フライヤ、セリオンたちの日常
軍の一部が反乱を起こした。反乱を起こした軍の兵士たちは列車を占領した。
列車は間もなく当駅までやってくるもよう。駅にかかる橋の上に、セリオンとアンシャルがいた。
アンシャルは口を開いた。
「列車が次の駅に着くまでに、列車を制圧しろ。敵の指揮官は先頭車両にいる。制限時間は二十分だ」
「ミッション了解」
その時下から列車が走った。
「行くか」
セリオンは列車に向かって橋から跳び下りた。うまく列車の上に着地する。
するとボウガンの矢がセリオンに向けて、三発発射された。セリオンは大剣でボウガンの矢を斬りはらった。セリオンの目には三人のボウガン兵が見えた。
ボウガン兵はセリオンに再び狙いをつけた。セリオンは大きく勢いをつけてジャンプし、ボウガン兵を跳び越した。セリオンはくるりと一回転し、ボウガン兵の背後にに着地すると、ボウガン兵を斬り捨てた。
ボウガン兵の死体が列車から落ちた。セリオンは後ろを振り向いた。
そこにはセリオンを狙って弓を構える弓兵が三人いた。いずれも長弓を持っている。
セリオンは蒼気を発した。弓兵たちは矢を放った。セリオンは大剣に蒼気をまとわせると、蒼気の波動で矢を、迎撃した。すべての矢が力なく落ちていった。セリオンは一気にダッシュして弓兵との間合いをつめると、弓兵三人を斬り捨てる。弓兵は力なく倒れた。
「えーい! 撃て! 撃てえ! 敵はたった一人なんだぞ!」
狼狽する敵指揮官と、ボウガン兵四人、弓兵三人が矢でセリオンに狙いをつけた。
風がセリオンに当たった。セリオンは蒼気を集中した。そして蒼気を波として放った。
「翔破斬!」
蒼気の波が敵兵士を粉砕した。セリオンは先頭車両に到着した。
「たった一人に何たるざまだ! おい! 例の怪物を出せ!」
敵の指揮官が騒いだ。敵兵士の中には魔道士がいた。魔道士は魔力を出してセリオンを、亜空間にいざなった。
「ここは…… 亜空間の中か…… 市街地のようだな。 ん? あれは…… ?」
セリオンの前に巨大な怪物が現れた。
「カイザー・ベヘモト Kaiserbehemoth …… ベヘモト種の中でも最強の奴だ。奴らが言っていた奥の手とはこのことだったのか……」
セリオンはカイザー・ベヘモトを見た。頑強な筋肉の巨体、大きなしっぽ、鋭い爪、突き出た二本の角。
「一撃で沈めてみせる!」
セリオンは大剣に雷の力を収束した。カイザー・ベヘモトの角突き。カイザー・ベヘモトは鋭い角で、セリオンを突き刺そうとしてきた。セリオンはそれを見切り、横に跳んで回避する。
カイザー・ベヘモトはくるりと回転し、しっぽでセリオンを打ちつけようとした。セリオンは大剣でガードした。
した。カイザー・ベヘモトは鋭い爪でセリオンを攻撃してきた。セリオンは大剣で防いだ。セリオンのパワーはしだいにカイザー・ベヘモトを上回った。片手とはいえ、カイザー・ベヘモトの腕力は、その屈強な肉体が生み出したものだ。
しかし、セリオンのパワーはそれより上だった。セリオンは力ずくでカイザー・ベヘモトを押した。
カイザー・ベヘモトの爪を押し戻す。そこにカイザー・ベヘモトに隙が生じた。
「決める! 沈め! 雷光剣!」
セリオンの超必殺技・雷光剣がカイザー・ベヘモトに炸裂した。カイザー・ベヘモトは口から血を出し、ドスンと倒れた。カイザー・ベヘモトは銀色の粒子と化して、消滅した。
「ミッション・コンプリート。見事だ。さすがはセリオンか」
そこにアンシャルが現れた。すると周囲の風景が変わった。そこは、機械的な部屋だった。
ここはシミュレーション・ルームであった。
この部屋で、セリオンは訓練用ミッションを受けていたのだった。
「なかなかいいミッションだったな。戦闘の訓練にもなるし、いいシステムだと思う。ただ、少人数でしかできないのが玉にきずだな。演習のほうが実戦的で、俺はそっちのほうが好きだ」
アンシャルは苦笑した。
「確かに、おまえには演習のほうが向いているかもな。それにしても、このシミュレーション・システムもよくできていると、私は思うぞ。いろいろな想定でミッションに挑むことができるからな。さて、と。そろそろ昼食の時間だ。食事に行こう」
