはエレシュキガルが笑っていたからだ。
エレシュキガルの余裕を粉砕すべく、エスカローネは連続で突きを放つ。
さらにエスカローネは斧部で打ちつけた。
キイインと金属音が鳴る音がした。
エレシュキガルの闇の矢じり。
エスカローネはハルバード全体を光で覆う。
エスカローネは飛来した矢じりを光矛で迎撃した。
エレシュキガルがおのれの手の内を見せる。
エレシュキガルは闇で大鎌を覆う。
エレシュキガルの闇鎌である。
光のハルバードと闇の大鎌がぶつかり合う。
光と闇は互いを退けようと反発しあった。
二人とも跳び、距離を開ける。
エレシュキガルは闇の力を集めた。
エレシュキガルは闇黒の波を放った。
エスカローネはすかさず金光砲で迎撃する。
光と闇が激突し、はじけ飛んだ。
エスカローネは聖光球を放った。
それをエレシュキガルは闇鎌で斬りつける。
エスカローネの聖光矢。
聖なる矢がエレシュキガルに向かう。
エレシュキガルは大鎌でそれを消し去った。
エスカローネは全身に金色の光をまとった。
エスカローネの金光突である。
エスカローネの光は金色だ。
金光の光がエレシュキガルに鋭い突きを繰り出す。
エレシュキガルは鎌でガードした。
エレシュキガルは鎌でガードしたものの、鎌は砕け散った。
「なっ!? この私の鎌が!?」
エスカローネはこの隙を見逃さなかった。
エスカローネはハルバードでエレシュキガルを斬りつけた。
エレシュキガルは倒れ、そして死んだ。
セリオンはサマエルを、エスカローネはエレシュキガルを倒した。
「エスカローネ、エレシュキガルを倒したようだな」
「ええ、セリオンこそサマエルを倒したようね」
「ああ、強敵だったよ。今まで戦った敵の中ではサタナエルの次に強かった。エスカローネはけがはないか?」
「ええ、けがはないわ」
「そうか。それじゃあ、さらに上の階を目指そうか。きっとそこにサタナエルがいる」
セリオンとエスカローネはニブルヘイム城の最上階へと上がった。
サタナエルは背中を向けて窓の前に立っていた。
部屋は暗かった。
サタナエルが振り返る。
「フフフ……セリオン、エスカローネ、ついにここまで来たな」
サタナエルはにやりと笑った。
セリオンは険しい顔を見せた。
「おまえたちがここまで来たということはサマエルとエレシュキガルは倒されたようだな」
「あんたはまた自分を傷つけるのか? 今度こそ、終わらせる……こんな戦いは!」
「フフフ……私の憎しみは消えはしない。その憎しみがこの私を突き動かすのだ。セリオン、少し見ないあいだにまた愛を増やしたようだな。それでいい。私の憎しみをぶつけられるのは、セリオン、おまえだけだ」
「あんたが世界を憎むのは愛されたことがないからだ。あんたは愛されなかった。だから、人を愛することができない」
「フッ、くだらないな。さて、セリオン。すべての旅の意味――この私と決着をつけることにしよう」
サタナエルは長い刀を出した。
セリオンは神剣サンダルフォンを構えた。
先に動いたのはサタナエルだった
サタナエルの攻撃。
美しい刀の舞。
セリオンはまずガードを固めた。
サタナエルの鋭い刃がセリオンを斬り刻む。
それは圧倒的な美しさだった。
サタナエルの斬撃は美しい。
それだけでなく鋭いし、力もある。
サタナエルは刀の美技でセリオンを攻めた。
「どうした、セリオン? 守るだけか?」
サタナエルが妖しい笑みを浮かべる。
セリオンはサタナエルに反撃した。
セリオンの武器は大剣だ。
つまり重量があるということだ。
扱うためにはそれだけの力が必要だ。
セリオンの攻撃には重みがある。
そんなセリオンの攻撃をサタナエルは片手であっさりと受け止めた。
「フフフ……どうした、セリオン? おまえの力はこんなものか?」
サタナエルが刀に闇をまとった。
サタナエルの闇黒突き。
セリオンは大剣でガードした。
セリオンは大剣に光をまとわせた。
セリオンの技「光輝刃」だ。
セリオンは光の大剣で斬り払う。
サタナエルはバックステップでそれをかわした。
サタナエルは闇の斬撃をセリオンに放った。
サタナエルの「闇黒波斬」である。
セリオンは光輝刃で迎撃した。
光と闇がぶつかり合う。
サタナエルは深い、闇の斬撃を放った。
サタナエルの「闇黒一刀斬」だ。
闇の斬撃がセリオンを襲う。
セリオンは光を輝かせ、その大剣でガードした。
「くっ!?」
セリオンは圧倒されてうなった。
闇が迫る。
サタナエルの闇は深く、暗かった。
「闇粒子斬り!」
サタナエルが闇黒粒子を刀にまとわせた技を放った。
「光子斬!」