「ああ、そうだな」
アンシャルの家―聖堂騎士団長の官邸に、セリオンたちが集まった。セリオン、エスカローネ、ディオドラ、アンシャル、アリオン、ダリア、クリスティーネ、シエル、ノエル、アイーダの面々である。
エスカローネの腕には、小さな男の赤ちゃんが抱かれていた。
「この場を借りて、この子を紹介したいと思う。この子は俺とエスカローネの子で、名前は「ユリオン Julion 」 だ。
みんながエスカローネのもとに近寄ってきた。
「さあ、みんな見て。この子はユリオンよ」
とエスカローネ。
シエルとノエルが真っ先に反応した。
「へえー…… 小さくてすごくかわいい! ねえ、エスカローネさん、触ってもいい?」
とシエル。
「ええ、いいわよ」
「うわー! ぷにぷにしてる! これが赤ちゃんなんだ!」
ノエルが恐る恐る手で、ユリオンを触った。ユリオンは気持ちよさそうに眠っていた。
アイーダも興味深そうにユリオンを眺めていた。
「私、赤ちゃんなんて初めて見た…… もっとうるさく泣くことがあるって聞いてたけど、この子はぐっすり眠っているね、お兄ちゃん」
アイーダはユリオンの頭を優しくなでた。
「ねえ、ねえ、エスカローネさん! もっと触ってもいい?」
そう、シエルが言った。
「ええ、優しくしてあげてね」
「うん!」
シエルはユリオンの顔を指で押してみた。
「わー…… かわいい!」
「セリオン、エスカローネさん! よかったな、無事に子供が生まれて。セリオンは父親に、エスカローネさんは母親になったんだな。おめでとう!」
アリオンが二人を祝福した。
「ありがとう、アリオン」
「私は、まだ三十代なのにもうおばあちゃん、祖母に Großmutterになったのね。なんだか複雑な気分だわ……」
とディオドラ。
「はっはっは! そうだな、ディオドラ。まあ、あまり気にするな。おまえはまだ若い。おばあちゃんなんてがらじゃないぞ?」
とアンシャル。
「俺はできるなら若いうちに子供が欲しいと思っていた。だからユリオンが生まれてきて、うれしいんだ。それに俺たち兄弟姉妹にとって新しく共同体の一員が生まれたということだからな」
「その通りだ、セリオン。子供には希望にあふれた道を歩んでもらいたいものだ」
「ねえ、エスカローネさん! この子を抱いてみたいんだけど、いい?」
とシエルが言った。
「ええ、いいわよ。抱いてあげて」
エスカローネはシエルにユリオンを手渡した。
「わわわ…… 少し重いんだね。うわー、すっごくかわいいな!」
「シエルちゃん、私にもユリオン君を抱かせてよ!」
ノエルがユリオンの顔をのぞきこんだ。
「はい、じゃあ、交代ね」
シエルがユリオンを起こさないようにノエルに渡した。
「わー…… 本当にぐっすり寝てるんだね。私も赤ちゃんのときはこんなんだったのかな」
ノエルは慎重な手でユリオンを抱いていた。
「ユリオンは幸せだな。みんなに、兄弟姉妹に受け入れられて大きくなることができるんだからな。みんな、これからもユリオンのことをよろしく頼む」
そうセリオンが言った。
三人の人物が、暗い部屋に集まった。三人の人物は互いに面識があった。
「よく来てくれたね。ブルトゥス Brutus 、アグリッピナ Agrippina 」
一人の男が言葉を述べた。この男はかつてセリオンと戦ったことがあった。
彼はサマエルだった。彼の陰気な声は、暗い部屋とよく調和した。
もう一人は男、残りの一人は女だった。
「おまえからもらった闇の力はすばらしいな。軍の精鋭部隊をたった一人で壊滅できてしまったよ」
ブルトゥスが言った。
「L細胞の力がこれほどとは思わなかったよ。これなら、あの忌々しい女も!」
アグリッピナが言った。
「確かに闇の力は絶大な力を与えてくれる。でも、無敵というわけじゃない。そこは気をつけてほしいね」
サマエルがそっけなく答えた。
(それにしても、嫉妬か…… 醜いものだね。ぼくたちを結びつけている唯一のものが嫉妬だとは!)
ブルトゥスはセリオンの名誉―つまり戦功に嫉妬していた。アグリッピナはエスカローネに嫉妬していた。サマエルは内心この二人を軽蔑していた。彼からすると、この二人は、嫉妬という醜い感情に突き動かされている愚かな存在にすぎなかった。しかし、サマエルはこみあがる軽蔑の感情を抑えていた。この二人には利用価値はあったからだ。
「俺たちの調子は万全だ。もういいだろう? 俺はセリオンの野郎をぶっ倒してえんだ!」
「あたしはあの子娘をくびり殺してやりたいねえ!」
アグリッピナの脳裏に、美しいエスカローネの姿が浮かんだ。アグリッピナはかつてセリオンに告白したことがある。その時、セリオンから「俺はエスカローネを愛している」と言われ拒絶されたのだった。それ以来、アグリッピナはエスカローネを憎んでいた。
「二人とも…… 焦らないでくれ」
そうサマエルは二人を説得しようとしたが、内心嫌悪感を感じていた。
それを抑えつつサマエルは。
「襲撃にベストなタイミングはこちらで指示する。できればあの二人が離れたところを狙うのがいいからね」
サマエルはにやりと笑った。別にサマエルにとってはこの二人がどうなろうと知ったことではない。彼らは単なる使い捨てのコマにすぎない。サマエルにはわかっていた。確かにL細胞の力は絶大だが、絶対ではないことを。ブルトゥスとアグリッピナの力がどれだけ増しても、セリオンやエスカローネにはとどかないことを。
ではなぜサマエルはこの二人を焚きつけるのか? それは余興だからだ。本当のイベントが始まる前のショーのつもりだった。かくして、暗い、闇の策略がうごめきつつあった。
ある昼の日、セリオンとアリオンは格闘の訓練をすることになった。
二人は共に武器を―セリオンは大剣を、アリオンは刀を―使って主に戦うが、聖堂騎士団ではそれとは別に、
武器喪失時のために格闘、素手での戦いを学ぶための訓練をする。
「格闘訓練なんて久しぶりだな…… 体がなまっていそうだ」
セリオンが言った。
「へっへっへ! 俺は武器を使っての戦いではセリオンに劣るけど、格闘ならそう簡単には負けないぜ!」
アリオンが拳を見せつけた。
「さて、それはどうだろうな?」
セリオンが拳を構えた。セリオンは冷静で、クールに見えて、その実かなり負けず嫌いである。
セリオンにとって負けとは不名誉なことなのだ。対して、アリオンも好戦的な気質であった。
「セリオン! 訓練だからって、手は抜かないぜ?」
「ああ、かまわない。さっさとかかってこい!」
アリオンが拳に炎をまとわせた。アリオンは炎の拳でセリオンを攻めた。まるでマシンガンのような連続攻撃だった。アリオンの技は炎の技だ。必然的に、格闘でも炎の技を使う。アリオンは炎の闘気「紅蓮気」でセリオンに攻める。
そんなアリオンの攻撃をセリオンは蒼気の拳で迎撃した。セリオンの格闘スタイルは蒼気によるものだ。セリオンは蒼気をまとった拳でアリオンに反撃を加えた。
「くうっ!?」
アリオンが声を漏らす。セリオンは両の拳に蒼気を乗せて、アリオンを押し返す。
アリオンはとっさにセリオンと距離を取った。セリオンは右手に蒼気を集中した。一方アリオンも紅蓮気を右の拳に集中した。
「行くぞ!」
「行くぜ!」
双方が拳をぶつけ合わせた。二人の拳がぶつかり、その反動で二人は共に吹き飛ばされた。
セリオンはその反動を利用して反転し、きれいに着地した。
アリオンもくるりと一回りして着地した。
「やるな!」
とセリオン。
「そっちこそ!」
とアリオン。
セリオンは蒼気を集め、必殺技の構えを取った。
それはアリオンも同じだった。アリオンは右手から紅蓮の拳を繰り出した。セリオンは蒼気の波動を出した。