反対にセリオンは光の粒子をまとわせた技を放った。
二人とも技のぶつかり合いで弾き飛ばされる。
二人はすぐさま前に出た。
セリオンの光輝斬。
サタナエルの闇黒斬。
光の斬撃と闇の斬撃が正面から衝突する。
セリオンは光の力をいくつもの隕石へと変えた。
セリオンの「隕石弾」である。
迫りくる隕石をサタナエルは紙のように軽く斬り裂く。
それを見たセリオンは蒼気を解放する。
「フッ、蒼気か。いかにもおまえらしい、蒼く美しい闘気だ。ではこの私も紫の闘気でお相手するとしよう」
サタナエルが紫気を解き放った。
セリオンは翔破斬を放った。
蒼気の衝撃がサタナエルを襲う。
サタナエルはそれを一刀のもとに斬り捨てる。
セリオンは蒼波刃でサタナエルを攻撃した。
それに対してサタナエルは紫気を刃に変えて迎撃した。
セリオンはサタナエルに接近し、膨大な蒼気を叩きつける。
それをサタナエルは軽く紫気で受け止める。
セリオンが蒼気を振るうさまはさながら暴風か雷鳴のようだ。
「蒼気凄晶斬!」
「紫気冥王斬!」
二人とも闘気を収束した、技を出す。
その衝撃でまたしても二人は弾き飛ばされた。
「フッフフフ! やるな、セリオン。おまえの力はすばらしい! ゆえにセリオン、この私も全力を出すとしよう!」
サタナエルの背中から悪魔の翼が出た。
「なんだど!?」
サタナエルがセリオンに接近する。
サタナエルはセリオンを吹き飛ばした。
「うおあっ!?」
セリオンは壁に激突する。
壁を中心にしてひびが入った。
セリオンは壁際まで追い詰められた。
「フッ!」
それを見てサタナエルはセリオンの全身に突きを放つ。
セリオンはサタナエルの突きをかすりつつも回避する。
「セリオン!」
エスカローネが見ていられずに叫んだ。
「フッ、とどめだ」
サタナエルがセリオンの体を狙って突いた。
その時である。
「なにっ!?」
セリオンはバリアで守られた。
「君は……まさか……」
セリオンはその姿の主を覚えていた。
それははかなくも、懐かしい思い出。
その少女には白い翼が生えていた。
「大丈夫? お兄ちゃん?」
「フィリア……?」
それはフィリアだった。
サタナエルに殺されたはずの。
フィリアはセリオンを振り返り、ほほえんだ。
「まさか……フィリアなのか? どうして?」
セリオンは呆然とフィリアを見つめた。
「私は自分の信仰を神に認められたの。そして天使になったの」
「フィリアが、天使に……」
「フィリアちゃん!」
「エスカローネお姉ちゃんも久しぶりだね。心配しないで、私は生きているよ!」
「……どうやら私が殺した娘は神に認められたようだな。天使になったか。だが、それは何だ? それで私が倒せるとでも?」
「確かに私じゃあなたを救えない。だから、救える人を呼ぶ!」
「この私を救えるだと?」
「そうよ! さあ、来て、ディオドラさん!」
フィリアの前に二つの魔法陣が現れた。
その中から青い修道服を着た女性が、ディオドラが現れた。
「フン……なにかと思えばセリオンの母か」
「あなたがサタナエルね?」
「そうだ」
「……」
ディオドラは黙ったままサタナエルにゆっくりと近づいていった。
「ダメだ! 母さん! 危険だ!」
セリオンが叫んだ。
「安心して、セリオン。すぐに終わるから」
ディオドラはセリオンとエスカローネにほほえみかけた。
「あなたはずっと自分を傷つけてきたのね。それは自分自身を一番肯定できなかったから。でも、もう大丈夫よ。だって、あなたは愛されることを知るから」
「なんだと……?」
サタナエルは刀を構えた。
ディオドラはそれでもサタナエルに近づいていく。
「くっ、来るな!?」
サタナエルは動揺した。
サタナエルは刀を手から落とした。
「もう大丈夫」
ディオドラは優しくサタナエルを抱きしめた。
それは母の愛だった。
それは母性だった。
母性とは一体感である。
それは主体と客体の区別をなくす。
それはサタナエルが知らないものだった。
ディオドラはサタナエルを愛した。
サタナエルはディオドラに愛された。
サタナエルの瞳が大きく開かれる。
「私は……この私は……人を憎み……」
サタナエルの言葉は震えていた。
「あなたはこれを知らなかったのね。あなたのお母さんはこれをしてくれなかったのね」
セリオンは母の愛を知っていた。
それは小さいころに包み込んでくれるような愛だったからだ。
サタナエルは初めて人から愛された。
それによってサタナエルの存在そのものが揺らいでいく。
「ディオドラ……」
「何? サタナエル?」