アリオンの「紅蓮拳波」とセリオンの「蒼凄破」であった。
二人の技はぶつかり、はじけ飛ぶ。二人の必殺技をもってしても、決着はつかなかった。訓練は双方互角のまま終わりを迎えた。
今度はセリオンは大剣を、アリオンは刀を持っての戦闘訓練となった。
二人の戦闘訓練をディオドラ・シベルスカとダリア・フライツァが見守っていた。
「ダリアちゃん、不安?」
「ディオドラ…… そうね。私は不安よ。だって、アリオンとセリオンが斬りあうんですもの。ヒートップしたらどうなるか、不安になるのよ。ディオドラは不安にならないの?」
ディオドラは悟ったような顔で。
「大丈夫よ。あの二人は本気とそうでない時の区別がついているわよ。だから、ダリアちゃん、二人の訓練のを見守りましょう」
アリオンは刀を構えた。そしてセリオンを見た。セリオンには隙が無い。
「来ないのか? なら、こっちからいくぞ?」
セリオンは大剣を振るって、アリオンを攻撃した。セリオンの驚異的身体能力がアリオンを圧倒した。アリオンは防戦一方になる。セリオンは速く、力強く大剣を振るった。
さらに、セリオンは大きくジャンプし回転してからアリオンに斬りつけた。
「おわあ!?」
アリオンは一瞬の判断で後退していた。そうしていなかったら、今頃は地面に倒れていただろう。
それだけの威力がある攻撃だった。なおもセリオンは攻撃をやめない。セリオンは大剣を横に構えると、強烈な突きをアリオンに繰り出した。
「くううっ!?」
アリオンはとっさに横に避けた。
「セリオン! 前より、強くなってないか!?」
「そうだな…… 俺も多くの死闘をくぐりぬけて実戦経験を積んだからな。前より強くなっているよ。それはそうと、これは訓練なんだ。俺ばかり攻撃していたら訓練にならないだろう? おまえからも攻撃してこい!」
セリオンがアリオンを叱咤した。
「へっ! そんなこと言って、後で後悔するなよ? 俺も本気で行くぜえ! はああああああ!!」
アリオンが紅蓮の闘気を高めた。これはアリオンの闘気「紅蓮気」である。
「すさまじいいな。あれは俺でも蒼気なしで防ぐことはできないな。はっ!」
今度はセリオンが蒼白い闘気「蒼気」を放出した。
「行くぜえ、セリオン! 紅蓮火弾!」
アリオンは大きな炎の弾をセリオンに向けて放った。セリオンは冷静に対処した。セリオンは蒼気の刃をまとうと、その刃を紅蓮火弾に向けて撃ちだした。セリオンの蒼気の刃はアリオンの攻撃を破った。
アリオンは刀身に炎をまとわせた紅蓮の炎が赤々と燃える。
「はああああああ!!」
アリオンは炎の斬撃をセリオンめがけて放った。アリオンの攻撃は鋭さを伴っていた。
セリオンはアリオンの攻撃をガードする。セリオンにはアリオンの攻撃に対して余裕が感じられた。
実際、攻めあぐねているのはアリオンのほうだった。セリオンはバックステップしてアリオンと距離を取った。
「これならどうだ! 列火噴出剣!」
紅蓮の炎が地面から噴出し、セリオンに向かって一直線に進む。セリオンは剣を振るい、蒼気を放った。セリオンは翔破斬を出した。翔破斬は列火噴出剣を破り、アリオンを呑み込んだ。
「うわああああああ!?」
アリオンは倒れた。というより、地面に打ち付けられた。
「これまで、だな」
セリオンは歩いてアリオンに近づく。そして手を差し出す。アリオンはその手を取る。
「ちぇっ! セリオンは強すぎるぜ……」
テンペルには女性だけの戦士部隊がある。それがヴァルキューレ隊 Die Walküren だった。
武器は主に槍である。実戦部隊というより、宗教的な象徴のようなものであった。
テンペルの通常業務に魔物の退治がある。人を襲うような強い、魔物と戦って倒すのだ。
たまにヴァルキューレ隊も魔物の退治に赴くことがあった。
この部隊にはエスカローネも所属している。
隊長はナスターシヤ Nastasiya 。隊員にはエスカローネ、ライザ Leisa 、ナターシャ Natascha
などがいた。彼女たちは今、槍の訓練をしていた。ライザとナターシャはエスカローネの親友でもあった。ライザは赤い髪をしていて、その髪をポニーテールにしていた。ナターシャはセミロングにウエーブがかかった青い髪をしていた。
エスカローネにとっては久しぶりの訓練だった。エスカローネのハルバードとライザの槍が交差する。
「……エスカローネ、やはり実戦からしばらく離れていたせいだろう。腕がなまっているぞ?」
ライザが指摘する。
「え、ええ…… 実際わかっていたつもりなんだけど、口に出されるとショックだわ」
エスカローネがため息をしてしょんぼりした。
「でもでも、しょうがないよ。エスカローネちゃんはユリオン君を妊娠していたんだから!」
そこにナターシャが割り込んだ。
「まあ、もとの鋭さに戻すにはしばらく時間がかかるだろうな。腕が良くなるまで、実戦任務は控えたほうがいい」
ライザが槍の構えを解いた。
「それじゃあ、二人とも休憩にしない?」
ナターシャが提案した。エスカローネたちは大聖堂の一角でお茶をすることにした。こうしたお茶の用意はナターシャが得意とするところだった。
三人はカップに入れられた紅茶を口にした。
「相変わらず、ナターシャが入れた紅茶はおいしいわね。私にはコーヒーをドリップすることくらいしかできないけれど……」
「そんなことないよー! 紅茶くらい誰にも入れられるよー!」
ナターシャは照れながら言った。
「だが、本当においしいな。ナターシャ、おまえほどうまく紅茶を入れられる人はそういないぞ?」
「まあ、それはおいておいて、と…… エスカローネちゃん!」
「? な、何?」
「エスカローネちゃんから愛に満ちているオーラを感じるよ?」
「え、ええ!?」
エスカローネはナターシャの指摘にどぎまぎした。
「だって、あのセリオン様と結婚して、さらには子供まで…… 今のエスカローネちゃんは愛されているって自信を感じます!」
ナターシャが指をエスカローネに突き付ける。
「それは、そのー……」
エスカローネはしどろもどろになった。
「そうね…… 私は幸せよ。セリオンから愛されているし、ユリオンもできたから……」
「あー! しらふで言ったー! はあー…… いいなー、エスカローネちゃんは…… 愛されているっていう幸せを感じられるんだもんね。私も恋人が欲しいー!」
「はあ……」
「? どうした、エスカローネ?」
ライザがエスカローネを心配した。
「ええ、その、ユリオンがね。夜泣きをすることがあって、私は少し寝不足なのよ」
「フフ…… なるほどな」
ユリオンはエスカローネの訓練中、ディオドラのところに預けられることが多い。子育ての経験があるせいか、ディオドラはユリオンをあやすのがうまい。
「どうした? 何か悩んでいるのか?」
「正直、子育てって初めてだから、私は何をどうしていいかわからないの…… それを悩んでいるのよ。ディオドラさんやダリアさんは二人とも、子育ての経験があるせいか、私よりうまくできるのよね……」
「まあ、あの二人は特別だからな。おまえが思っていることは世の母親たちがみな思っていることじゃないか?」
「そーだよ、エスカローネちゃん! 悩むのは当然だよ。だって初めての経験なんだから。エスカローネちゃんはよく母親をやっていると思うよ!」