「俺は悪いことをいっぱいしたんだ。だから、だから償わないと……」
「そうね」
「だから、ありがとう。俺を愛してくれて」
「うん」
サタナエルは徐々に消えていこうとしていた。
「それではセリオン、いずれまた」
「ああ、サタナエル。いずれまた」
サタナエルの体は光の粒子となって消えていった。
行先は地獄だ。
サタナエルはいかなる理由があっても罪を犯した。
その罪は償わねばならない。
しかし、シベリウス教の教義では地獄で罪を償うと、天国に入れるという。
それが「いずれまた」の意味だ。
「サタナエル……悲しい子ね……」
「母さん、ありがとう、サタナエルを救ってくれて」
これはサタナエルの救済だったのだ。
母の愛は生まれてきたことを肯定する。
サタナエルは父の愛では救われなかった。
セリオンは母に愛された。
だからセリオンは自分自身を認めることができる。
セリオンは思った。
ディオドラはこうして多くの人をその愛ゆえに救ってきたのだと。
そしてその中にはエスカローネもいたのだ。
「じゃあ、セリオン、私は帰るわね。ユリオンは任せておいて」
「ああ、ありがとう母さん」
ディオドラは満面の笑みを浮かべた。
ディオドラの姿が消えていく。
「母の愛の神秘か……」
セリオンはつぶやいた。
「それじゃあ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、私はもう行くね」
「ありがとう、フィリア。サタナエルが救われたのは君のおかげだよ」
「きっと、お兄ちゃんもお姉ちゃんも死んだら天使になれるよ。もうそれだけのことを二人はしているから。それじゃあ、ばいばい!」
そういうとフィリアは姿を消した。
「死んだら、か……まだ先は長いな」
セリオンは笑った。
「セリオン!」
「エスカローネ!」
エスカローネはセリオンの腕の中に跳びこんだ。
「本当に心配したわ! サタナエルとの戦いのあいだ中私は主に祈っていたの!」
「ああ、エスカローネ」
互いのぬくもりを二人は感じる。
生きていることを実感できる。
「すべて、すべて終わったんだ。今はサタナエルが救済されたことを主に感謝しよう。これで、俺の旅も終わった」
明け方。ヴァナディースのリュボフ門の前にセリオンとエスカローネはバイクに乗って到着した。
門の前にはアンシャルとディオドラ、そしてユリオンがいた。
「セリオン!」
「アンシャル!」
「見事だ。サタナエルとの決着をつけてきたのだな!」
「いや、俺にはあいつを救えなかった。あいつを救ったのは母さんだ」
「セリオン、ほら、ユリオンよ」
ディオドラが言った。
セリオンは眠っているユリオンの頭を撫でた。
エスカローネはユリオンを受け取った。
「私たちの旅のあいだ中、ユリオンはどうでしたか?」
「ウフフフフ……よく泣いたわねえ。でも、赤ちゃんが泣くのは仕事みたいなものよ」
「ああ、ユリオン!」
エスカローネはユリオンをいとおしそうに抱きしめた。
「これでしばらくはユリオンの世話に専念できるな。早くユリオンが大きくなるといいんだが……ユリオンが大きくなったら剣を教えたい」
「セリオン、気が早いわよ」
とディオドラ。
「そうだぞ。人間は一気に大きくはなれないからな」
とアンシャル。
「わかってるさ!」
「セリオンったら!」
四人は明け方の空のもと、愉快に笑いあった。
いかがだったでしょうか? 文章が拙いと読んでいて私は思いました。ヘルデンリートのテーマは「光と闇の戦い、そして愛」なのですが、この作品ではサタナエルの救済が描かれています。ビジネスライクに考えるのなら、サタナエルは救済されずに何度も復活したほうが良かったかもしれません。ですが私は悪も含めて一つの世界観に属すると思っています。セリオンと永遠に殺し合うより、ディオドラに愛されて救われることがサタナエルには幸せだったと思います。サタナエルはセリオンの良きライバルでしたが、彼はこの物語で救済されます。それがこの作品で一番私が描きたいことでした。特筆すべきなのはサタナエルの救済の仕方です。彼は父性――つまり切断の原理では救済されませんでした。彼の原体験は母性と母の愛が欠けていました。彼の母はベレニーチェというのですが、全く息子を愛せず、もっぱら戦闘兵器としてサタナエルに接します。そのあたりのことをもう少し描けたのならよかったかもしれませんね。これは私の未熟ゆえですのでコントロールできないのですが……なんにしてもサタナエルは愛によって救われます。ここまで読み進めてくれた方には深い感謝を。またどこかでお会いできたらいいですね。