エスカローネはかすかにほほ笑んだ。
「ありがとう、二人とも。なんだか元気がでてきたわ。さあ、訓練を再開しましょう!」
セリオンとエスカローネ、そしてユリオンは高級コーヒー店「カフェ・モカ Mocha」を訪れた。
店の装いは優雅で、上流階級の人々の姿を見ることができた。セリオンとエスカローネはさっそくコーヒーとトルテを注文した。ウエイターは紳士的で、その振る舞いには高貴さがあった。
「この店は初めて来たが、なかなかエレガントなところだな」
「そうね。どうも、上流階層の人を、主な顧客としているようね。私たちには少し、いぐるしいところね」
「ん? あれは……」
「? どうしたの?」
「おい、こら! この店は客に『虫』を出すのか!」
「カップの中に虫がはいっていたぞお!」
ごろつきたちが店のウエイターに文句をたれていた。そこに、店長の女性がさっそく駆け付けた。
「お客様、当店ではコーヒーに虫が入ることなどまずありえません。何かお客様の勘違いではございませんか?」
店長はじろりとごろつきたちを眺めた。
「なんだと!? この店は客にいちゃもんをつけるのか!?」
しかし、店内の雰囲気もごろつきたちを刺すように変わった。彼らへの非難がその視線からうかがえる。さすがにごろつきたちもこの変化に気づいたらしい。あわてて、気のせいだったと言って店から去っていった。
「俺が介入しようと思ったが、その必要もなかったようだな。やれやれ、ヴァナディースにもああいったやからがいるのか……」
雨の日だった。その日は休日だった。セリオンとエスカローネは外で訓練することをあきらめ、本を読むことにした。セリオンは軍事関係の本や戦史を学んでいた。一方、エスカローネは文学をたしなんでいた。エスカローネはユリオンに、子供向けの歌を語って聞かせた。
それを聞きながら、セリオンは本を読んでいた。
次の日、セリオンたちは聖堂に行った。聖堂では主教ベルナルド Bernardo がいて、説教を開始する前だった。セリオンたちは長いすに座って、主教の言葉に耳をかたむけた。
ベルナルドの説教が始まる。
「天と地が創られしころ、主は光と闇をわかてられた。それ以来、光と闇は相争う、戦いの原理となった。人は光に属することも、闇に堕ちることもできる。いにしえの時より、光と闇は戦い続けた。それはこの二つが、互いに相反するものであったからにほかならない。主は人に光と共にあるよう仰せられた。信徒はらは不義や義憤、不和なとをしりぞけ、兄弟姉妹として互いに愛し合いなさい、と。人は互いに愛し合うために創造された。ゆえに人は神が結び付けてくださったものを、解いてはならない。人は神を愛し、父母を愛し、妻や、恋人、子供、を愛し、兄弟姉妹を愛さなくてはならない。人の一生は愛に満たされるべきである。神の子らよ、あなた方は神から愛されている。神があなた方を愛してくださるように、あなた方も神を愛しなさい。信仰も、希望も、愛なくしては虚しいものにすぎない。大いなる愛こそが人々を救うのである。神は愛である。神は光であり、闇がまったくない。闇は悪魔のものである。人が光に属さねばならないのは、神が光だからである。子らよ、すべての人々は光に属し、神のもとに立つ義務があるのである。それは来るべき時に、光が闇をかんぷなく打ちのめし、完全なる勝利を実現するという、神の計画である。おお汝ら、信仰者よ、主なる神はあなた方と永遠の契約を結んだ。神の民はすべからず聖別された。聖なる信徒よ、最後に神に祈りを捧げましょう」
主教の説教は終わった。
その日セリオンは聖堂騎士と共に、剣の訓練をしていた。そのセリオンのもとに急報が来た。
郊外で市民が怪物に襲われたという知らせである。こういう怪物による被害が発生した場合、その対応に聖堂騎士団が選ばれる。
「セリオン! こっちに来てくれ!」
「? アンシャル?」
セリオンは訓練中の集団から抜け出して、アンシャルのもとに向かった。
大聖堂の執務室にて。
「郊外で、市民が怪物に襲われるという事件が発生した。怪物の正体は、目撃情報から推測すると、『フンババ』らしい。全身毛むくじゃらの怪物だそうだ」
「なるほど……」
セリオンは静かにうなずいた。
「そこで、セリオン。我々はおまえを派遣することにした。怪物を倒せ」
「わかった。俺が行って怪物を倒してくる」
セリオンは怪物退治に出かける前に、寮にいるエスカローネとユリオンのもとに、帰ってきた。
「おかえりなさい、セリオン」
エスカローネはユリオンにほにゅうびんでミルクを飲ませていた。
「俺はすぐに出る。どうやら、怪物による被害がでたようなんだ。俺が退治のために派遣されることになった。その前に、二人に会いに来たんだ」
「そう…… 少し、心配ね」
「心配? 怪物退治なんていつものことだろう?」
「それはそうだけど…… 気をつけてね。今のあなたはあなただけのものじゃないんだからね?」
エスカローネが上目づかいに見上げてくる。セリオンはそんな彼女にドキッとした。
「安心してくれ。俺は必ず帰ってくる。いつもしているように約束だ」
そう言うと、セリオンはエスカローネを抱きしめた。
セリオンはフライヤ郊外にある、怪物に市民が襲われたという場所にやってきた。
「血だ…… それもまだ新しい」
セリオンは地面についた血を触ってみた。血はもう固まっていた。セリオンは血が跡になって続いているのを見た。
「どうやら、この血の先に怪物がいるらしいな。この先を追ってみるか……」
セリオンは血痕に向かって歩き出した。
セリオンは洞窟の前に行きついた。洞窟の入口には動物の骨などが散乱していた。
「ここが、怪物の住処か?」
セリオンは神剣サンダルフォンを右手に出した。すると、洞窟の奥から、獣の低い鳴き声がした。
「!? 怪物か?」
セリオンは大剣を構えた。洞窟の奥から全身毛むくじゃらの怪物が現れた。
これがフンババ。ベヘモトの亜種らしい。長い二本の角、鋭い爪、長い尾、屈強な体、そして二足歩行。
「この中では危険だな。外にこいつを誘導するか」
セリオンは大剣をフンババに向けつつ、後退して間合いを取り、洞窟の外に出た。フンババはセリオンの誘導通り洞窟の外に出てきた。
フンババは角に雷の魔力を集中した。フンババは雷魔法・雷撃をセリオンに放った。雷が列をなしてセリオンに迫った。セリオンは横に飛びのいてこの雷撃を回避した。
「雷を使うのか…… こいつに雷光剣は通じないな」
フンババが尾でセリオンに打ち付けてきた。それをセリオンはジャンプでかわす。フンババは姿勢を低くして、角でセリオンに突き付けた。セリオンは蒼気を放出した。
その力でセリオンはフンババを吹き飛ばした。セリオンは蒼気でフンババを打ちつけたものの、フンババにダメージを与えた形跡はない。
「小手調べはなしだ」
セリオンは蒼気の刃を高密度に形成した。フンババは近づいてきて、鋭い爪で攻撃してきた。
セリオンはすさまじい蒼気の刃でフンババの爪を斬り落とした。セリオンはその隙を逃さず、蒼気の刃でフンババの腹を斬り裂いた。フンババは絶叫を上げ、地面に地響きを出して倒れた。
フンババの重たい体が横たわる。フンババは黒い粒子と化して消滅した。
「フンババは死んだ、か。これで任務完了だな」